冬の缶蹴り -2ページ目

かにこうせん

「読書の秋」なので、先日、妻の買い物に付き合うついでに本屋に行った。


目的の本を求めて文庫本のコーナーに行くと、平積みにされていたので程なく見つかった。



小林多喜二の「蟹工船」。



目下の所、「現代の格差社会と結びつけられて、好調な売れ行きを示している」とのことで、今年の春頃からいつかは読みたいと思っていた本だ。


今回やっと買う気になったのだが、果たして無事に読み切れるかどうか、非常に不安である。


私は本を読むのは好きだが、読書は不得手なのだ。


なんだか矛盾しているように思われるかもしれないが、物事は必ずしも好きだから得意とか、上手というものではない。


例えば、大多数の男性はセ○○スが好きだが、じゃあ、みんなが凄いテクニシャンか?というと、決してそういうわけではない。


「ヘタ」とか「サイテー」などと罵られている私が良い例だ。


仮に本のタイトルが「蟹光線」で、悪の組織の策略によって、蟹光線を浴びた主人公が巨大カニ人間化し、復讐に燃えて悪の組織に怒りのハサミを打ち振るう、という内容なら、私だって最後まで読み切る自信はある。



しかしながら、オリジナルの「蟹工船」はそこまでスペクタクルなものではないらしく、過去の経験から言って、結末まで辿り着かないうちに飽きて、挫折してしまう可能性が高い。


ということで、「蟹工船」の読破に失敗したときの「おさえ」として、もっと娯楽色の強い本を買っておく必要がある。


そう考えて、文庫本コーナーを物色していた私の目に、1冊の本が飛び込んできた。



「動物占い 5アニマル」。



実は、「動物占い」には「本質キャラ」と言われるメインの動物以外に、「表面キャラ」、「意志決定キャラ」、「希望キャラ」、「隠れキャラ」という4つの動物があって、この「5アニマル」が人の性格や行動を決定するとされている。


ブーム全盛の頃は、本質キャラ以外は200円を払わなければわからないシステムになっていたのだが、それがとうとう本になったか、と思って初版発行年月日を見たら、なんと2年以上も前であった。


つくづく、自分の情報収集力の低さに呆れてしまうが、これで堂々と立ち読みで残りの4キャラがわかるというものである。


となれば、やはり最初に知りたいのは、何と言ってもピンチの時に出てくるという「隠れキャラ」であり、調べてみると、なんと私は百獣の王ライオンだった。


つまり、私の正体は「こじかの○○○の皮を被ったライオンの○○○」、ということになり、まあ、別に○○○で表現しなくても良いが、やはりそういうことであったか、と納得以外の何物でもない。


大体、ワイルドでデンジャラスなこの私が、「こじか」などというか弱い存在であるはずが無く、とうの昔に「動物占い」とは決別していたが、これは是が非でも妻に見せねばならん。


そう思った私は「動物占い 5アニマル」をしっかと手に持って、急いでレジへと向かった。




本命の「蟹工船」を買い忘れたことに気付いたのは、家に帰り着いて暫く経った後であった。

凶夢

先日、夜中にネットサーフィンを楽しんでいると、隣の寝室で先にベッドに入っていた妻がゴソゴソと起き出して、私の横にやってきた。


顔を見ると完全に寝惚け眼だが、喋り口調は不思議にしっかりしている。


「ついさっき、イヤ~な夢を見たの」


妻のイヤ~な夢とは大抵の場合、私にとっては更にイヤ~な夢なので、「どんな夢?」と訊くのを躊躇していたが、私の意向に関係なく話を進行させるつもりらしい。


「アナタの浮気が発覚する夢」


正直言って「またかよー」という感じである。


大体、この世に私ほど清廉潔白な男は存在せず、少なくとも結婚後は浮気など一度たりともしたことは無いような気がする、いや、無い。


にも関わらず、妻は周期的に私が浮気する夢を見るようで、その度に釘を刺してくる。


「でねー、私が問い詰めたら、アナタは次々と証拠写真を出してきて、『もういい!』って怒鳴ってもまだ出してくるのよ」


妻の夢に出てくる私とは、自分から浮気の証拠を増やしていくという、どうしようもないアホであった。



更に妻の言葉は続く。



「浮気相手は数え切れないぐらい何人もいて」


どうやら唯のアホでは無く、精力絶倫のようだ。



「その中には男もいたし・・・」


精力絶倫で、アホで、両刀遣いらしい。



「さすがに私も怒りで我を忘れて~」


そう言いながら、いきなり私の髪の毛を鷲づかみにする妻。



「アナタの髪の毛を掴んで引き摺り回し・・・」


「実演はいいから!実演はやめろ!」



私は夜中にも関わらず大声を上げ、髪の毛を掴んだ手に力が入る寸前で、何とか妻を制止した。



「まあ、そゆこと」



妻はそう言うと私の髪の毛を放し、来たとき同様の寝惚け眼で寝室へ戻っていった。



私の背中は冷や汗でびっしょり濡れていた。

初Word

財政難のK市は来月から家庭ゴミの有料化を実施する。


町内会で近隣9軒の班長をしている妻は、その準備で結構忙しい日々を送っていて、昨日「文書作成をしたいからワープロを教えて欲しい」と言ってきた。


各家に配る「ゴミに関する決定事項」を自分の手で文書にし、これを機にワープロをマスターしようという魂胆らしく、いつになく殊勝な態度である。



「よろしくお願いね!」などと、発する言葉もしおらしい。



うーむ、何と美しい響きであろうか、「よろしくお願いします」。



おっと間違えた、「よろしくお願いします、ご主人様」だったような気がする。



夜の生活では力の出し惜しみで、なじられ続けていた私だったが、ついに得意分野で真の実力を妻に見せつけるチャンス到来である。


「ワープロ指導」と一緒に、日頃の生意気な態度に対する「教育的指導」もしてやるぜ!と一瞬画策した私だったが、いや・・・ちょっと待て。


よく考えると、私のワープロには「ブログの下書き」が多数保存されていて、まあ内容は推して知るべしだが、そんなモノが見つかった暁には「教育的指導」をするどころか、私の方が「性教育的指導」を受けてしまう可能性が高い。


私の暗黒色の脳細胞はこの窮地を脱する為に猛スピードで回転し、そして閃いた。


そう言えば、我が家にはPCが2台あるではないか。


私は「ワープロ指導」を最愛の娘に押し付けるべく、妻の説得を開始した。

『実を言うと、私のPCにインストールされているワープロソフトは「一◯郎」で、娘の方はマイクロソフトの「ワード」なのだが、シェアの面から言うと圧倒的に「ワード」であり、絶対そちらをマスターするべきだ』

そんな意味のことを言うと、PCに明るくない妻は私の言葉を鵜呑みにし、「チコちゃ~ん(娘の愛称)!ワープロ教えてぇ~!」と叫びつつ娘の部屋に行ってしまった。


私の策略は大性交、違った、大成功である。



幸い、娘は嫌がることなく「ワード」の使い方を妻に説明して、その心優しさを垣間見せる一方、私は自己防衛のために娘を売ったことで、良心の呵責にさいなまれ・・・なんていうことは一切無く、クールで非情な男の本領発揮とはこの事だ。


それから約1時間半後、妻がA4用紙1枚分の文書を無事完成させたのは、ほとんど娘の手柄と言って良く、教え方が懇切丁寧で、初心者でも非常にわかりやすい。


というわけで今回、娘が人を教える才覚に恵まれていることが判明したが、これは全て私の卑劣な策略のおかげである。



世間ではこれを「必要悪」と呼び、家庭内での私の存在価値は極めて高い。