室内楽のフェスティバルに参加する最大の目的の一つは、好きなだけ練習ができるということ。ご飯の支度も掃除も買い物も一切の家事を忘れて練習ができる。一年に一度だけの特別な時間です。
さて、その夜も練習室で普段はできないことを色々と試していました。その一つが以前にN氏と弾いたショパンのノクターン13番、Op.48-1をもう一度練習すること。このノクターンは、ノクターン集の中でも規模が大きく、格段に難しい1曲。ほとんどバラードの規模。あの頃に良くこの難しい曲をとりあえずでも弾いたなあと自分でも思いますが、今、もう一度この曲に戻ってみたくなりました。今なら違うものが見えるような気がして。N氏の書き込みがある譜面を開いて弾き始めると、あの頃のレッスンの光景が頭の中によみがえってきました。一つ一つのフレーズをどうやって教わったのか、どういうイメージで弾こうとしていたのか、意外にもそれらは色あせることなく私の中に残っていたようでした。棺をかついで、一歩ずつため息をつきながら進んでいくような出だしから、バッハを思わせる荘厳なコラールを越えて、そして最後のドッピオムーブメントへかかった時... いきなり練習室のドアが開いてM氏が飛び込んできました。
「君がその曲をそうやって弾くなんて知らなかったよ!とても良いよ!」
完全に興奮状態のM氏。頭の中にN氏とのレッスンの時のことを思い出しながら、ほぼ白昼夢のような状態でこの曲の中を漂っていた私は、いきなりのM氏の登場に目を白黒させてしまいました。でも近くの練習室で自分の練習をしていたM氏が練習室の壁越しに聴こえたこのノクターンの出所を探して、私のところへ来てくれたことは嬉しい驚きでした。
別の先生に習ったこの曲を、別の先生と使った譜面をもって、M氏の前で弾いて見せることには抵抗があったので、今までM氏にこの曲の話をしたことがありませんでしたが、こんなに驚いてもらえるならもっと早く弾いて見せればよかった。数少ないレパートリーの一曲なのに。
「この曲をどうしようと思っているの?このフェスティバルの後にもう一度この曲に戻ってみるかい?君の13番聴いてみたいね。」
と異様に熱いM氏。
そしてM氏の熱い思い(夜中だったから?)を感じてしまった私は思わずそれに応えねば!と思ってしまい、
「この曲をもう一回ちゃんと弾いてみたいなあとずっと思っていたのです。とりあえず一度は弾いたことがあるから、音は知っている。9月の最初のレッスン時に、ある程度の形に仕上げて先生に聴かせられるように準備していけると思います。」
と言ってしまった私。。。しまった!でもすでに時遅し!
そうして今、早速暗譜で苦しんでます。ちょっと後悔。でも、この曲の深淵にもう一度触れられる魅力には逆らえません。そして、魅力にはいつも困難が背中合わせ。墓穴を掘ってしまったとも思いますが、良い機会なのでもう一度じっくりショパンと向かい合ってみようと思います。新しい13番に会えるかもしれない。
真夜中のショパン。ノクターンの13番、c-minor。普段は物静かなM氏をあんなに熱くする何かがあるみたいです。何だか危険。。。