先日、渋谷で参加した「非二元講座」が
めちゃくちゃ面白くて衝撃を受けたので
週末にまた、矢沢先生の講座を受講してきました。

今回の講座のテーマは非二元とお金札束


誰でも一度は
人生をどうやって生き抜くかを考えるだろう
そのためにお金をどう確保しよう?
子供のために、家族のために
明日のために、老後のために

人生で通るごく平凡なきっかけから
不完全の世界に入り込んだご自身の実体験を
笑いとユーモアを絶妙に織り混ぜながら
どういうプロセスで不足の深みにはまり
そこで何が起きて、どうやって気づいたのか
マインドの色眼鏡がいかに滑稽で
現実を見えなくするものであるか、
とても貴重なシェアをしてくださった

私もほんの少し前まで
素晴らしく完璧なド底辺社畜だったから
外側に答えを求めて空回りしていくプロセスは
まさに共感しかなく
一冊の本になりそうな先生の濃い体験談と
自分の体験を振り返りながら拝聴していた

外側には答えはないこと
色眼鏡をかけて見ていること
何も不足していないこと
何もコントロールされていないこと…

誰もが分かっているようで
誰もが気づけないのは何故なんだろう?
特にコントロールは
個人的に一番分かりづらい気がする
(私は不足していないことを先に気づいたけど
コントロールの気づきはそれよりも後だった)
そこをほどくのが非二元の面白さ

わたしは全体でありながら
同時に循環の中のひとつのパイプ

喜び、感謝、楽しみ、はたまた逆のもの、
思考、感情、生命、死、愛、
ありとあらゆるもの、そしてお金も

すべてが何のコントロールもなしに
今日も累々と現れて
消える

何のコントロールもされてないことが
自身の身体で実感できる簡単な方法も
あわせて教えて頂いた

講座を途中まで聴いているうちにふと、
何もこれはお金に限ったことじゃなくて
愛も同じだな…と、だんだん気付き始めた

不足という勘違いメガネをかけたまま
互いの姿をまともに見ることもなく
延々とラットレースを繰り返していたら
愛が消えてしまうのも当然だ

お金のことを聞きにいったら
愛のことも一緒に理解できたというw
棚からぼた餅的な気づきに若干驚きつつも
今回もフレッシュな気づきが満載の
とても愉快で楽しい講座でした

新しく出会う人、出会う環境
少し前とは全然違ってきて
みんな優しくて暖かいし
わたしがこのままでいても
誰も不足を唱えてこない

世界がガラッと変わったように感じるけど
これ、ただ自分のメガネが外れただけなのね

メガネのせいで
どれだけたくさん大事なものを
見過ごしてきてしまったんだろう

どんな景色が現れても
どんな感情が湧いても
何も減らないし何も失われない

ここに空気があるのと同じで
何の証明も確認もいらない

お金も愛も仕事も
生に関するあらゆることって

不足がないことに気づくのが
すべてのはじまりかもしれない、

と、ふと立ち止まって考えた
爽やかな冬の週末でした。