内容は昨日の続きです。
「学年長研修会」の講演では、最近の「PTA不要論」についても言及されていましたが、
「不要論」というのは主に「PTA活動」をトータルで「楽しめてない」、
あるいは「楽しめなかった」人達の意見だということを、先ずは理解しなければなりません。
「PTA不要」の前に「もう関わりたくない(関わらない)わたしにとって」とでも付け加えてもらわないと、
問題の本質が変わってきます。
たとえ「懇親会」のような和やかな「親睦会」であっても、
参加したくたい人(参加していない人ではない)にとっては不要な行事なのです。
「PTA活動」には「PTA新聞」「駐車場の誘導」「バザーの企画」などまだ他にも沢山ありますが、
では「誰がするの?」という問いかけ対し「不要」派は、
・「お暇な人でどうぞ」←(自分にはそんな暇はないから)
・「やりたい人でどうぞ」←(面倒なのでやりたくないから)
・「先生達でお願いします」←(そもそもPTA無くていいから)
そして「不要論」を唱える人は、経験の有無でおよそ2通りに分けられます。
・一度も関わったことが無いけど「不要」だと言っている人。
・過去の「PTA」参加で、散々な目に遭った人
など、どちらも「PTA活動」を全く「楽しめていません」。
一度「崩壊」してしまうと、何事においても立て直すのは困難を極めます。
既に参加者が極端に少なくなっているところへ飛び込んで行っても、
一人当たりの「任務」が通常より多くなっている状態ですからなおさら大変です。
そしてその「大変さ」が次の年度に伝えられ、また「参加者」が少なくなるといった悪循環です。
たくさんの人に参加してもらって、一人当たりの「任務」をなるべく少なくし、
「児童」と「保護者」と「先生」という学校全体の関わり合いの中で、自分を成長させていく。
そして、3者それぞれの「メリット」をうまく引き出していく。
その「たくさんの人の参加」という最初の関門を突破するために、
例えば「親睦会」などでの雰囲気作りや、
「任務」の「細分化」あるいは逆に「大口化」して参加者で話し合うことによって「任務」を見直し、
「PTA活動」参加へのハードルを低くし、より参加しやすい空気を作っていく。
そうすることによって、参加意識の高い人の積極的な活動を妨げることなく、
そして参加したくない人の活動も決して「ゼロ」にすることなく、
「全員参加」で、いろいろな形でお互いを高め合うことが出来るのだと思います。
ただ、新任の時の「引継ぎ」に関しては各自一層充実させて、
就任当初の「何すればいいのか分からないんですけど?」「わたしで務まるのか?」、
「みんなに協力してもらえるかどうか?」、
などの不安や疑問を少しでも無くしていく方法は考えていくべきだと思います。
「自分にもそういう経験があった」という話はよく耳にします。
「この「任務」は自分の「任務」ではないけれど、自分のできることは「サポート」する」というような、
「個々の気持ち」をみんなが持つことが大切なのだと考えます。
「PTA不要論」を唱えている人がいたら、そのエネルギーを、
「PTA活動」の「個々の負担」を減らす方法を考えることに注いで欲しいものだと思います。
それは結局「参加者を増やすにはどうしたらよいか?」を考えるということなのです。
「PTA活動」は「社会性」を鍛えるためのよい機会だと思うのですが、どうでしょう?
「社会性」不要ですか?




