【T】泡が立たない世界に、泡を立てにいく
こんにちは。元スタッフTこと、とっきーです。
今日は、泡が立たない世界の話。起きたことは確かにあったのに、なぜか触れず、なかったことにされていく――そんな小さな違和感を一人語りで。

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とっきー=T

御大・加藤の飼い犬・ノアのおまたが、ある日、
赤くただれていたとお聞きした。
「ここをこう観て、こうフィードバックを取って」
と具体的にケアの仕方をお世話の子に伝えたところ、
ノアのおまたは、あっさり治ったらしい。
──で、私は思った。
これ、地味にすごくない?
■ ケア=「観る」ということ
ここで大事なのは、特別な薬でもなく、
「観た」という事実。
患部をちゃんと観測し、
写真を撮り、
状態を共有し、
変化をその都度みんなで確認する。
これ、量子力学っぽく言うと、
「人は、意識を向けた現象を“現実として確定させる”」
という話。
量子の世界では、
観測されていないものは、
良くも悪くも“未確定な可能性”のまま漂っている。
でも、
観測され、意識に上げられた瞬間、
それは「現象」として固定され、変化が始まる。
ノアのおまたも、
赤くただれたまま“放置されていた可能性”から、
「ちゃんとケアされ、回復に向かう現実」へと
切り替わった。
年齢を考えれば、治癒スピードは明らかに早い。
御大・加藤の場の力というのは言わずもがな。
■ で、なんで誰も書かないの?
ここで、ふと疑問が湧く。
……あれ?
これ、なんで誰も記事にしないんだろう?
奇跡だの、量子だの、大げさな話にしなくても、
「観て、共有して、意識を向けたら、ちゃんと変わった」
という、めちゃくちゃわかりやすい実例なのに。
この世界は、「観測されたもの」でできている。
なのに、
観測された事実が、
発信されず、
拡散されず、
泡すら立たない。
フィルターバブル、という言葉を少し前に使ったけれど、
その前段階。
そもそも泡が立たない。
それが、
御大・加藤の世界。
どれだけ不思議な現象が起きても、
どれだけ分かりやすい“結果”が出ても、
御大を持ち上げることも、
広めることも、やらない。
静かすぎるほど、静か。笑
フィルターバブル
■ イエスの弟子たちは、どうしてた?
ここでふと気になって、
AIに「イエスの弟子たちって、どうやって伝道してたの?」と聞いてみた。
要点をまとめると、こんな感じ。
・教義より先に、体験を語る
・講壇ではなく、日常の場で
・小さな関係性の輪をつくる
・相手の文化の言葉に翻訳する
・手紙で遠隔フォローを続ける
一言で言えば、
教えを広めたのではなく、
生き方そのものを見せ続けた
というやり方だった。
――人に何かを語る前に、
自分はどう生きているのか。
「あんたに言われたくない」と思われていないか。
それ、もはや営業妨害になっていないか。
胸が、ちくっとする。
■ 泡を立てる
御大は、弟子を取らない。
組織もつくらない。
だからこそ、
自然に泡は立たない。
で、私は思う。
自分は、
「やってるつもり」
「伝えてるつもり」
になっていただけじゃないのか。
実際は、
自分のバブルの中で、
ぐるぐる回っていただけじゃないのか。

ノアのおまたの話ですら、
外に出なければ、
なかったことになる世界。
見せていただいた、
起こしてもらっている“奇跡”を、
ちゃんと現実側に流す。
泡が立たない世界に、
泡を立てにいこう。
おわり。
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T
