青春時代の・・・個人情報カミングアウト!

残念な遅刻事件がありました。
高校の仲間などには有名な伝説であります。

昭和46年(1971)2月
第一希望(某)大学入試の前夜・・・
(滑り止めは3校済み~17・19・21)
兄貴たちと翌日の必勝祈願 (乾杯) で
それまでの数日間の緊張が和らぎ過ぎて?
思わず寝込みが深くなってしまい・・・
(カメではなくウサギさん?)

20分ほどの遅刻でした、

大勢の保護者たちと共に (進入を阻む警備職員)
堅く閉ざされた門扉の前で1時間ほど待機させられ、
1時限目 (英語200点枠) はパスさせられまして、
2時限目からは入室を許可され~僅かな望みを捨てず頑張ってみました!
(隣番の同窓生に冷やかされながらも)
もしかしてと・・・諦めず2科目 (各100点枠) にもチャレンジ、
4時限目の 【小論文】 では、その悔しさの想いを訴えてみました。

やはり、数日後・・・
結果 (発表) は残酷 (残念) なものでしたが、
その後の人生の糧とはなるも、トラウマとはならず、
むしろ、【酒の肴】 ともなる勲章?にさえなりました。
まさに・・・笑えない自慢の?失敗談であります。

時はカネなり

その春、納得して?選択入学した大学での一年後・・・
学生運動の終焉ともなった昭和46年(1971)秋~冬には、
授業延期 (講義中止) が重なり~試験はレポート提出になり、
親孝行なるノンポリ学生たちは、麻雀やボウリングだけでなく、
バイトやスキーや小旅行などに明け暮れていました・・・




また、お陰様で?サッポロ冬季五輪のテレビ中継を観ることも出来ましたっけ~

しかし、今想えば・・・

まだ国内が揺れている最中でありながら、
平然と冬季五輪開催をやってしまい、その直後には、
一気に 【あさま山荘】 解決作戦を決行したのですからね~

とにかく、【休講ぉ~、延期ぃ~】 
が、流行り言葉になったほどの・・・青春のあの頃でした♪

さて、

先月からのスケジュール変更は
中止や延期ばかりでして、
例年の年度末の圧迫感がなく、
逆に・・・何しようか?
みたいな日々が続いています。

想えば、
熊本県内の大学生・・・
特に、東海大学の学生さんたちは、
入学直後には熊本地震・・・
そして、卒業時期にはコロナ騒動・・・
大変な 【あたり年】 になられましたね~

お見舞い申し上げます!


平和と健康が何より・・・『青春時代』 に、乾杯!


時はいつの日にも
親切な友だち
過ぎてゆく昨日を
ものがたりに変えるぅ~

ユーミン万歳!

追伸

連日の・・・新型コロナウィルス感染状況


↑・・・夕方・・・・・・深夜・・・↓


遂に、秋田県でも感染者・・・
  41/47都道府県