1つでも強い味方

テーマ:

過去を振り返ってみる

 

あの頃はこんな人がいた、、、

あの時はこんなことをした、、、

 

懐かしい顔や景色がぱっ、ぱっ、と浮かんでは

 

うん、うん、そんなこともあったよな、と

いろんな想いが出てきます

 

 

・・・が 正直、あまり確証がありません

 

 

自分の中にある記憶ではあっても

リアリティに欠けるというのか

説得力もなく うすぼやけていて

鮮明さがなく

 

・・・あまり力を感じない。

 

ということは

 

自分にとってはあまり影響力がないのかもしれない、と

ふと感じることがありました

 

 

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世の中のこと、特に流れる情報や画面の中で見つけるものに

 

当たり前のように信じる人が一人、一人、と集まり やがて

 

集団化されると事実とは違う確証のないものが真実になってしまう

 

・・・という現象がありますよね

 

「どういうことで そんなことを信じてるんだろう?」

 

「なぜ そんな簡単に その人の言うことが信じられるんだろう?」と

 

思わずにはいられないようなことを見ることがありますが

 

先日も書きましたが、私は

 

好奇心がとても強く 魅かれると魅かれるままに動く人でした

 

ところが人生でいろんな体験をしていく中で

 

魅かれる心があっても 慎重になる傾向が強くなって

 

石橋を叩いて渡る、、、(たまに叩きすぎて橋を壊すこともありましたが)

 

そう、臆病になる部分があったんですね

 

それはもともと潜在的に持ってたものだと思います

 

簡単には飛びつかないし、簡単には信じないという形で現れて

 

そのおかげで随分と自分でリサーチや分析するようになり

(結果、自己探求という道だった)

 

プラス、感覚を大事にするようになっていきました

 

初めは、自分の感覚がどれなのか?がつかめない状態で

 

正しいのか、正しくないのか 自信が持てず

 

それこそ確証などないわけです

 

確証が持てないことに影響力はほとんどなく

 

あまり意味がない、とも言えるかもしれません

 

でも、知っていくこと、慣れていくことの積み重ねと

 

実際に体験を通して影響力が増してきて

 

これは確かにあるな、と信じ出すようになりました

 

感覚は繊細で微か、最初はね

 

でも捉えるという意識が強くなってくると

 

 

例えば

 

「(なんだかわからないけど)あの人、、、受け付けない」とか

 

「いいこと言ってるんだけどな、、、なんだか違和感」とか

 

説明できるような根拠はないけれど”なんだか・・・”という

 

その説明できない部分が「やっぱり!」となることってありませんか

 

で、やっぱり!が次も、次も、、、、と。

 

そうなってくると見た瞬間、聞いた瞬間に

 

自分には合わない、合う、が一致するようになってきます

(あくまで自分に対してです)

 

そうするとこれも例え話になりますが

 

1000人の人が「これはすごい」と支持したとしても

 

自分には「ニセモノ」なわけです

 

ここは試されどころで

 

自分だけが「ニセモノ」だと主張することは怖いわけです

 

赤信号みんなで渡れば・・・で 1人だけ?だと勇気が持てない

 

でもね、自分を信じるって そういうところだと思います

 

1000人が右でも 自分が左なら左と言える

 

頑固さとか、そういうんじゃなく・笑

 

 

信じられるものがない、と言われる世の中で

信じられるものが1つでもあれば

 

何が確かなのか、を見つけにくい世の中で

これは確か、が1つでもあれば

 

 

強い味方となって

少しでも生きやすさにつながれば・・・

 

 

 

感覚を開くには、日々小さなことから

 

 

 

気長に、少しずつ・・・。 

 

 

 

 

 

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