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國體護持 第六章 第一節 (賭博經濟)-1

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (賭博經濟)-1



 株價(価)亂(乱)高下し、原油が高騰し、生活物資の物が高騰する。この原因について、多くの人々は無關(関)係であり何らの落ち度もない。どうして眞(真)面目に平穩(穏)に暮らしてゐる人々がこのやうな影響を受けるのかについて、爲(為)政者や經濟(経済)人たちは、これが理不盡(尽)なことであるとは感じながらも、誰一人この事態を根本的に改善しようと行動する者は居ない。むしろ、人々はこれに堪え忍ぶことが當(当)然であり、その影響を緩和する對(対)策を講じなければならないと漫然と考へてゐるだけである。無責任な經濟人(賭博經濟のダフ屋と豫(予)想屋)たちは、儲け損なつたことの腹いせもあつて、厚顏にも正義感ぶつて政者らの怠慢を非難するだけであつて、決して社會(会)經濟構造の致命的な缺陷(欠陥)であるとは誰も思はない。このことは、怠慢を非難される政者らについても同樣(様)である。



 そして、このやうな局面にあつても、爲(為)政者や經濟(経済)人たちは、それでも賭博經濟を維持する方向へと進み、汗を流して生活の糧を得るといふ健全な美風を崩壞(壊)させ、濡れ手に粟の賭博に多くの人々を引き込み、「國(国)總(総)博打ち」への道へと誘ふのである。これが世界的な傾向となつてさらに世界を混亂(乱)させてゐる。



 昔、マルクスは、産業革命の進展に伴ふ勞(労)働者の窮乏に胸を痛めて、共産主義を提唱した。その良心的な動機に誤りはない。ただ、その構築した理論に致命的な缺陷(欠陥)があつただけである。ところが、その理論が世界を席卷(巻)し、いまもなほそれによる後遺症が餘(余)りにも甚大であつたことから、人々は世界思想自體(体)の出現を敬遠してゐる。まさに「羮(あつもの・魚・鳥の肉や野菜を入れた熱い吸い物)に懲りて膾(なます)を吹く」が如くである。



 しかし、今こそ、マルクスの時代以上に世界思想が必要な時代ではないのか。一握りの金融・證(証)券の關(関)係者でなされる「賭博經濟(経済)」によつて、實體(実体)經濟に影響を及ぼしてゐる。これは、環境問題以上の問題であるのに、毎日毎日、株價(価)爲(為)替相場などが報道されて、賭博經濟が正しいものであるとの「刷り込み」がなされてゐるために、誰もこの矛盾を意識できないでゐるが、人々が覺(覚)醒して方向貿易理論による政策を實踐(践)して行けば、豫(予)定調和として、この賭博經濟は徐々に終息していくことになるのである。



(賭博經濟)-2 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10286495819.html

國體護持 第六章 第一節 (放射能汚染)-1

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (放射能汚染)-1



 次に、世界の「不安定化要因」の第二に擧(挙)げられるのは、核兵器の使用及び原子力發(発)電所の事故などによる「放射能の汚染」の可能性である。



 核兵器は、地球と世界を破壞(壊)する能力がある殲滅兵器であり、局地的な核戰爭(戦争)であつても地球全體(体)への影響は計り知れない。人はおろか、家畜、食料、水、土壤など生態系全壞滅(滅)的な影響をもたらすのである。また、埋蔵燃料に代はる代替エネルギーとして開發(発)された原子力電(原)は、その事故に對(対)する危險(険)管理における技術的・制度的な限界がある。原の安全性の基準は、基本的には物理化學(学)法則に基づく部品性能と安全裝置の確率計算といふ工理論的なもので設定されてゐるに過ぎず、豫(予)測を超える大地震、火山活動、飛行機の墜落事故、隕石の墜落、内亂(乱)戰爭でのミサイル着彈(弾)や爆撃などによる破・損傷、内やゲリラ活動による破、原管理者の故意又は過失の行爲(為)などの自然的要因や人的要因などは全く測の範圍(囲)外に置かれてゐる。現に、經濟(経済)産業省は、國(国)内においても、イギリスのウィンズケール原事故(昭和三十二年)、アメリカのスリー・マイル島原事故(昭和五十四年)、舊(旧)ソ連のチェルノブイリ原事故(昭和六十一年)などの程度の事故が起こりうる危性があることを認めてをり、危を承知の上で原を開してゐることになる。また、我がにおいても、美濱(浜)號(号)機の蒸氣(気)發生器傳(伝)熱管損傷事故(平成三年)、高速增(増)爐(炉)もんじゅ二次系ナトリウム漏洩事故(平成七年)などや、原事故ではないがJCO臨界事故(平成十一年)などが起こつてゐる。



 原發(発)事故による連鎖的被害は、チェルノブイリ原事故の事例でも明らかであり、長期に亘つて二次被害、三次被害へと次々に被害が擴(拡)大し、原爆・水爆などの核兵器による被害と勝るとも劣らないものであるから、少なくとも全世界の核兵器や大量破壞(壊)兵器の生産と保有が根絶されない限り、全世界の原は一基たりとも認めるべきではない。また、核の平和利用と軍事利用とはプルトニウム・リサイクルといふ、いはば車の兩(両)輪の關(関)係であつて、研究者や支配者に對(対)して、核の平和利用のみに限定させる有效(効)な方法がない。地球の生存を、何時破棄されるか判らない法律や政治哲學(学)、さらには權(権)力と組織に無抵抗な者や識者の脆弱な良心なるものに地球の生命を委ねるわけにはいかない。いかなる理由があつても、地球や廣(広)汎な地域の生態系への危險(険)があるものの所持は、人類と地球の將來(将来)のために絶に禁止するといふ原則を確立すべきである。非核三原則は、我が國(国)だけでなく、世界の原則とすべきである。



 核兵器を廢(廃)絶し、その他の武器輸出と輸入を禁止して、火器、艦船、地雷、戰(戦)車その他一切武器については各國(国)の完全自給體(体)制を世界的に確立し、兵器の世界的企業(死の商人)の活動を終息させなければ、世界の未來(来)はない。武器の完全自給體(体)制を確立することは、經濟(経済)的に非效(効)率であることから、各は、ゆるやかに軍縮へと向かふことになる。



 ところが、連合國(国)は、ヤルタ・ポツダム體(体)制とその軍事面であるNPT制により、核と原子力管理の獨(独)占的地位を確立し、今なほ、核兵器の廢(廃)絶を約束しないまま軍事覇權(権)實(実)現を目ざしてゐるため、世界は一層不安定な状況となつてゐる。從(従)つて、NPT制の存在は、地球の存續(続)と世界平和における最大の不安定化要因である。



 以上からすれば、地球と世界にとつて、基幹物資の缺(欠)乏と放射能汚染といふ二つの不安定化要因の源泉は、ヤルタ・ポツダム體(体)制とその具的制度である國(国)制、GATT(WTO)・IMF制及びNPT制の存續(続)そのものに集約されるのである。



(賭博經濟)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10286495292.html

國體護持 第六章 第一節 (基幹物資の缺乏)-5

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html

(基幹物資の缺乏)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285766200.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (基幹物資の缺乏)-5



 爲(為)替相場の推移をメディアで日常的に報道することは、賭博經濟(経済)を推奬し、世界全體(体)を賭博社會(会)化することになる。賭博場である替相場の存在自が元凶なのであつて、完全フロート(變(変)動相場制)、ペッグ制(固定相場制)、あるいは通貨バスケット制(複數(数)通貨を基準)など、そのいづれが妥當(当)なのかといふ腦(脳)氣(気)な次元の問題ではない。


 尤も、昭和四十六年に、ドルの金交換停止などによつてブレトン・ウッズ體(体)制が崩壞(壊)し(ニクソン・ショック)、固定相場制から變(変)動相場制へ、金融自由化、爲(為)替取引完全自由化(替取引の實(実)需原則を廢(廃)止)、金融商品、金融派生商品の多樣(様)化と擴(拡)大化といふ一連の流れは、通貨それ自を投機對(対)象化して賭博經濟(経済)を一層加速させることになつたのであつて、その博打場では、々な金融商品が取り扱はれ、それ以外にも先物市場といふ博打場まであり、基幹物資までもが大量に先物取引される事態になつた。このやうや賭博經濟に世界全が支配されてゐることから、基幹物資の亂(乱)高下を生じさせ、世界經濟に甚大な影響を與(与)へて不安に陷(陥)れてゐる。


 從(従)つて、これらを容認して包括するGATT(WTO)・IMF體(体)制の存在は、世界的な經濟(経済)格差を助長して固定化し、世界全を不安定化させる最大の要因であることは明らかである。


(放射能汚染)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10286492700.html

國體護持 第六章 第一節 (基幹物資の缺乏)-4

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html

(基幹物資の缺乏)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285766200.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (基幹物資の缺乏)-4



 このやうな状況下で、消費國(国)、生産のいづれかが内亂(乱)戰爭(戦争)卷(巻)き込まれた場合、貿易當(当)國雙(双)方の經濟(経済)に影響を及ぼすのであり、これらの相互依存の經濟體(体)質が家と世界の不安定要因となるのである。この内戰爭の原因は、經濟的要因のみならず、宗教的要因や民族的要因も加味されるので、さらに、その不安定さは大きくなる。從(従)つて、タンカーの仕切り構造や二重船殻構造のやうに、世界と地球全の危險(険)回避のための危分散方法として、自給率の高い家を數(数)多く世界に出現させなければならないのである。しかし、連合は、ヤルタ・ポツダム制とその經濟面であるGATT(WTO)・IMF制により自由貿易の擴(拡)大による世界主義(グローバリズム)といふワン・ワールド化して經濟權(権)實(実)現を目ざしてゐるため、各經濟は他と一蓮托生の状況となつた。



 そして、自由貿易は必然的に貿易收支の不均衡を招來(来)する。各際貿易競爭(争)力に差異があることの歸(帰)結でもある。それがリカードの致命的な理論的缺陷(欠陥)であつた。貿易不均衡を是正しようとする見解は、不可避的に自由貿易を制限し又は否定する保護貿易主義や制限貿易主義ないしは管理貿易主義に依據(拠)するはずであるが、アメリカの對(対)日要求に見られるやうに、自由貿易の徹底が貿易不均衡を是正するとの幻想と自己矛盾の滿(満)ちた連合の主張が世界を席捲してゐるのである。連合のいふ自由貿易とは、「連合の、連合による、連合のための自由貿易」に過ぎないのである。



 また、現在の自由貿易體(体)制は、貿易爲(為)替の自由化を基軸として始まつた。ところが、現状はどうであらうか。貿易決濟(済)は、外國(国)爲替相場市場において外國爲替取引によつて行はれるが、ここで取引されてゐる取引額のうち、「實(実)業」の貿易決の取引額が占める割合は極僅かである。その殆どすべては、「虚業」の賭博取引である。關(関)係者は、これを「投機」と稱(称)して正當(当)化するが、明らかに「際賭博」であり、外國爲替相場市場といふのは、「常設の博打場」のことである。つまり、替取引は、貿易決といふ産業資本主義のためにあるのではなく、いまや專ら博打で利鞘を稼ぐ賭博經(経)濟とそれを支へる金融資本主義に乘(乗)つ取られてゐるのである。


(基幹物資の缺乏)-5 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285786329.html

國體護持 第六章 第一節 (基幹物資の缺乏)-3

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html

(基幹物資の缺乏)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285766200.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (基幹物資の缺乏)-3



 ところが、地球の安定のために「齊(斉)稻(稲)穗の御神敕(神勅)」を奉じて國(国)家と社稷(しゃしょく)との雛形構造を維持することをせず、歐米は、リカードの口車に乘(乗)せられて富の追求のため自由貿易主義へと歩み出した。しかし、我ががこれによつて富實(実)現すると、再び保護貿易主義へと旋回した。そして、歐米は、大東亞(亜)戰爭(戦争)後において、過去になした保護貿易主義から再び自由貿易主義による世界を構築し始めた。初めに重商主義的な保護貿易時代から自由貿易時代、そして、この自由貿易の誤りを認識して保護貿易時代へと戻つたが、そのことが大東亞戰爭の原因となつたことから、再び戰爭にならないために自由貿易時代へと再び戻つたといふことに過ぎない。この自由貿易時代へと戻つたのは、自由貿易主義がリカードの云ふやうなものであると再び信じたのではなく、際政治において、戰爭の危險(険)を回避するための政治的な枠組みを構築するための手段としての制度にすぎず、その自由貿易といふのも、現は、各の事情により關(関)税障壁や特定品目の指定などをせざるをえず、完全な自由貿易といふものはありえない。そもそも、完全な自由貿易を目指すといふならば、貿易には競力の弱いの産業停滯や失業の增(増)加などの問題が發(発)生しうることは不可避であつて、これを貿易摩擦と稱(称)して際政治紛の種にすること自體(体)が矛盾してゐるのである。



 ともあれ、現在は、再び世界は別の意味で危險(険)な状態となつてゐる。我が國(国)は、徹底した際分業と相互依存を求められ、自給率を極度に低下させ、「戰爭(戦争)ができない」になつた。このことは、GHQの目的を達成したことではあつたが、この相互依存が逆にの足を引つ張る事態となつた。それは、世界の南北問題など世界的な階層化と窮乏化による政治不安や經濟(経済)不安が世界を覆ひつくしたためである。



 自由貿易は、必然的に國(国)際的分業化を促進させることになるから、基幹物資の生産分業化を推進することになり、生産と消費との兩(両)極分化が進行する。消費化する家は、當(当)然に自給率を低下させて不安定化する。一方、生産は、自給のための生産物を超える餘(余)剰生産物を輸出することから、その意味では不安定要因はないが、相互依存は促進されるため、その剰生産物を消費に輸出することによつて外貨を獲得し、自に不足するその他の基幹物資については消費化する。その意味では、リカードの比較生産費説(比較優位説)は、相互依存を促進させるための理論であつたといへる。



 そして、その相互依存がさらに促進すると、假(仮)に、基幹物資を全て自國(国)で生産しうる完全自給家であつても、繼續(継続)的に餘(余)剰の基幹物資を他に輸出産品として貿易を營(営)む場合は、これを貿易收支上の財源として交換的に輸入した財貨も二次的な必需品として經濟(経済)に組み込まれることになる。



 なぜならば、人は、初めから耐乏生活をし續(続)けてゐればそれに慣れることができる。しかし、その耐乏生活をけてきた人が一旦贅澤(沢)な生活をし始めると、その生活を快適と感じて、直ぐにその奢侈(しゃし・度を過ぎてぜいたくなこと)な生活に慣れてしまふ。ところが、再びその奢侈生活から急に耐乏生活を強いられると、さう簡單(単)に直ぐに慣れるものではない。つまり、奢侈生活をけると、それに馴致し、それが當(当)たり前の生活になるのである。過剰消費が過剰消費でなくなる。繼(継)續的に過剰消費生活がけば、奢侈品が必需品となる。そして、それが基幹物資化してゐくといふことである。これを家計支出の觀點(観点)から云へば、食料や光熱水費などの「必需的支出」と、教養娯樂(楽)、外食などの選擇(択)的サービスと家電製品、乘(乗)用車、衣料品などの選的商品などの「選的支出」との區(区)別は、生活の多樣(様)化、高級化、奢侈化の流れによつて、その別が消失していくことでもある。生産と消費が擴(拡)大するといふことは、「奢侈の必需化」を生むことである。



※大東亞戰爭=太平洋戦争

(基幹物資の缺乏)-4 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285784870.html

國體護持 第六章 第一節 (基幹物資の缺乏)-2

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html

(基幹物資の缺乏)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285766200.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (基幹物資の缺乏)-2



 この占有率は、國(国)數(数)、人口、領土の面積などの個々の要素も考慮して考へなくてはならないが、いづれにせよ、これからの關(関)係は、全世界が協力して、各の自給率を高め、安定家の占有率を大きくする方向こそが世界の平和と安定をもたらすことを自覺(覚)し、その方向へ向かふことが際社會(会)において規範化することが必要となる。



 この方向は、これまで世界が歩み續(続)けてきた自由貿易による基幹物資の國(国)際共存關(関)係を構築することと對(対)極の方向となる。マルクスに決定的な影響を與(与)へたリカードは、この自由貿易政策を理論的に基礎付けたとされるが、それは「利益」、つまり經濟(経済)的利潤の獲得において自由貿易がそれを實(実)現するといふものであつて、それ以上の理論でもそれ以下の理論でもない。アダム・スミスと同じく、これまでの重商主義的な保護貿易政策を批判して、自由貿易政策を唱へた。つまり、自由貿易によつて、各が輸出象となる商品の生産費が他のそれと比較して有利(優位)となる商品をそれぞれ集中的に生産して相互に輸出して貿易することにより、際分業を促進させ、これによつて相互に利益をもたらすとする比較生産費説(比較優位説)を根據(拠)として主張したものである。



 しかし、この理論は誤つてゐた。それは、我が國(国)が幕末に開して、明治期に臺(台)頭した内産業資本の要請によつて、この比較優位説により自由貿易を展開した結果、際競爭(争)が激化し、リカードの云ふやうな際分業による相互利益の確保は實(実)現はせず、歐米は自由貿易では「利益」をもたらさないと認識し、再び保護貿易主義に戻つた。アメリカでは昭和五年の『ホーリー・スムート法』による保護貿易化であり、イギリス連邦諸では昭和七年の『オタワ會(会)議』による經濟(経済)ブロック化である。これが世界恐慌などの引き金となり、歐米依存經濟であつた我がは、大きな經濟的打撃を受け、これらの「地域主義(Regionalism)」による經濟ブロック化による經濟破綻を回避するために、獨(独)自の地域主義である大東亞(亜)榮(栄)圈(圏)の建設を推進しようとして大東亞戰爭(戦争)に突入したことは、これまで述べてきたとほりである。



 そもそも、重商主義といふのは、皇紀二十三世紀から二十四世紀(西紀十六世紀末から十八世紀)にかけて西ヨーロッパ諸國(国)において支配的であつた經濟(経済)思想とそれに基づく政策のことであり、自の輸出産業を保護育成し、貿易差額によつて資本を蓄積して富を增(増)大させようとするものであつた。



 これに對(対)するものとしての重農主義といふのは、ローマ帝國(国)の衰亡が農業生産力の低下にあるとの教訓から、皇紀二十五世紀(西紀十八世紀後半)に、フランスのケネーなどによつて主張された經濟(経済)思想とそれに基づく政策のことである。富の唯一の源泉は農業であるとの立場から、農業生産を重視する。そして、重商主義を批判し、レッセフェール(自由放任)を主張したのである。この考へ方はアダム・スミスの思想に大きな影響を與(与)へた。



 また、これに類似するものとして、農本主義がある。これは、西洋の重農主義とは全く無關(関)係に古代支那では、生活必需品である食料を生み出す農業「本」として、その生産手段としての土地を重視し、それから派生して奢侈(しゃし・度を過ぎてぜいたくなこと)品を製造販賣(売)する商工業を「末」とするものである。つまり、古代支那における「社稷(しゃしょく)」の言葉は、建國(国)に際して土地の神(神)(社)と五穀の(稷)の二を祭ることに由來(来)するものであり、これを特に積極的に受け入れたのが儒家(儒教)であつた。そして、これが政治思想の中核となつて、江戸時代の我がでも受け入れられた。これは、儒家のみならず、國學(学)においては、『古事記』にある天照大の「齊(斉)稻(稲)穗の御神敕(勅)」(資料二3)からして當(当)然のことであつた。




【資料番号 二】
 3 斎庭稲穂の御神勅
(日本書紀巻第二神代下第九段一書第二)
又勅曰、以吾高天原所御斎庭之穂、亦当御於吾児。(またみことのりしてのたまはく、わがたかまのはらにきこしめすゆにはのいなのほをもちて、またわがみこにまかせまつるべし。)

(基幹物資の缺乏)-3 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285779192.html

國體護持 第六章 第一節 (基幹物資の缺乏)-1

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (基幹物資の缺乏)-1



 以上の檢(検)討によれば、生産至上主義は、人類が地球上に生存するにおいて、自らの首を絞める思想であつて、いづれの修正主義もこの本質的矛盾を克服することはできない。ベルリンの壁の崩壞(壊)に象徴される世界の變(変)化は、資本主義が共産主義に勝利したのではなく、生産至上主義計畫(画)經濟(経済)を全體(体)主義的に展開する歴史的實(実)驗が失敗したに過ぎない。資本主義といふ生産至上主義の將來(将来)に展望が開けたのでは決してない。あたかも、同じ親から生まれた兄弟において、弟を亡くして狼狽へる兄の姿にも似てゐる。



 そこで、新たな人類と地球の安定と共生のための理念を創造するについて、先づ、國(国)家、世界、地球を政治的、經濟(経済)的に不安定化する要因が何であるのか、といふ本質について、その分析と認識から始めなければならない。



 思ふに、まづ、世界の「不安定化要因」の第一に擧(挙)げられるのは、食料不足に代表される「必需物資の缺(欠)乏」である。生活必需品及びそれを生産、保存、流通させるため必要な水・食料・資源・エネルギーなど「基幹物資」が確保ができないといふ危機が最大のものである。このやうな危機は、戰爭(戦争)や内亂(乱)などの人爲(為)的なものや、異常氣(気)象や災害などの自然的な原因による凶作などもあるが、それは一次的な原因であつて、凶作などによる飢餓と貧困は、究極的には政治的要因と云へる。



 前述したとほり、アマーティア・センによれば、「貧困とは自由の缺(欠)如である」とされ、全ての飢餓や貧困は、たとへ自然災害を契機とする場合であつても、終局的には不平等と自由の如といふ政治的要因に全て起因するとされた。それゆゑ、たとへば、北朝鮮における人民の飢餓と貧困は、「暴政」といふ典型的な政治的要因によるものであつて、それを解決するには政權(権)打倒しか解決策はなく、經濟(経済)援助で解決のできる問題ではないのである。



 ともあれ、このやうな飢餓と貧困をもたらす政治的要因の根底には、水・食料・資源・エネルギーなどの「基幹物資」を他國(国)に依存するといふ基本的な策が構造的に存在してゐると思はれるのである。基幹物資の安定供給は、家の獨(独)立を經濟(経済)的側面から支へる重要な要素である。家の立とは、基本的には政治的立であるが、經濟的に他從屬(従属)することは、結果的に政治的立を失ふ。それゆゑ、基幹物資を完全に自給してゐる家こそが、眞(真)家であり、他にそれを依存しない點(点)において「安定家」と云へる。なぜならば、逆に、家が、すべての基幹物資を他に依存してゐる場合(自給率が零)、他の政治状況、經濟状況、食料生産状況などが變(変)化すれば、それによつて輸入ができなくなり、民生活や經濟などに重大な影響を及ぼして、家の存立が危うくなり不安定化する。ましてや、その基幹物資を輸入する相手と紛爭(争)状態になることは、家の滅亡を招くことになる。大東亞(亜)戰(戦)爭は、さういふ意味でエネルギー戰爭であつた。それゆゑ、基幹物資の依存率が高ければ高いほと(自給率が低ければ低いほど)その家は不安定であり、逆に、その依存率が低ければ低いほど(自給率が高ければ高いほど)その家の安定度は增(増)すといふことになるからである。それゆゑ、基幹物資の自給率は、そのまま家の安定度指數(数)といふことになる。



 さうすると、世界は、そのやうな安定度指數(数)(自給率)の高い國(国)家が多ければ多いほど世界全體(体)の安定度指增(増)すといふことになるのは當(当)然のことである。いはば、世界に占める安定家の「占有率」が世界全の安定度指といふことになる。


※大東亞戰爭=太平洋戦争



(基幹物資の缺乏)-2 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285767389.html

サラダミックス

インフルエンザ騒動でお休みだったとき(5月後半)、主人の実家でプランター&土をもらって植えたサラダミックス。

車に乗らないので、実家の大きい車を借りられるときに持って帰ろうと思っていました。

うちは日当たりも悪いし、お姑さんが、「ある程度大きくなるまで育ててあげるわ~」と言ってくださったこともあり、週末に水遣りをするぐらいで、後はお姑さんに任せていました。


行くたびに芽が出たり、大きくなってきたなぁ~とか思ってたんですが、とうとう鳥ちゃんに発見されたようで全滅しちゃいましたしょぼん

鳥ちゃんは隣にあったひまわりや、ゴーやには興味をしめさなかったので、無農薬・無肥料野菜のおいしさはわかっちゃったみたいです。

せっかく種をいただいたのに、++アイサイさんごめんなさいm(_ _ )m


これぐらいの失敗ではらすかる☆はめげませんニコニコ

今度はくるぱさん見習って、鳥ちゃん対策も考えてから植えますね~



P.S.

國體護持 第六章 第一節 (生産至上主義の修正と破綻)も更新しました。

http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285251493.html

國體護持 第六章 第一節 (生産至上主義の修正と破綻)-2

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html

(生産至上主義の修正と破綻)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285251493.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (生産至上主義の修正と破綻)-2



 次に、生産至上主義の修正主義の第二として擧(挙)げられるのは、金日成の「自力更生論」と、これを人間中心主義の哲學(学)的原理までに發(発)展させたとする「主體(体)思想(チュチェササン)」である。


 ところが、現在、朝鮮民主主義人民共和國(国)(北朝鮮)が、人間中心主義ではなく、個人崇拜(拝)と絶對(対)者中心主義によつて、人民に暴力と飢餓を與(与)へる彈壓(弾圧)が繰り返され、日本人を含む多數(数)の他國(国)人を拉致するなど、邪悪な獨(独)體(体)制による犯罪家であることからすると、この理論には致命的な缺陷(欠陥)があつたことを推認して餘(余)りあることになる。


 しかし、北朝鮮の政治形態の評價(価)と主體(体)思想自の評とは、一應(応)これらを切り離して檢(検)討するとすれば、北朝鮮の政治形態と主思想との歪みは、ヤルタ・ポツダム制に對(対)抗する第三世界の實(実)情と分斷(断)國(国)家の民の悲劇を象徴してゐるものと思はれる。


 この「自力更生論」とは、當(当)時、中ソ論爭(争)の狹間に立つた第三世界建設の獨(独)自の理念として、社會(会)主義國(国)際分業内にあつて、可能な限り自力で重工業などの基幹産業について民族的な自立經濟(経済)を創造するとの思想であり、また、「主體(体)思想」とは、「人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定する。」との基本認識に立ち、マルクス・レーニン主義の物質偏重思考に對(対)して、人間の主性を絶的決定要因とする思想であるとされた。つまり、理念としての「自力更生論」と「主思想」は、物質偏重思考から脱皮し、民族自決と自給自足經濟の確立に向けた過渡的な試みである點(点)において評價(価)しうるからである。


 ところが、自力更生論といふのも掛け声だけの無内容なものであり、共産圈(圏)内での分業體(体)制を自國(国)に有利に構築したいとする願望に過ぎず、自給自足經濟(経済)への道にはほど遠いものがあつた。また、主思想といふ人間中心主義は、進歩・發(発)展とは人間と自然との對(対)決において人間が勝利を收めることであつて、これは、單(単)線的進歩展史觀(観)に毒された生産至上主義の眞(真)髄に他ならないのである。


 しかも、生産、流通、消費といふ一方通行だけで、再生の觀點(観点)缺(欠)落してゐるのは、やはり、人間中心主義であるためであつて、必然的に地球的限界に直面することになる。


 それゆゑ、これらの思想は、共産圈(圏)屬(属)しながら第三世界の建設といふ政治的空想を抱き、しかも、自給自足經濟(経済)の確立のための手段と方法が何一つ提示できない空理空論であつたため、生産至上主義の矛盾を克服するどころか、それに浸りきつたものであつて、大言壮語の掛け声だけに終はつた。そして、そのことは、北朝鮮の現在の政治状況が如實(実)に示してをり、中共を含めその他の第三世界においても、「開發(発)獨(独)裁」といふ全體(体)主義的な生産至上主義を指向してゐることと無縁ではないのである。


(基幹物資の缺乏)-1 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285766200.html

國體護持 第六章 第一節 (生産至上主義の修正と破綻)-1

はじめに・らすかる☆より  http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277101543.html

目次・例言 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10277160853.html



第六章 萬葉一統

 第一節 世界的危機の諸相
  (生産至上主義の修正と破綻)-1



 これらの生産至上主義の矛盾を克服しようとして、過去に幾つかの修正が試みられた。



 その第一の修正主義は、「福祉主義」である。これは、生産至上主義の歪みである貧富の差の擴(拡)大を政府が是正しようとして、補助金支出や福祉豫(予)算支出などを試みて、富の再配分を圖(図)らうとすることである。しかし、生産至上主義の最大の恩惠を受けてゐる事業者がその財源を負擔(担)するのではない。支出財源は税收入であつて、あくまでも間接的な再配分である。しかし、税制の歪みから事業者には負が薄く、國(国)民からの均等調達によつてゐる。これは、税制と税率の樣(様)相によつては、富裕層から貧困層への間接的配分となる場合もあるが、中間層から貧困層への再配分になつたり、極端な場合は、貧困層間の再配分となつてしまふこともある。



 また、福祉主義では、産業活動に伴ふ事故や災害などの被害についても、各産業部門の受益者負擔(担)の原則は貫かれてゐない。これは、政官財(業)の構造的癒着によるものであつて、福祉主義とは、生産至上主義の矛盾を隱蔽して、生産至上主義による政策をさらに推進しようとする理念にすぎない。また、福祉豫(予)算の增(増)大が行はれても、その大部分の大半は、福祉の分業化による經(経)費の大に吸收されて、直ちに福祉の充實(実)には結びつかない。即ち、社會(会)的弱者を援助・介護する人員や施設が專門化して複雜となり、それらを維持管理する固定費が大するに過ぎず、質的な福祉の進とはならないことが多い。さらに、補助金行政の弊害も深刻である。これも社的弱者救の名目でなされてゐるのであるが、補助金に依存した弱者體(体)質をさらに促進するに過ぎず、結果的には、補助金支給がなければ生存すら危ぶまれる社的弱者の擴(拡)大再生産をしてゐるに過ぎない。



 これが、國(国)内に留まらず、際化した現象がODAであつて、社會(会)的弱者の自立更生の道を閉ざし、支配者に生殺與(与)奪の權(権)利を完全に付する構造體(体)質を完成させる。これは、現代的奴隷制社の到來(来)である。



 このやうな福祉主義政策の矛盾は、先づ、初期の局地的な「産業公害問題」や「環境問題」の發(発)生となつて現れた。産業公害問題や環境問題は、生産至上主義の矛盾であり、その根本解決は、少なくとも生産至上主義を換骨奪胎しなければならなかつた。ところが、その公害を直接に生させてゐる企業と、その企業の監督を怠つた政府の責任であるとの「企業責任論」や「政府責任論」で片付けられた。さらに、この企業責任論は、訴訟的結果責任論であり、將來(将来)發生しうる企業責任を自覺(覚)させる意味を含んでゐないため、この將來の責任の引き受けを求める「企業の社會(会)的責任論」へと展開されていつた。ここでは、企業と政府が惡(悪)國(国)民が善といふ善玉・玉論の認識であり、生産至上主義の終局的恩惠を享受してゐる社そのものの責任といふ觀點(観点)が全く缺(欠)落してゐた。



 このやうな情況の下で、産業公害はさらに進んで、現在の地球規模に至る環境問題が發(発)生したため、今度は、善玉・惡(悪)玉論では説明が付かなくなつてしまつた。そこで、企業の社會(会)的責任論をさらに敷衍し、經濟(経済)成長と環境保護とを調和させるために、生産至上主義による經濟發展を抑制しようとする「減速經濟主義」が登場したのである。そのスローガンは、「地球にやさしい」である。しかし、今、地球が病んでゐるのに、「地球にやさしい」といふのは矛盾である。病人もやさしく手心を加へて慢性的に痛め續(続)けるといふ、殘(残)酷で陰濕(湿)な「イジメ」に似たものであつて、決して病氣(気)を治療するためではない。これは問題を解消しつつ産業を展させるのではなく、問題の生速度を緩めつつ展を考へるにすぎない。地球環境の改善は、一個人や一企業の自覺(覚)と努力も必要ではあるが、そんなものだけでは根本的な解決はされない。これまでの管理會(会)計的な側面に、環境計的な手法として、マテリアルフローコスト計(MFCA)などの小手先だけの技法が編み出されてゐるが、社構造自體(体)變(変)革することの自と努力がなければ環境問題の解決は不可能である。社構造に手を付けずに、大量生産、大量消費の社構造に身を置いたまま、趣味的な自と努力で一人一人が節約をけるといふ考へ方は、新たな福祉主義として位置づけられるが、いづれも理念と現實(実)において破綻してゐるのである。



 ところで、共産主義は破綻したが、先に述べたとほり、企業と政府が惡(悪)國(国)民が善といふ善玉・玉論は、共産主義者の持つ企業に對(対)する憎を共有してをり、その背後にある生産至上主義の矛盾に氣(気)づかない愚かさゆゑに、共産主義者の殘黨(残党)にとつては「渡るに船」の思想となつてゐる。


(生産至上主義の修正と破綻)-2 http://ameblo.jp/rascal-amb/entry-10285252921.html