『行動学入門-⑥』-三島由紀夫

●行動の計画-②

 

✪この間、韓国へ行ってきたときに、ソウル市内の北朝鮮スパイがいかにして露見するかを聞いたが、実につまらないことでたびたび捕まっている。一例が、タバコである。我々はピースを買うのに50円ということを知っていて、「ピース一個幾らか?」と聞く人はいないが、北鮮スパイはまずタバコの値段を聞くところで足がついてしまう。

また、タバコの値段をよく知らないので、おつりをもらうのを忘れたことで足がつく。これはこちら側から言えば、彼がスパイであることを察知する情報であるが、向こう側からいえば、情報の不足である。北鮮は韓国の状況について知らせたいことと知らせたくないことの間で迷っているらしい。

 

たとえば、北鮮のスパイ教育は、肉体訓練的にはおよそ人力の極限をきわめたような苛烈にものであり、その勇猛は知れ渡っているが、同時に潜入すべき韓国の経済状況についてあまり現実を知らせ過ぎると教育は逆効果になって、韓国へ逃げ出したい気が起こらないとも限らない。

 

そこでスパイ教育についても、その辺の兼ね合いが非常にむずかしいものになっていると思われる。