読者の皆様は、「正長の徳政一揆」という大規模な一揆をご存知ですか

 

 

大学受験では、センター試験でも出題される、高校生にとっては標準的な歴史事項になります。

 

正長は「しょうちょう」と読み、当時の元号のことを指します。

 

徳政一揆は「とくせいいっき」と読み、徳政令の発布を要求する土一揆を指します。

 

 

少し補足が必要です。

 

 

「徳政令」についてです。

 

徳政令は、中世(主に鎌倉時代・室町時代を指す)に行われた債権・債務の破棄を命ずる法令のことをいいます。

 

鎌倉時代に出された「永仁の徳政令(えいにんのとくせいれい)」などが有名ですが、ご存知ありませんか😅

 

室町時代には、土一揆の要求によって幕府がたびたび徳政令を発令しています。

 

室町幕府第8代将軍である足利義政(よしまさ)の代には、何と13回も出されています😲

 

売買・貸借・質入れなどの契約破棄や、その対象となった土地・金・品物などの無償返却を命じています。

 

 

 

そして、「土一揆(つちいっき)」についてです。

 

当時の農民層は、支配者階級より「土民(どみん)」と呼ばれていました。

 

この土民による一揆を「土一揆」といいました。

 

ほとんどの「土一揆」は徳政借金の帳消し)を要求して一揆を起こしたので、「徳政一揆」とも呼ばれています。

 

 

西暦1428(正長元)年、日本で初めての徳政を要求する土一揆が起こりました。

 

正長の土一揆(徳政一揆)です

 

室町幕府はこの一揆に対して、徳政令を発令しなかったため、各地で実力による債務破棄・売却地の取戻しが展開されました😲

 

これを私徳政(しとくせい)といいます。

 

 

私は授業でこの分野を扱う際に、教科書に載せられている史料に必ず触れます。

 

正長元年九月、一天下の土民蜂起す。徳政と号し、酒屋土倉寺院等を破却せしめ、雑物等ほしいままにこれを取り、借銭等ことごとくこれを破る。…(略)…日本開白以来、土民蜂起これ初めなり。」

 

少し難しいですが、だいたい内容は把握していただけますでしょうか😅

 

 

高校生は室町時代を学習していますので、酒屋土倉(どそう)が土民に襲撃される理由を知っています。

 

 

簡潔に説明致しますと、

 

酒屋土倉はともに室町時代における「高利貸」、つまり現代風に言えば「消費者金融」なのです。

 

室町時代は現代と同じように貨幣経済でした。

 

都市・農村を問いません。

 

お金が必要となれば、高利貸からお金を借りることになります。

 

借りたお金に高い利息がつくことになりますから、返済に困る人たちが続出します。

 

債務に苦しんだ多くの人たちが一致団結して一揆を形成し、権力者に対して債務破棄を求めたのです。

 

 

ここで、高校生の中に疑問を抱える人たちが出てきます。

 

それは、

 

なぜ寺院土民に襲われたのか、ということです。

 

 

とても良いところに目をつけてくれます😊

 

私は授業において、グループで話し合ってもらったりしています。

 

なぜ寺院が…

 

何だか、罰が当たりそうです😢

 

 

読者の皆様は、どのようにお考えになられますか?

 

この続きは、次回とさせていただきたいと存じます。