渋谷「原発やめろデモ」に参加しました。
大きなアクションへ。
2011.05.13
Reported by KITAGAWA
5/7(土) 渋谷「原発やめろデモ」に参加しました。
デモに参加して何が変わる?という思いもありましたが、
とりあえず行動しようとの思いで、
また4/10の高円寺デモで若者を中心に多くの参加者が集まったのを知って、
初めてデモに参加しました。
デモと言っても、昔のような政治色の強いものというよりは、
「今の状況を何とかしたい」「何か行動しないと」という一般の人たちが思い思いの表現方法で思いを共にする方が近くて、
音楽も色々演奏されていてデモよりも「パレート」と言う方が合っているかも知れません。
あいにくの小雨の中、NHKの近くの公園の集合場所に行きました。
参加者の多くが20~30代の若者で、主婦や中高年の方々、外国人の方々も結構いました。
そして特に、女性が多い印象でした。
危機的状況に直面すると、女性の方が敏感で強いのかも知れません。
参加者数は、1万5千人位というのをあとで知りましたが、
スタート地点でも出発してからも、その大人数の規模は分かりにくかったです。
その一因は、警察が参加者の歩く幅を狭くさせて、見た目の人数を少なく見せるようにしていたり、
その狭い幅の参加者をところどころで意図的に分断して進行の
スピードを遅くしていたからだと思います。
そのため参加者は、スタート地点で1時間ほど待たされ、
ようやく歩き出しても途中でまた進行を止められたりと、
フラストレーションの溜まる状況がありましたが、
参加者は冷静で、
秩序を守りつつ思い思いに表現しながら歩いていました。
音楽を演奏し歌ったり楽器を鳴らしたりする人、
メガホンで想いを訴える人
手作りのプラカードや旗を掲げる人
手作りのコスチュームを着る人
他の場所での状況を報告してくれる人
訴えたいことや勉強会のチラシを配る人・・・。
私を含めて、それまでデモとは無縁だったような市民が、
それぞれの想いを込めて表現していました。
プラカードも、皆さん丁寧に作っていてそれぞれ個性があり、
見ているだけで気持ちが伝わってくるようで良かったです。
警察はかなりの人数を用意して、参加者の横に列になるようにして張り付いていました。
大通りには護送車を何台も並べて、警察官多過ぎ。
こちらは平和的な行動をしていて、無茶なことなんてしないのに、警察官を多く配置していかにも「悪いこと」をしているような印象を残したいんでしょうね。
逆に言うと、
警察―政府側には市民によるデモに対する危機感があり、
市民の間にこういう行動が広がって欲しくないという思いがあるのでしょう。
その意図もあって、参加者が無理矢理逮捕されました。
見せしめのためでしょう。
私の近くにいた警察官は、特に挑発をしてくることもなかったのですが、
警察官の中でリーダー的な人の方が感じが悪かったかな。
その後の福島県いわき市の反原発デモでは、
警察は参加者に協力的で「皆様お疲れ様でした」と言った警察官もいたらしく、
福島の現実を間近で見ていると同じ警察でも違ってくるんだなと思いました。
外国人の参加者は、デモに慣れているせいか、1人で参加される人が多かったです。
その人にとって外国である日本での参加は、
日本人以上に勇気が必要だったかも知れません。
ただ、例えばドイツでは福島県の20ミリシーベルトに反対するデモに5万人集まった、
ということを聞くと、
外国人の方が「言うべきことは言う」気持ちが強く、
「怒るべきことは怒る」という義務感や責任感が強いのではと感じてしまいます。
日本には、一般市民が参加するデモの文化や経験はあまりなかったかも知れませんが、
参加者の多くを占めた若者を見ていると、
今までの価値観が変わっていくような感覚を味わいました。
私は近くにいた2人の外国人の方に、参加してくれたことのお礼を伝えました。
1人は日本に数年住んでいる方で、もう1人はフランスから来て日本で仕事をしている方でした。
そのフランス人(男性)と、つたない英語+日本語で歩きながらしばらく話をしました。
そのフランス人が宮城県にボランティアに行っていたこと、
高円寺でのデモのこと、フランスは原発が飛び抜けて多いが地震は全くないこと、
アレバ社の放射線除去の料金が高いことなど・・・。
最後は、メルアド交換してお友達になりました。
デモは、土曜日の渋谷~原宿を細長い列(にさせられて)時間をかけて更新しました。
沿道には、若者を中心とした大勢の人たちが我々参加者を見ていました。
沿道の外国人は参加者に向かって手を振っていました。
アイドルを観に来ていた10代位の女性の集団も「これはなに?」という感じで参加者を見ていました。
参加者と沿道の通行人は、
今回警察によって分断されていた格好とも言えますが(これも警察の目的かな)、
デモを見た沿道の通行人の中にも「行動しなきゃ」という思いが強くなったり、
原発について考え始める人がいたと思います。
参加者と通行人は近いと言うか同じ存在だと思うから、
どうやって隣の人に伝えるかということも大切だと感じました。
もちろん、難しい面(友人、家族にも伝えることが難しい時がある)もあるけど、
分断されたままだったら、警察―政府の思うつぼですもんね。
このようなデモ(パレード)も、だんだん報道されるようになってきました。
福島の方から
「私たちの現実を考えないで東京でデモをしているのは理解に苦しむ」
という意見があったのを読んだことがありますが、
被災された方の考え、ご意見を最優先することを踏まえて、
それでも
「出来る人が出来ることをする」
のがいいのではないかと思いました。