5月19日の日曜日、くもり時々雨の予報でしたが、満を持して取材ツーリングに出発。予てから気になっていた廃線鉄道、その名は
船木鉄道(ふなきてつどう)、略して船鉄(せんてつ)といいます。
そもそも「船木」というのは何なのか? 山口県にいる人でもそれが地名であり、どこにあるかピンとくる人は少ないでしょう。以前は楠町(くすのきちょう)と言っていたところで、現在は宇部市の一部となっています。
船木は旧山陽道の宿場、船木宿のあったところで交通の要衝として栄えていたところです。長州藩では船木宰判(ふなきさいばん)が設置され代官の管轄エリアに指定されていました。大正時代までは旧厚狭郡(あさぐん)の中心地だったとか。
そんな船木も山陽本線が南側に敷設され不便に。そのため、宇部駅から鉄道が敷かれることになり1916年に船木軽便鉄道として開業したのです。
つまり
ごらんの看板のように、100年の歴史がある鉄道会社なんです♪
……、廃線ですよね? 実は鉄道はないもののバス会社として運営されていて会社名は変わらず船木鉄道なんです。
ロードで廃線を辿るの第二弾なんですが、そもそもこの企画を始めようと思ったきっかけが船鉄バスを見かけたことだったんですね、船鉄(せんてつ)って鉄道どこにもないのに何だろ?という些細な疑問です(笑)
朝7時前に出発です。本来は9時発の予定でしたが昼過ぎから雨という天気予報だったので2時間前倒し。
そのため
佐山の農免農道での朝陽に照らされ広がる美しき黄金色の麦畑をみることができました。(部員のHくん、麦畑でいいですか?)
宇部72CC前の県道を直進し善和のラブホ坂を越えて下り、県道215号線で南下すると
宇部駅に。ここから本日の廃線跡ツーリングが始まりです。
この写真では宇部駅方向をみています。すぐ目の前の線路か自転車が走ってきた道路が恐らく船木鉄道跡です。ただこのあたりは変わり過ぎて遺構がなく分かりません(^^;)
すぐに跨線橋に至るので右折し県道29号線で700mほど北上します。
すると、旧道への分岐みたいな交差点があります。ネット記事とグーグルストリートビューで場所を同定していたカルピスの自販機(↓)発見!
近づくと、ほらこの記事最初の写真でもお見せしていた「船木鉄道線路跡」の碑があります。
つまりこの道は鉄道跡。この写真で大和団地の方に右へと分岐していますが、それが船鉄跡みたいです。このあとは住宅地の中、そして宇部興産道路、また南平台の住宅地の中を線路は通るらしく追跡は不能です(T T)
しかし、宇部駅からの最初の駅、有帆(ありほ)駅の跡は同定できています。
県道29号線でラーメン龍(食べたことないけど)に向かう真新しい道(赤い車が出てきているところ)に右折し
この交差点へ。自分は右の広い道路から来ています。航空写真で同定しましたが、宅地駐車場からこの道路に斜めに出てくるこのオレンジ矢印が線路軌道です。
で、この写真の方向に線路は続きます。因みに、Aと書いているのはこの辺りが有帆駅があったところみたいなのでアリホのAということ。
用水路の石組みも鉄道が敷設されていた右側の石積み橋台とその後コンクリートを打たれたと思われる左側では違いますよね。ただ鉄道建築家でないのでよくわかりません。
ここからは住宅地の路地みたいな狭い道を通って北上。鉄道の痕跡は全くわかりません。
高速道路の山陽道を潜ると、有帆川沿いの県道30号線と並行する形で北上する名無し道(宇部市の市道でしょうけど)を走ります。
実はそれがまさに船鉄跡。
このあたり、右側に不自然に広い空き地があります。もしかして有帆駅の次の字中村(あざなかむら)駅あたりかも。ただ痕跡はありません。
この道路、ご覧のようにいい道です。サイクリングに最適♪
これを道なりに進むと
船木のバス停というかバスセンターへ。船鉄バスの船木営業所なんですが、この建物を見ていただいたら分かるようにまさに「船木町駅」の駅舎跡なんです。この近くにこの記事2枚目の写真、船鉄創業100周年記念看板がありました。
このまま道なりに北上し、国道2号線を越えて進みます。2号線は大幹線で立体交差だったかもしれませんが、踏切の跡は今となってはさすがに分からず。
宇部興産道路を潜るころ、雨が本降りに(^^;) ここで帰るわけにはいかない。高架下で一休み。
スマホの雨雲レーダーでは特に激しい雨雲はこの辺りを覆っていない。すぐ止むやろと、雨の中走ることに。この写真は興産道路の高架下からの撮影。右手まっすぐ道がこれまで何度も走っている県道30号線。この日は左斜めに進む旧道が線路跡ですのでそちらを走ります。
途中、伏附(ふしつく)のバス停があり、船鉄の駅名と同じで気になりましたが結構な雨のため取材放棄(笑) とにかく目的の場所へまっしぐら。
それが、この屋根付きバス停。この辺り不必要に広く、廃線跡探索で目の肥えてきた自分には駅跡にしか見えません(笑)
ここは万倉(まぐら)のバス停、間違いなく駅跡なんです。雨が強くてこの屋根付きバス停で雨宿り。
目の前に、楠こもれびの郷という知人から聞いていたレストラン併設の道の駅的なところがあります。まだ午前の早い時間だったため食事に立ち寄るには何かとあいてない(お店も多分開いてないし、自分のお腹も空いてない)ので残念ですが今回は行かず。こんど行きましょうか(^^)
スマホ雨雲レーダーで酷い雨雲が依然ないことを確かめ再出発!
道なりに進むと県道37号線に至ります。ここを右前の道に進むと
畑の中にゴルフのフェアウェイのようなグリーンなスペースが、ある一定の幅をもって前方に伸びています。まさに築堤の路盤、線路が敷設されていたところ!
これを追いかけるように回りの舗装道路を走ると
橋脚の遺構を発見♪
裏から見るとこういう感じ。右側が、まさに築堤であることが分かります。この方向だと右側が船木駅方向で左側が吉部駅方向になります。
この後は、上矢矯(かみやはぎ)駅跡を探しましたが案内板を見つけられず断念。ネット記事では山腹にホーム跡があるらしいです。
このあとは、大棚トンネルまでの鉄道痕跡はよくわからず、県道30号線でひたすら北上。
これはその名も峠という名のバス停。ここには峠駅がありました。ネット記事ではバス停の西側(写真では左手辺り)に駅があったとか。
ここからしばらく県道を走ると
県道230号線が左に分岐する交差点へ。因みに左折すると吉部(きべ)の大岩郷があります。で、この交差点を注意深くみると…
大棚トンネルの案内板があります。しかし、民家の庭みたいな狭い未舗装道で奥は結構な坂みたいなので自転車で進む気にはなれず。
事前に頭に入れていた自転車を運べる道に向かいます。
はい、行ってみたらこういう未舗装道でした(笑) ただ勾配はないので押しちゃリーや持ち上げちゃリーは簡単(^0^) こんな道を歩くことを想定していたので、靴はクリート付きバイクシューズから持参してきたスニーカーに着替えております。矢印のように左に曲がると
少しするとこのような案内板がありワクワク度が増します。
程なくして立派な説明板まで出現。ではご覧いただきましょう
大棚のトンネルです! むっちゃいい雰囲気♪ ジブリの映画に出てきそうです(^^)
進んで
通り抜けます。反対側はトンネルの色合いがやや煉瓦色が薄いので写真撮るなら、最初にお見せした吉部駅側がお勧めです(笑)
駅のホームの再現がありました。
来た道を戻り砂利道に折れずまっすぐに進むと吉部小学校の裏に出ました。最初からここを来ればよかった…
ここでシューズをまた履き替えて、吉部八幡宮に向かいます。
その理由は
ご覧のように参道を渡っていた鉄道の橋台が残っているからです。写真左手の石垣みたいなやつです。
そして築堤を追いかけて終点に向かう途中
アーチ状の橋を発見♪
で、船鉄終点の吉部駅跡へ。今はJAの吉部支店のようです。
さあ見るべきものは見た、取材した。あとは…
時計を見ると10:30 7時前に出発したから流石に早く終わってしもうた。
自分が昼食先にプランに上げていたところはオープン11:00
あと30分待つのかそれとも天気を考慮しさっさと帰るか……
折角吉部に来て、しかもオープンが日曜と月曜だけというレアなレストランなので行くことにしました(^^)
職員室カフェ です。
まじに吉部小学校の職員室跡らしいです。
テーブルと椅子は小学校のものを流用。
頼んだのは、このお店定番の日替り給食メニュー!
ご覧の如く、揚げ物が溢れるえげつないボリューム!! 小2の給食なら4人前くらいちゃうか(笑)
いわゆる仕出し屋さんのお弁当からチョイスした的な高いクオリティで美味し♪ しかもコーヒーとデザートもついて1000円ですからおススメです(^^) 但しツーリング中のサイクリストには少々もたれるボリュームでした。
この後は、小野湖周りの県道230号線で花香に出て大好きな小野農道へ。
これが小野農道を味わったあとの最終写真。
国木峠経由で小郡そして山口と戻りました。
説明版から当時の駅名を示します。
で、今回のワークアウトルートは
これですが、船木鉄道跡のルートは
この緑のラインになります。
丸印が宇部駅あたり。で、Fが船木駅、Mが万倉駅でKが終点吉部駅に相当します。
以上、現在では山口県人にさえまず知られていない船鉄の線路跡を辿る自転車ツーリングのお話でした。
船鉄バスになぜ鉄道の名前がついていたのかわかって、スッキリしたサイクリングでした(^0^)/






































