【元スタッフ】俺の性分。あげすぎてしまうもの。
こんばんは。元スタッフTこと、とっきーです!
こちらでは他人のネタをパクリとりながら脳内で御大(加藤)との会話を楽しむ妄想ブログです。今回は、父の死から気づいたこと、知り得たこと、面倒を見るとはなんぞや?ということについて妄想してみました。
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もしも 面倒を見る、について語ってみたら… の巻き
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ズンチャッ、ズンチャッ(ミュージック スタート!)
そうなんだよ。大病を患っている子を介護してた時なんだけどさ。便をしながら潰れちゃったりしてね、、、もうほぼ寝たきりみたいな状態からフラフラ立ち上がりトイレも普通にできるように氣を入れて回復させたのよ。
その状態から立ち上がるって普通はありえないですよね。私も以前に、加藤さんが飼われていた瀕死の状態の豚さんが突然立ち上がった姿を目の前で見ているので不思議とは思いませんが……。あ、ゼットン(大型犬)もでしたね。死臭ただよう中、息も絶え絶えだったのに、加藤さんが現れた途端に穏やかな呼吸になったのにはわかってはいても感動でした。安心した目にもなって。。。涙
俺を誰だと思ってるんやwwwもっと敬いなさーいwww しかし、そのあとに俺が貧血で大変よ。しばらく休んでいたわ。それでわかったんだよね。面倒を見るとは何なのか?と。母親がさ、自分の子どもに分身感覚で接してしまうのって、確か14歳頃まで氣を与え続けてしまうから、らしいよ。
まあそれが俺の性分だけどさすがにな、と思って活動はやめたわけよw いまはどうぶつたちの看取りをしているけれど、スーッと眠るように亡くなっていく姿をみると、切なさ儚さ、いろんな感情が出てくるわな。でも最後を良い場にしてあげたいっちゅう気持ちでやっとるわ。
確か、邪魔もの扱いで虐待されていたワンコいましたよね。加藤さんにお迎えされて、叱られずにおやつもいっぱい食べて可愛がってもらえて、、優しく見送られて、、幸せでしたね。。。よかった。。。でも、、わたしはその子というよりは、お世話をしていた加藤さんの心情を思うと胸が苦しくなりますね……。こうして笑いながらお話しているけど、きっとものすごく寂しさを感じられているんだろうなとか。
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昨年末、父が亡くなって気がついたこと。ずっとわたしはただただ面倒を見てもらっていた存在だった。生活は別だったし貸し借りなどもしていなかったけれど、そういうことではなく生命力をずっと分け与えてもらっていたのだと。父を失って腹に落ちた感覚といいましょうか。この歳で非常にお恥かしいですが。
昨年末に活動を終えてお隠れされた御大。思い返すといままでどれだけの人に氣を分け与えてきたのか。徒弟制度の技能編では毎回40人近く、ひとりずづエネルギー調整を行ったり、個人セッションではぶっ倒れるほどに(目が開かなくなるとよく仰っていました)次元を弄ったり。大変でしたね、というより今思い返すとゾッとしています(汗)命を取られなくて本当に良かった。
じじわんこの流れからワンコの看取りをやろうと思うんだよねとお話されていた御大。そして今もなおこうしてインフラを整えてくれていることを感じます。物理的な活動が無くなれば無くなるほどにむしろ強い影響を与えていく。これは元物質を希釈すればするほどに強力な影響を与えるホメオパシーの原理そのものじゃね?(!)これに関しては別の妄想でまとめるとして。
慈愛。自分には一生持てない感覚かもしれないけれど、ほんの少しでも抱けますように。おわり。
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