あなたの花が咲く場所

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 メイメイが颯爽とやって来た。

キャリーケースをゴロゴロと鳴らし、小柄な彼女は、飛び跳ねるように歩きながら、こちらに向かって来る。

 

「変わらないなあ」

私はクスッと笑いながら、手を振った。彼女と会えるこの瞬間を、どれ程私が楽しみにして来たことか。

 

 メイメイは、大学の同級生で、今は私と同じく、母親業を行っている。

 

 違うのは、彼女はタイに住んでいて、私は日本に住んでいること。

 

 しかも、彼女は母子留学の先駆者で、元々は、マレーシアに母子移住し、そこで社長業に奮闘していたことだ。

 

 私とメイメイは、帰国子女だらけの大学で、共に日本生まれ日本育ちの純ジャパとして、授業について行くために血のにじむような努力をし、自力で英語力を勝ち取った戦友である。

 

 メイメイと言う名前を命名してくれたのは、高校時代に彼女が1年間留学した、アメリカのホームステイ先の幼い娘だった。日本の名前は発音しにくいと、可愛い名前をつけてくれたようだ。

 

 彼女は、いかにも、メイメイという雰囲気で、中々上手に名づけたものだと感心している。

 

 私は、短期留学さえ経験が無く、本当に地道に英単語から覚えて、皆に食らいついて大学を卒業することが出来た。それもこれも、いつも助けてくれたメイメイがいてくれたおかげだ。

 

 ところが、青春時代の努力はどこに?

今は、基本主婦業で、時々、子ども英会話教室の先生をするくらい。正直、メイメイとは大きく水をあけられていて、私は焦っていた。

 

「雪絵~!お久しぶり~!元気だった?」

「メイメイこそ、元気だった?向こうは今も暑いんでしょう?南国だから当たり前か」

「そうだよ~。一年中真夏だよ!こっちは寒いね~。覚悟して帰って来たけど、やっぱり寒いわ」

「いいなあ。メイメイは。温かい南国で暮せて」

「雪絵も来ればいいじゃない」

「そんなわけにはいかないよ…。旦那も息子も抱えてるし」

「え~、私は旦那を置いて出国したよ。やれば出来るんだよ」

 

 私たちは、共通の友人の結婚式に出席するために、ホテルのラウンジで待ち合わせていた。

 

「うわっ、綺麗なネイル!」

メイメイの手は小さいけれど、若々しくて、ピカピカのネイルで輝いていた。

「3週間に一度、ネイルサロンでお願いしてるの」

 

 いいなあ~。私は、しわくちゃになった手をさっと引っ込めた。家事と育児で疲れ果てた手は、若さを失っていた。まだ40前なのに…。

 

 正直、どうしてこんなに差が開いたのか、良くわからない。メイメイが羨ましい。先へ先へと進んで行く行動力が羨ましい。私は、自分の人生と照らし合わせて、惨めな気落ちになっていた。

 

「ねえ、母子移住ってそんなに素晴らしい?」

「うん。そう思ってるよ」

「でもさ、皆が出来ることじゃないよね。皆、色々な事情があるもん。しかも、旦那さんを置いて娘2人連れて行くとか、周りは非難しなかったの?」

 

 それは、私がずっと聞きたかったことだった。旦那さんを置いて行けるなんて、冷たすぎない?って周囲から言われたんじゃないかなって。

 

「うちは、パパも同じ考えだったからね。世界を見ようって。でも、僕は今、行くことは出来ない。生活の基盤があるからね。だから、君が下地を作ってくれ。僕はこっちで頑張って、送金を続けるから。そして、必ず合流するからね」

と。

 

 実際、海外移住から5年の月日が過ぎ、メイメイの旦那さんは、次に移住を決めたタイに合流し、今は4人家族で頑張っているらしい。

 

 私は、英語を駆使して世界の懸け橋になりたいと思っていたけれど、手がかかる息子が生まれて、全ての夢はとん挫していた。本当は悔しくてたまらないのだ。時に、夜中に酒に溺れて、泣き明かすこともあった。

 

「ねえ、雪絵。何か悩んでる?」

「え?」

「表情が暗いよ。私に聞きたいことがあるんじゃない?」

…図星だ。メイメイはとても頭が良く、勘も鋭い。

 

「うん。本当のことを言うとね、メイメイが羨ましくて仕方がないんだ。我が道を行ってるし。協力者もいるし。楽しそうに生きてるなって。それに比べて、私はダメだな…。息子は問題児だし、英語にも全く興味が無いし。旦那は仕事が忙しくて、家族どころじゃないし。人生どこで間違えたのかなって」

「間違えたって思うなら、修正すればいいじゃない」

メイメイは、ニコニコしながらそう言った。

 

「それが出来れば、こんなに悩んでないよ~」

私は、乙女のように口をとがらせて反論した。

 

「雪絵、何か勘違いしてると思う…」

メイメイが突然真顔になって、私の顔をじっと見つめた。

 

「私が、楽して移住生活を送ったとは思わないでね。悔し涙、悲しい涙、怒りの涙で、洪水になるほど苦しんだし、失敗もたくさんしたし、裏切りもあったんだよ。それでも歯を食いしばって踏んばったの。仁王立ちでね。矢がたくさん飛んで来て、瀕死になったこともあるよ。それでも、踏んばったんだよ」

「ええ…。一体何のために?」

「夢のためだよ」

「夢?」

「そう。私たち、帰国子女に囲まれて過ごしたよね。彼女たちの持つ感覚って、私たちとはちょっと違ってて、ユニークだったなって。だから、娘たちにも世界の感覚を身に着けて欲しいというのが、私の夢だったの。それは、娘たち自身では、まだ幼すぎて自力では無理でしょ?だったら、私が一緒に動いて、色々な人が世界にはいることを、知って欲しかったのよ。私、幼いころにいじめに遭ってね。物凄く苦しい思いをしたの。いじめは、狭い世界観が産むんだと、身を持って体験したんだ。心の視野が狭いと人を妬むようになるんだよね」

 

 メイメイは、大学卒業後は総合職として、バリバリ働いたのに、すっぱり辞めて、専業主婦となり、2人の娘を産み、育児に専念した。彼女にはいつも、過去を振り返らない強さがある。

 

 そんなメイメイは、何の後ろ盾もない中、異国のマレーシアに移住し、何とそこで起業。妻・母から、母子留学への道を開く会社の社長へと昇って行ったのだ。まっすぐに。そして、多くの母子移住希望者のお世話を行っている。

 

「メイメイ、自分に自信があるんだよね」

私は、ちょっと嫌味っぽく聞いてみた。すると、即答で、

 

「あるよ!だって、自信って自分を信じるって書くでしょ?自分の人生、自分が信じてあげられなくてどうするのよ。私は、高校時代の留学も含めて、悔しい思いをたくさんして来たけれど、1つも無駄になってないんだよ。失敗は絶対に無駄にならない。失敗しない人生を選ぶことの方が、リスクが大きいと思う!」

 

 その通りかもしれない。

私は、卑屈だ。何もかも人のせいにしてしまうところがある。旦那が悪い。子どもが悪い。姑が邪魔だ。ママ友が苦手だと。

 

「雪絵、人生ってさ、皆、同じだと思わない?」

「え~、違うでしょ。だって、お金持ちとか貧乏とかいるもん」

「まあ、そうだけど、時間は同じなんだよ。皆、同じ地球人だもん。1日は24時間だよ。それをどう活用するか、それは同じなんだよ」

「そうか…」

 

 私は、夫と子どもを送り出したら、ネットサーフィンとワイドショーに明け暮れていた。おかげで、わき腹に脂肪の壁がド~ンとついて。スリムなメイメイと比べると、偉い違いだ。

 

 あ、私、またメイメイと比べてる…。私、人と比べてばっかりだ。

 

「今ね、タイにいるでしょ?するとね、ホテルのロビーなんかに、物凄い綺麗な蓮の花が飾られていることが多いの。蓮ってね、泥の中で花を咲かせるんだよ。ピンク色の輝く花を咲かせるの。じっと見ていると、人生を教えてくれる花だなあと思うのよ」

「人生?」

「そう。人生。たくさんの美しい花に囲まれていたら、そこそこ綺麗な花でも埋没しちゃうでしょう?でも、泥沼に、心を撃ち抜くほど美しい花が一輪咲いていたらどう?美しさに拍車が掛かって見えない?1人立ちあがって、凛としていて、かっこいいと思わない?人生も同じだと思うの。そこそこの生活。愚痴愚痴と文句を言う毎日だと、きっと、埋没して行く気がするの。でも、歯を食いしばって何かを手にしようと、泥の中にでも入って行けるタフさがあったら、蓮の花のような、壮絶に美しい大輪の花を咲かせるんじゃないかって」

 

 ほろりと涙がこぼれた・・・。叶わないな。彼女には。

 

「雪絵、人それぞれ、花の色は違うと思う。私の生き方と雪絵の生き方が違うように。それを卑下したり羨んだりしなくていいんだよ。雪絵は、雪絵色の花を咲かせてよ!その花を私は、見たいな。ちょっとだけ泥をかぶるかもしれないけれど、雪絵自身が輝くために、努力してみたら?きっと綺麗な花が咲くと思う。だって、私たち頑張ったじゃない。きっと頑張れるよ!」

 

 ほろほろと、涙が頬を伝わった…。やっぱり、私はメイメイが大好きだ。言い訳をしない、その背中が大好きだ。

 

 時間が来たから、私たちは披露宴に参加するために式場に入って行った。

 

 滞りなく宴は終わり、ブーケトスの時、大きく円を描いて飛んで来た花束は、何と、メイメイの腕の中にすっぽりと収まった。

 

 照れ笑いをするメイメイ。

 

 私たちの仲間の結婚式は、この宴の主人公で最後になる。

メイメイは、その花束を、そっと私に手渡してくれた。

 

「雪絵、雪絵の5年後に、美しい花が咲いていますように」

と、言いながら。

 

 そして、メイメイは、またキャリーケースをゴロゴロと鳴らしながら、タイへと旅立って行った。

 

 強く逞しく優しいメイメイ。

次に会えるまで、私もあなたに誇れる何かを身に着けるからね。ありがとうね。メイメイ。

 

 花束は、私の目の前で彩りを放っている。

まるで、メイメイにように。輝く笑顔で人生を語る、メイメイのように。

 

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