朝日新聞の天声人語はいったい何を言っているのか? | 井上政典のブログ

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 歴史ナビゲーターの井上政典がお贈りする祖国日本への提言です。
 
 ご意見は賛成反対を問わずどんどん書いてください。

 ただし、社会人としての基本的なマナーは守ってくださいね。

 朝日新聞の天声人語を引用します。

 

 >>>引用開始


 天皇陛下が即位を内外に宣言する「即位礼正殿(せいでん)の儀」が、きのう皇居で行われた。


 陛下のおことばは、憲法にのっとり、国民統合の象徴としての務めを果たすと誓うもので、昭和から平成になった際に上皇さまが述べたものとほぼ重なる内容だった。同じく国際社会の友好と平和に言及した点も、国外から多くの参列者を迎えて催された儀式であることに照らして適切といえよう。


 他方で、今回の代替わりにあたっての政府の事の進め方には大きな疑問がある。開かれた議論を避け、異論には耳をふさいで、多くを「前例踏襲」で押し通そうという姿勢だ。


 正殿の儀をめぐっても、天孫降臨神話に由来する高御座(たかみくら)に陛下が立ち、国民の代表である三権の長を見おろす形をとることや、いわゆる三種の神器のうち剣と璽(じ)(勾玉〈まがたま〉)が脇に置かれることに、以前から「国民主権や政教分離原則にそぐわない」との指摘があった。


 だが政府は「前回検討済み」として、見直しを拒んだ。前回の式典のあり方に対し、大阪高裁から疑義が表明された経緯などには目を向けず、天皇の権威を高めるために明治になって作られた形式にこだわった。


 平成流と呼ばれた上皇ご夫妻の活動を通じて、「国民に寄り添う皇室」像が支持を集めていることも踏まえ、いまの時代にふさわしい形を探ってしかるべきではなかったか。


 恩赦も実施された。要件を絞って対象者は前回の約5分の1(55万人)になったものの、司法の判断を行政が一方的に覆す措置に反対論も根強かった。まして皇室の慶弔と結びつけば、支配者が慈悲を施すかのような色彩を帯びる。犯罪被害者を守り、その思いを大事にしようという社会の要請にも反する。それでも先例が優先された。


 来月に予定されている大嘗祭(だいじょうさい)の執り行い方も同様だ。


 秋篠宮さまが昨秋の会見で、「宗教色が強い儀式を国費で賄うことが適当か」と疑問を投げかけた。公費を充てることの困難さは昭和天皇も感じていたとみられ、皇室の私的活動費である内廷費を節約して積み立ててはどうかと側近に話していたという。だがこの問題についても政府は「すでに閣議了解している」というだけで、真摯(しんし)に向きあうことはなかった。


 どれも国の基本である憲法にかかわる話だ。誠実さを著しく欠く対応と言わざるを得ない。


 上皇さまが退位の意向を示唆するメッセージを発したのは3年前だ。議論の時間は十分あったのに政治は怠慢・不作為を決めこんだ。華やかな式典の陰で多くの課題が積み残された。

 

>>>引用終わり

 

 これを読んで皆さんはどうお感じになったでしょう?

 

 どこまで朝日新聞は腐っているのかと私は感じました。

 

 「天皇の権威を高めるために明治になって作られた形式にこだわった。」とありますが、22日の即位礼を見て、200か国以上からお越しになった外国の賓客の方々は、天皇陛下だけでなく日本国のすばらしさを感じた儀式ではなかったでしょうか。

 

 つまり多額の費用は日本という国を高めるために使われた費用であり、それはとても効果があったといえると思います。

 

 私や私の多くの仲間たちは、あの一連の儀式を見て、感動し、日本人に生まれてよかったと思っているのですが、そう感じない人もいるのに逆に驚いています。

 

 もし、ご皇室が国民から支持されていなかったら、とっくに外国と同じように皇室は別な誰かに替わられていたでしょう。それが外国では当たり前でした。でも、日本ではそれが行われず、2000年以上続いてきているのです。

 

 これこそ世界の奇跡と言ってもいいのではないでしょうか。

 

 福岡は晴れていましたが、東京は儀式が始まる前まで雨が降っていたそうですね。そして天皇陛下が高御座から竜顔をお見せになった時、皇居を覆うように空に虹がかかったと写真で見ました。それを実際に見た人はどれだけ幸せだったのでしょう。

 

 批判する人は今のお姿だけを見て批判します。憲法の政教分離に反するとかもっともらしいことを言っていますが、ご皇室は法律以前より存在するもので、その伝統は日本古来のものであり、その古式にのっとって行うものを後からできた憲法や法律に違反するといういちゃもんは日本人として恥ずかしくないのでしょうか。

 

 この朝日新聞の論説委員は、3年も前に上皇陛下がお示しになっているので、今まで憲法や法律を変えるべきだったといっているのでしょうか。それならばわかりますが、それ以前から伝統として存在するものを今の判断基準を適用する方がおかしいでしょう。

 

 よく大東亜戦争に関して、今の価値観や手に入る情報をもとに、「あの時はこうすべきだった」という人がいますが、危機感も死生観も違う過去のことを現在の価値観で推し量るのは無謀です。

 

 ご皇室に関しても、なぜ126代も続いているのかをまず考え、ご皇室の存在する意味を考えるのが先でしょう。

 

 天声人語は字数が限られていますから、論説委員の考えのエッセンスが書き表されていると思います。ならば、これを書いた人はご皇室に対して何の敬意も尊崇の念もない人だということが分かります。

 

 それを新聞の顔というべきコラム欄に堂々と載せる朝日新聞は、もはや日本人のための新聞ではないといっても過言ではないでしょう。

 

 残念ながら、私の周りには朝日新聞を購読している人がいなくなってしまいました。まだ購読している普通の日本人がこの天声人語を読んでどう思ったのかをぜひお聞きしたいと思います。またこれを読んでも朝日新聞の購読を継続するのでしょうか。

 

 購読者の知性と品性が疑われます。

 

 また大嘗祭を通じて、天皇陛下は玉体にちりばめられた天皇陛下としてのDNAがすべてオンになります。一連の儀式を通じて神武天皇から126代の今上陛下に連綿とつながるDNAが徐々に目覚めていくのです。

 

 そして大嘗祭が終わると今上陛下は神武天皇と同じDNAが目覚めるのです。そういう尊い時間と血によって受け継がれてきた方だからこそ、目の前に来れられると自然に頭が下がるのです。

 

 残念ながら私は御尊顔を遠くからしか拝したことしかありません。しかし、その時も一緒の空間に存在できることの喜びを感じました。

 

 あっ、国会議員の中に同じ空気を吸うのもいややという人がいましたね。でも即位礼には出席したようですが、どんな気持ちで出席したのかを聞きたいですね。

 

 上皇陛下と近しい人の話によると、普段は普通にお話しされるそうですが、いざ儀式とかで装束を身にまとい、気持ちが入っている時、つまり儀式のときは朝から色んな準備作業をされるので、気持ちが入っているそうです。そういう時は普段とは全く違う神々しさが表れると聞いたことがあります。

 

 そして日本の神々との交信ができるのです。これは霊的な感性をお持ちの方は理解できると思いますが、日ごろから生活に追われ余裕のない人にはわからないものなのでしょう。ちょっと日本人としての感性を研ぎ澄ませば、理解できると思うのですが、皆さんいかがですか?