青い鳥症候群光が晃目線なのに対して、こちらは雫目線となってます。
雫がどういう想いでそう行動していたのかを細かく描写したつもりw
同じ文面もあるので、これ読んだよ!ってのもあるかもしれませんが、読んでくれると嬉しいです。
つばさ
青い鳥症候群 ~闇~
作:つばさ
ブログだと長くて見づらいので、まとめてみました。
1話から読みたい方はこちらからどうぞ ↓
【1話】 雫
【2話】 白と黒の物語
【3話】 世界
【4話】 絵本
【5話】 あき
【6話】 無償の店
【7話】 新世界
【8話】 笑う
【9話】 ひとりぼっち
【10話】 朝
【11話】 コンビニ
【12話】 興味
【13話】 朝食
【14話】 雫の世界
【15話】 クリスタルベル
【16話】 青い鳥 ← ※最終話
作:つばさ
ブログだと長くて見づらいので、まとめてみました。
1話から読みたい方はこちらからどうぞ ↓
【1話】 雫
【2話】 白と黒の物語
【3話】 世界
【4話】 絵本
【5話】 あき
【6話】 無償の店
【7話】 新世界
【8話】 笑う
【9話】 ひとりぼっち
【10話】 朝
【11話】 コンビニ
【12話】 興味
【13話】 朝食
【14話】 雫の世界
【15話】 クリスタルベル
【16話】 青い鳥 ← ※最終話
優しげな老爺、夜が美しい女性──未麗にこう言った。
「ほっほっほ。…あの坊主は、もう大丈夫だろうよ」
未麗は答えた。
「そうですね、義父様。決まり文句だから、ああしてカードに〝待っています〟と書いたけれど、あの二人が店を訪れることは二度と無いでしょう。そして、あの世界を見聞きする事も…」
老爺は「そうじゃろうの」と頷いた。
「あんなに純粋な子らには、久しぶりにおうたの」
未麗は微笑んで、キラキラと星の光の様に激しく、そして優しく光る光の入った一つの小瓶を老爺に見せた。
「こんなに美しい〝ありがとう〟を頂いたのは久しぶりだわ」
「なんと美しいことか。あの方も喜ばれる」
二人は暖かく、晃と雫を見守っていた。
晃と雫は、その二人の暖かさが伝わって幸せな気持ちになったが、二人にはその二人の暖かさだとは、もう分からなかった。
──あれからしばらく経った。晃の家はとても明るかった。
行き場のない雫は晃の実家で暮らしている。
「いってきます」
晃はそう言って、笑顔で玄関を一歩外に踏み出す。まるで、今までの自分から飛び出して行く様に。雫はそんな晃を見ているだけで、幸せな気持ちになれた。
「雫ちゃん、一緒に買い物行きましょう」
雫は「はーい、義母さん」と答えると、買い物籠を晃の母に手渡
す。そんな光景を見ていた晃の父が、後ろでボソッとつぶやく。
「俺も連れてけ」
晃の母は冗談ぽく答えた。
「はいはい。どうぞご自由に!」
晃がそれを見て、くすくすと笑っていたのを雫は見逃さなかった。笑みが零れる。
それでも、時々ふっと悲しく、寂しくなる時がある。そんな時は、空を見上げる。こことは違う空を思い出して──母と父の忘れかけた顔を思い出して。
何とかして救えないものか、雫は何度も考えたけれど、もう出来ないことだ。いや、違う──。親だって一人の人間だ。自分以外の人の人生まで、背負う必要なんてないんだ。
今はそんな風に思えるようになってきた。
何時か、晃に聞かれたことがある。
「あっちの世界が恋しいか?」
雫は首を横に振った。
「ママやパパのことは、恨んでもしかたないと思うの。だって、全ては死神が決めたことだから…。ママやパパも死神が作った世界の一部に過ぎなかっただけだわ。そりゃ、私は二人が好きだから戻りたいって思うこともあるけど、それじゃあ私は成長しないと思うのよ。…今は、あきのママとパパから、私のママとパパから貰えなかったものを貰ってる最中なの」
晃は微笑んでいた。
メーテルリンクの青い鳥…そんな話を晃に教わった。
チルチルとミチルという兄妹が、幸せを運ぶ青い鳥を探す物語。
遠くまで旅をして〝幸せの青い鳥〟を探すのだけど、どれも偽者で、結局は何時も自分達が大事にしていた鳥が本物だった。
でも…捕まえた幸せは、ぱたぱたと飛び立って行ってしまう。
逃げてしまった青い鳥という幸せはもう戻らない。
幸せは、繋ぎ止めておくものじゃない…そう教えてくれたのは他でもない、「闇の世界」の存在のおかげだった。今までずっとあんな世界消えてしまえばいいのにって思っていたけれど、あの世界ももっと大きな世界から見れば、必要なものなのだと今は感じられる。
何時も幸せでは居られないことこそ、本当の幸せだ。
悪い事でも、良い事でも、心満たされる瞬間──それが幸せ。
考えながら、雫は空を見上げる。
──この世の全てに、ありがとう。
→1話へ
「ほっほっほ。…あの坊主は、もう大丈夫だろうよ」
未麗は答えた。
「そうですね、義父様。決まり文句だから、ああしてカードに〝待っています〟と書いたけれど、あの二人が店を訪れることは二度と無いでしょう。そして、あの世界を見聞きする事も…」
老爺は「そうじゃろうの」と頷いた。
「あんなに純粋な子らには、久しぶりにおうたの」
未麗は微笑んで、キラキラと星の光の様に激しく、そして優しく光る光の入った一つの小瓶を老爺に見せた。
「こんなに美しい〝ありがとう〟を頂いたのは久しぶりだわ」
「なんと美しいことか。あの方も喜ばれる」
二人は暖かく、晃と雫を見守っていた。
晃と雫は、その二人の暖かさが伝わって幸せな気持ちになったが、二人にはその二人の暖かさだとは、もう分からなかった。
──あれからしばらく経った。晃の家はとても明るかった。
行き場のない雫は晃の実家で暮らしている。
「いってきます」
晃はそう言って、笑顔で玄関を一歩外に踏み出す。まるで、今までの自分から飛び出して行く様に。雫はそんな晃を見ているだけで、幸せな気持ちになれた。
「雫ちゃん、一緒に買い物行きましょう」
雫は「はーい、義母さん」と答えると、買い物籠を晃の母に手渡
す。そんな光景を見ていた晃の父が、後ろでボソッとつぶやく。
「俺も連れてけ」
晃の母は冗談ぽく答えた。
「はいはい。どうぞご自由に!」
晃がそれを見て、くすくすと笑っていたのを雫は見逃さなかった。笑みが零れる。
それでも、時々ふっと悲しく、寂しくなる時がある。そんな時は、空を見上げる。こことは違う空を思い出して──母と父の忘れかけた顔を思い出して。
何とかして救えないものか、雫は何度も考えたけれど、もう出来ないことだ。いや、違う──。親だって一人の人間だ。自分以外の人の人生まで、背負う必要なんてないんだ。
今はそんな風に思えるようになってきた。
何時か、晃に聞かれたことがある。
「あっちの世界が恋しいか?」
雫は首を横に振った。
「ママやパパのことは、恨んでもしかたないと思うの。だって、全ては死神が決めたことだから…。ママやパパも死神が作った世界の一部に過ぎなかっただけだわ。そりゃ、私は二人が好きだから戻りたいって思うこともあるけど、それじゃあ私は成長しないと思うのよ。…今は、あきのママとパパから、私のママとパパから貰えなかったものを貰ってる最中なの」
晃は微笑んでいた。
メーテルリンクの青い鳥…そんな話を晃に教わった。
チルチルとミチルという兄妹が、幸せを運ぶ青い鳥を探す物語。
遠くまで旅をして〝幸せの青い鳥〟を探すのだけど、どれも偽者で、結局は何時も自分達が大事にしていた鳥が本物だった。
でも…捕まえた幸せは、ぱたぱたと飛び立って行ってしまう。
逃げてしまった青い鳥という幸せはもう戻らない。
幸せは、繋ぎ止めておくものじゃない…そう教えてくれたのは他でもない、「闇の世界」の存在のおかげだった。今までずっとあんな世界消えてしまえばいいのにって思っていたけれど、あの世界ももっと大きな世界から見れば、必要なものなのだと今は感じられる。
何時も幸せでは居られないことこそ、本当の幸せだ。
悪い事でも、良い事でも、心満たされる瞬間──それが幸せ。
考えながら、雫は空を見上げる。
──この世の全てに、ありがとう。
→1話へ
──ふらりと出て行った晃を追いかけて、気がついたら雫は〝クリスタルベル〟という店の前に立っていた。しかし、クローズされていた。雫は首をかしげた。
「何で私、ここにいるんだろう?」
疑問をすっと自然に口にした時、一人の老爺が優しい声で笑い、雫に声をかけてきた。
「雫、私がお前を呼んだのじゃよ」
雫は驚きのあまり飛び上がった。
「お祖父ちゃん!?」
老爺は、「ほっほっほ」と再び笑った。
それから、すぐに真剣な表情で雫の祖父、夜(よる)は言った。
「雫…お前には、随分と辛い思いをさせたなぁ。あの頃…わしはまだ若かった。許しておくれ」
「そんなことないよ。お祖父ちゃんの絵本…今でも私の大切な記憶なの──」
夜は優しく微笑んで、「おいで」と言うと、雫を抱きしめた。
雫の胸に熱い気持ちがあふれ出した。──暖かい。
「中にお前の大切な人が捕らわれておる。ちょいと娘がヘマをしてな」
「そんな! 私、誰だろうと許さない。あきに何かあったら…!」
夜は優しい瞳を雫に向けた。
「きっと、孫娘が救うから。あれを責めないでおくれ。…あれはここしばらく眠っておらんのじゃ」
雫はしゅんとうなだれた。
どうしよう、どうしよう…あきに何かあったら…私……
本当にひとりぼっちになってしまう。
オイテイカナイデ──
再び胸の締め付けが雫を襲う。
走馬灯の様に、笑っている晃の笑顔が雫の頭を駆け巡った。
それはとてつもなく苦しいものだった。
──ちりんちりん
バンっと激しくドアが開いた。
「いらっしゃい」
ウエーブのかかった金色の輝く髪がふわりと揺れる。片目だけ色素の薄いオリーブ色の瞳を持った、美しい女性が色のある声で言った。
「雫!」
その声の後、少しずれてから懐かしい声がした。その懐かしさに安堵した。夢ではないと確かめたくて、雫は晃に駆け寄った。
「心配したんだからね…」
晃は申し訳なさそうに、頷いた。
「ありがとう…」
その言葉は予想外だった。雫は晃なら「ごめん」と言うと思っていたからだ──全て自分が悪いんだと、そう思っていると思っていた。でも、もう違うんだ。雫は泣いた。
──よかった。
優しい手が雫を包み込む。震えていたのが嘘の様に、全身の力がすっと抜けて心地よい。
「出来るじゃないか…」
晃が雫の涙を拭ってくれたけれども、涙は止まらなかった。
「本当に、ありがとう…」
そこへ、すっとあの女性が鏡を持って進み出てくる。きっと〝魔女の鏡〟だ──そう、雫は思った。
「最後のお願い、してみる?」
晃はしばらく考えていたが、突然言った。
「最後は雫に…雫に選んで貰いたい」
とても嬉しかった。
選択するという素晴らしい力を、私も貰えるのだと──
そうしてそこまで浮かれて、一瞬不安になる。
本当に、私の様な者が受け取っていいの?
自然と「いいの…?」と、雫は晃に尋ねてしまう。
晃は何もものを言わず、こくんと頷いてくれた。
ああ、この人は本当に今の私の全てを受け入れてくれているんだ…。
自然と顔がほころんだ。
「鏡さん…許されるなら、私に選択させてください。この世界に住むか、それともあの世界へ帰るのか──」
聞き入れた
そう低い声が聞こえた気がした。
「私、あきのこと…好きなんです。だからここに居たい」
自然と言葉が溢れた。伝えずにはいられない。
晃は照れた様子で赤面しつつ、何時もの癖で頭をぽりぽりと
掻いた。
「これから、あきのこと……もっと、愛したい…」
雫には自分の頬が火照っていくのが分かった。
──ありがとう。
皆がにっこりと優しく微笑んでいた。
──風が、不思議な店を通り抜けた。まだある筈もない新緑の葉が、部屋の中を駆け抜ける。
晃と雫は空き地の前に立っていた。
「何も、ない…」
あれは、幻だったのだろうか。
「さむ…」
晃は雫の肩を抱き寄せ、ジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。不思議そうな顔でポケットから取り出したのは、一枚の小さなカードだった。そのカードを恐る恐る晃が開いてみると、そこには
こう書いてあった。
あなたの「ありがとう」頂きました。
何時でもあなたを待っています。
無償の愛の店
クリスタルベル
確かにそこにあった店かどうかは今もよくわからない。
これから一体幾つの困難が待ち受けているのだろう…? それは二人には分からないことだ。…それでも二人は誓った。幾つあるかわからない困難に、二人手を取り合って立ち向かっていこうと。
雫は、この胸に芽生えた小さな愛を守りきることを誓った。
晃は、やっと一つになった自分自身を守りきることを誓った。
二人の行く道は重なった。だから一緒に歩いていくんだ。
何時か分かれるその日まで…二人はパートナーなのだから──
→16話へ
「何で私、ここにいるんだろう?」
疑問をすっと自然に口にした時、一人の老爺が優しい声で笑い、雫に声をかけてきた。
「雫、私がお前を呼んだのじゃよ」
雫は驚きのあまり飛び上がった。
「お祖父ちゃん!?」
老爺は、「ほっほっほ」と再び笑った。
それから、すぐに真剣な表情で雫の祖父、夜(よる)は言った。
「雫…お前には、随分と辛い思いをさせたなぁ。あの頃…わしはまだ若かった。許しておくれ」
「そんなことないよ。お祖父ちゃんの絵本…今でも私の大切な記憶なの──」
夜は優しく微笑んで、「おいで」と言うと、雫を抱きしめた。
雫の胸に熱い気持ちがあふれ出した。──暖かい。
「中にお前の大切な人が捕らわれておる。ちょいと娘がヘマをしてな」
「そんな! 私、誰だろうと許さない。あきに何かあったら…!」
夜は優しい瞳を雫に向けた。
「きっと、孫娘が救うから。あれを責めないでおくれ。…あれはここしばらく眠っておらんのじゃ」
雫はしゅんとうなだれた。
どうしよう、どうしよう…あきに何かあったら…私……
本当にひとりぼっちになってしまう。
オイテイカナイデ──
再び胸の締め付けが雫を襲う。
走馬灯の様に、笑っている晃の笑顔が雫の頭を駆け巡った。
それはとてつもなく苦しいものだった。
──ちりんちりん
バンっと激しくドアが開いた。
「いらっしゃい」
ウエーブのかかった金色の輝く髪がふわりと揺れる。片目だけ色素の薄いオリーブ色の瞳を持った、美しい女性が色のある声で言った。
「雫!」
その声の後、少しずれてから懐かしい声がした。その懐かしさに安堵した。夢ではないと確かめたくて、雫は晃に駆け寄った。
「心配したんだからね…」
晃は申し訳なさそうに、頷いた。
「ありがとう…」
その言葉は予想外だった。雫は晃なら「ごめん」と言うと思っていたからだ──全て自分が悪いんだと、そう思っていると思っていた。でも、もう違うんだ。雫は泣いた。
──よかった。
優しい手が雫を包み込む。震えていたのが嘘の様に、全身の力がすっと抜けて心地よい。
「出来るじゃないか…」
晃が雫の涙を拭ってくれたけれども、涙は止まらなかった。
「本当に、ありがとう…」
そこへ、すっとあの女性が鏡を持って進み出てくる。きっと〝魔女の鏡〟だ──そう、雫は思った。
「最後のお願い、してみる?」
晃はしばらく考えていたが、突然言った。
「最後は雫に…雫に選んで貰いたい」
とても嬉しかった。
選択するという素晴らしい力を、私も貰えるのだと──
そうしてそこまで浮かれて、一瞬不安になる。
本当に、私の様な者が受け取っていいの?
自然と「いいの…?」と、雫は晃に尋ねてしまう。
晃は何もものを言わず、こくんと頷いてくれた。
ああ、この人は本当に今の私の全てを受け入れてくれているんだ…。
自然と顔がほころんだ。
「鏡さん…許されるなら、私に選択させてください。この世界に住むか、それともあの世界へ帰るのか──」
聞き入れた
そう低い声が聞こえた気がした。
「私、あきのこと…好きなんです。だからここに居たい」
自然と言葉が溢れた。伝えずにはいられない。
晃は照れた様子で赤面しつつ、何時もの癖で頭をぽりぽりと
掻いた。
「これから、あきのこと……もっと、愛したい…」
雫には自分の頬が火照っていくのが分かった。
──ありがとう。
皆がにっこりと優しく微笑んでいた。
──風が、不思議な店を通り抜けた。まだある筈もない新緑の葉が、部屋の中を駆け抜ける。
晃と雫は空き地の前に立っていた。
「何も、ない…」
あれは、幻だったのだろうか。
「さむ…」
晃は雫の肩を抱き寄せ、ジャンパーのポケットに手を突っ込んだ。不思議そうな顔でポケットから取り出したのは、一枚の小さなカードだった。そのカードを恐る恐る晃が開いてみると、そこには
こう書いてあった。
あなたの「ありがとう」頂きました。
何時でもあなたを待っています。
無償の愛の店
クリスタルベル
確かにそこにあった店かどうかは今もよくわからない。
これから一体幾つの困難が待ち受けているのだろう…? それは二人には分からないことだ。…それでも二人は誓った。幾つあるかわからない困難に、二人手を取り合って立ち向かっていこうと。
雫は、この胸に芽生えた小さな愛を守りきることを誓った。
晃は、やっと一つになった自分自身を守りきることを誓った。
二人の行く道は重なった。だから一緒に歩いていくんだ。
何時か分かれるその日まで…二人はパートナーなのだから──
→16話へ
──気がついたら薄暗い街の真ん中に、晃は立っていた。
「本当に光がない──」
行きかう人々は皆同じような喪服の様な黒い服を着て、石造りの街を同じ歩調で歩いている。
それはとても平和で、薄気味悪い。
「死んでる…」
噴水の前に、周りの大人達と同じ様な服を着た幼い女の子が、テディベアを片手に持って、立っていた。
晃は女の子に幼い頃の雫を連想させ、姿勢を低くし、目線を合わせて優しく声を掛けた。
「誰を待ってるのかな?」
女の子は不思議に思ったのか、少し首をかしげた。
「変な格好」
ムッとしたが、相手は子供なので晃は冗談っぽく、笑って返した。
「変で悪かったなっ」
それでも、女の子は無表情で少しも笑わなかった。
「…パパとママを待ってるのよ」
ふっと女の子が思い出した様に言った。
「パパ、ママ…!」
女の子はテディベアのことを忘れた様に振り回しながら、両親の元へ走り出した。
「なんだ、迷子だったんじゃないか…」
よかった…、晃がそう思って何処かに行こうとしたその瞬間、風に乗って耳に届いた一つの言葉が衝撃を届けた。
「あれほど迷子になっちゃダメよって言ったでしょう…! お願いだから、パパやママを困らせないでちょうだい」
──お母さん、待ってたんだよ。
「ママの言うとおりだよ。ここでは何も起こらないことが、当たり前なのだから…。今度からはちゃんと大人と同じ様に、同じ歩幅でついて来るんだよ」
──お父さん、寂しかったんだよ。
周りの目は冷ややかだった。
「はい…パパ、ママ……」
女の子は泣きそうになるのを必死に堪えて、無表情を装っていた。
晃は、思わず泣き叫んだ。
「待ってたんだ! 寂しかったんだ! どうして抱きしめてくれないんだ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
たくさんの黒い瞳が、あの迷子の女の子を見た様に、冷ややかに晃に向かっていた。
バタンッバタンッ
──あきだ。
立て続けにドアを閉める音が響き、晃が部屋に戻ってきた。
「…あき?」
雫は晃に駆け寄り、顔を見あげる。
大声で泣いていた──あの、あきが…。
たとたとたとたと、小さい足音と大きい足音が急いだ様子で晃の部屋に近づく。
がらっと引き戸が開いて、晃の両親が叫んだ。
「晃!」
「晃…」
晃は雫の顔の向こうに二人の顔を見上げた。
「うっ…あ…ごめっ……」
雫は言葉のつかえる晃をゆっくり抱きしめた。
泣かないで、あき──
貴方のせいじゃない…。
抱きしめた瞬間、雫は全てを理解した。
彼は知ってしまったのだと──私の世界を。
「とにかく、無事で良かった…」
「だが…な、もういい大人なんだから…その……」
わかってないな、と雫は晃の両親を哀れに思った。
叩いたり、殴ったり、怒鳴ったりはしないけれど、自分の両親と反応が同じだった。雫の心は痛かった。
子供を理解しようとすれば出来る世界なのに、この人達はしないんだと今まで思っていた。でも、それは違う。世界は違っても、この人達には出来ないんだ。出来ることを知らないから──。
優しいあきのことだから、口では両親を責めても、きっと自分のせいで、両親は愛せないのだと思っていたに違いない。…でも、違う。そうじゃない。
「あき…」
晃は何か悟った様子だった。
「あき…落ち着いた?」
雫はそっと、優しく晃に声をかける。
「ああ…ごめん。みっともなかったよな……」
雫は首を横に振った。
あきのせいじゃない──。
「私には出来ない事だから…」
ぼーっとする晃に、静かに雫は語った。
「私の住んでいた世界には…涙がなかった」
そこまで言って、あの朝食に誘われた時のことを雫は考えた。
まだ、あきみたいに声をあげて泣いてない──。
雫にはそれは一生できない様なそんな気すらしていた。それを、晃はあんな風にやってのけてしまった。それは少し悲しく、少し嬉しくもあった。
「生まれてから死ぬまで、きっちりと決められてる。生まれた時に決められた職業をして、決められた人と結婚して、何処に住んで、何人子供を生む…全てが死神任せ。みんなは神様と思ってるけどね。私は死神だと思ってるわ。誰も苦しまないし、誰も飢えることはない。誰かが死んだとしても、悲しいことじゃない。ただ、役目を終えてそこから居なくなったということだけなの…」
晃が頷くと、でもね、と雫は続けた。
「恥をかかない、何も痛くない、何も失わない。その代わりに大切なものがないの。…選択するという力が。そしてそれには、希望と愛がないのよ。…だって、最初から全部死神に決められてるんだもの。どうやって自分を愛せると思う? 自分を愛せないということは、人を愛せないのよ。そんな世界に希望が持てると思う?」
晃は首を横に振って、頷いた。
「確かにそうだ…な」
そして、最後に雫はこう締めくくった。
「だから、私はあきってすごいと思うのよ」
にっこりと雫は笑って見せた。
本当は話す気なんて無かった。でも、知ってもらいたかったの。
貴方がこんなにも素晴らしい存在なんだって──貴方がこんなにも素晴らしく、美しい世界に存在しているんだって──。
ことんと晃はそんな雫の肩に頭をもたせかけた。
「……恥も、外聞も捨てて、しばらくこうしててもいいか…?」
雫は何も言わなかった。胸の鼓動が五月蝿いくらいに騒いでいる。
体も心も火照っていた。
私は、ここにいる。
→15話へ
「本当に光がない──」
行きかう人々は皆同じような喪服の様な黒い服を着て、石造りの街を同じ歩調で歩いている。
それはとても平和で、薄気味悪い。
「死んでる…」
噴水の前に、周りの大人達と同じ様な服を着た幼い女の子が、テディベアを片手に持って、立っていた。
晃は女の子に幼い頃の雫を連想させ、姿勢を低くし、目線を合わせて優しく声を掛けた。
「誰を待ってるのかな?」
女の子は不思議に思ったのか、少し首をかしげた。
「変な格好」
ムッとしたが、相手は子供なので晃は冗談っぽく、笑って返した。
「変で悪かったなっ」
それでも、女の子は無表情で少しも笑わなかった。
「…パパとママを待ってるのよ」
ふっと女の子が思い出した様に言った。
「パパ、ママ…!」
女の子はテディベアのことを忘れた様に振り回しながら、両親の元へ走り出した。
「なんだ、迷子だったんじゃないか…」
よかった…、晃がそう思って何処かに行こうとしたその瞬間、風に乗って耳に届いた一つの言葉が衝撃を届けた。
「あれほど迷子になっちゃダメよって言ったでしょう…! お願いだから、パパやママを困らせないでちょうだい」
──お母さん、待ってたんだよ。
「ママの言うとおりだよ。ここでは何も起こらないことが、当たり前なのだから…。今度からはちゃんと大人と同じ様に、同じ歩幅でついて来るんだよ」
──お父さん、寂しかったんだよ。
周りの目は冷ややかだった。
「はい…パパ、ママ……」
女の子は泣きそうになるのを必死に堪えて、無表情を装っていた。
晃は、思わず泣き叫んだ。
「待ってたんだ! 寂しかったんだ! どうして抱きしめてくれないんだ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
たくさんの黒い瞳が、あの迷子の女の子を見た様に、冷ややかに晃に向かっていた。
バタンッバタンッ
──あきだ。
立て続けにドアを閉める音が響き、晃が部屋に戻ってきた。
「…あき?」
雫は晃に駆け寄り、顔を見あげる。
大声で泣いていた──あの、あきが…。
たとたとたとたと、小さい足音と大きい足音が急いだ様子で晃の部屋に近づく。
がらっと引き戸が開いて、晃の両親が叫んだ。
「晃!」
「晃…」
晃は雫の顔の向こうに二人の顔を見上げた。
「うっ…あ…ごめっ……」
雫は言葉のつかえる晃をゆっくり抱きしめた。
泣かないで、あき──
貴方のせいじゃない…。
抱きしめた瞬間、雫は全てを理解した。
彼は知ってしまったのだと──私の世界を。
「とにかく、無事で良かった…」
「だが…な、もういい大人なんだから…その……」
わかってないな、と雫は晃の両親を哀れに思った。
叩いたり、殴ったり、怒鳴ったりはしないけれど、自分の両親と反応が同じだった。雫の心は痛かった。
子供を理解しようとすれば出来る世界なのに、この人達はしないんだと今まで思っていた。でも、それは違う。世界は違っても、この人達には出来ないんだ。出来ることを知らないから──。
優しいあきのことだから、口では両親を責めても、きっと自分のせいで、両親は愛せないのだと思っていたに違いない。…でも、違う。そうじゃない。
「あき…」
晃は何か悟った様子だった。
「あき…落ち着いた?」
雫はそっと、優しく晃に声をかける。
「ああ…ごめん。みっともなかったよな……」
雫は首を横に振った。
あきのせいじゃない──。
「私には出来ない事だから…」
ぼーっとする晃に、静かに雫は語った。
「私の住んでいた世界には…涙がなかった」
そこまで言って、あの朝食に誘われた時のことを雫は考えた。
まだ、あきみたいに声をあげて泣いてない──。
雫にはそれは一生できない様なそんな気すらしていた。それを、晃はあんな風にやってのけてしまった。それは少し悲しく、少し嬉しくもあった。
「生まれてから死ぬまで、きっちりと決められてる。生まれた時に決められた職業をして、決められた人と結婚して、何処に住んで、何人子供を生む…全てが死神任せ。みんなは神様と思ってるけどね。私は死神だと思ってるわ。誰も苦しまないし、誰も飢えることはない。誰かが死んだとしても、悲しいことじゃない。ただ、役目を終えてそこから居なくなったということだけなの…」
晃が頷くと、でもね、と雫は続けた。
「恥をかかない、何も痛くない、何も失わない。その代わりに大切なものがないの。…選択するという力が。そしてそれには、希望と愛がないのよ。…だって、最初から全部死神に決められてるんだもの。どうやって自分を愛せると思う? 自分を愛せないということは、人を愛せないのよ。そんな世界に希望が持てると思う?」
晃は首を横に振って、頷いた。
「確かにそうだ…な」
そして、最後に雫はこう締めくくった。
「だから、私はあきってすごいと思うのよ」
にっこりと雫は笑って見せた。
本当は話す気なんて無かった。でも、知ってもらいたかったの。
貴方がこんなにも素晴らしい存在なんだって──貴方がこんなにも素晴らしく、美しい世界に存在しているんだって──。
ことんと晃はそんな雫の肩に頭をもたせかけた。
「……恥も、外聞も捨てて、しばらくこうしててもいいか…?」
雫は何も言わなかった。胸の鼓動が五月蝿いくらいに騒いでいる。
体も心も火照っていた。
私は、ここにいる。
→15話へ