superstar. | Welcome to world of mine.

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某ファーストフード店の店員の質が悪過ぎる。
生まれて初めて、クレームの電話を掛けてしまう。
間違いを責めることで快感を覚える趣味はない、ただ理不尽な扱いに耐えきれなかっただけ。



『THIS IS IT』を観に行く。
やっぱりパフォーマンスには魅入ってしまう、しなやかで情熱的でフェミニンでプロフェッショナル、余談はいらない。
マイケルはもう完全にエンターテイメント。
ミッキーマウスのような人だと思った。
きっと私生活まで、完全を望んでしまったのかも知れない。
エンターテイメントを演出するのではなく、自身がエンターテイメントになろうとしてしまったのかも知れない。
映画を観ているとつい錯覚しそうになるけれど、ミッキーマウスとシンデレラ城はドリーム、マイケルとネバーランドは生きたリアルだ。
寿命というものが身の丈に合った必然性でプログラミングされているならば、どうしてマイケルは今死んでしまわなければならなかったんだろう。
意味のある死だったはずだ。
摂理はいつも私たちが思っている以上に合理的だから、生まれる意味があるのなら、命尽きる意味だってあるんだ、考えろ、脳味噌絞れ、考え続けるんだ、何年も何十年だって。
背負うわけじゃないけど、その死の重さに比べれば、私が考え続けることくらい簡単だ。

生き残された私に先人の死に対して出来得る報いとは何だろう。
おこがましいね、でもいつも考える、真ん中と、片隅で。
私が小学生だった頃描いていたマイケルジャクソンのイメージを思い出す。
いつの時代も、情報は真実をねじ曲げ、意識を操作する、残酷で容易すぎるね。
ごめんね、馬鹿だった。
過剰なメディアの反応にはいつも辟易しているよ。
そんな酷薄さに対峙する術は、報道番組を見ないことでもなく、朝の電車でスポーツ紙の一面に舌打ちすることでもない、本質を見抜く目を養うことだ。


彼は誰よりも謙虚で、誰よりも優しい。
loveだ。
「エル、オー、ブイ、イー」その言葉をずっと待ってた、マイケルの声で。
愛は正しさではない、でも愛が言い訳であってはいけないんだ。
あなたは、死んでも死なない。