自立って何?

って、しなやか自分軸オンラインサロンの
月一実践会で話し合うために 
いろいろ考えていました。


自分の中で出てきたのは、


自分で自分の機嫌が取れること。


それは、
いつもいい気分でいることだけじゃなく、


喜怒哀楽も感じ切って、
悪戦苦闘も狂喜乱舞もする、

子供達の日常のようなのも含みます。


どっちも、
自分の感じていることを誤魔化さず、
人の顔色みたり、人のせいにしない


が共通かな〜。

 
自分が何を感じているか隠蔽する日常
を送っていると、
必ず毛穴からイライラが蒸気のように
しみ出すと思う。


そういうの、
子供達はすぐにキャッチする(笑)
 

子供の八つ当たりやスネなら、
まだ可愛いけど、


「自分のは八つ当たりじゃない」って
言い張る大人が
一番タチが悪いと思う。


べき、とか、正しい正しくない、とか、
口走りながら人を裁くたびに、
無意識に自分を裁いて、
その痛みを外に吐き出したり、
自分より弱い人にしわ寄せしていても
気づかない。


そういうのが、


自立していない状態、なんちゃうかな。
ちなみに正に過去の自分のことですが(・・;)


正に自分で自分がどっしり立てない理由
を作っておきながら、
必ずそこに人を巻き込んで、
立てない自分を隠そうとすること。


逆に言えば、自立しているってのは、


土の上に両足でがっつり裸足で立って、
いつでも、自分を感じて、
あたふたしたり、ドタバタしても
そのたびに怖くても、
焦って後手後手になっても、
どんなにみっともなくても、
とにかく自分の足元を見にいく。
そして、それに基づいて動こうとする状態
かな。


どんなにピンチでも、
自分を明確にして発信出来れば、
だれかが、適切な助力をくれる可能性は
高まるし。


人は人を助けたいものだと思うけど、
毛穴から臭いものが出ている人には
手を出しにくいものでもあるし。
噛みつきそうだもん(笑)
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そもそも


人に頼らずに生きてる人
なんているのかな?


サービスを売る人も
買う人と繋がらないとダメだし、


教師は自分の知っていることを
知らない人に提供しなければ
存在価値がないし、


ある切り口で切り取った時に 
そこに落差があるから、
物事は流れる、だけ。


たけど、本当はいたるところに流れはあって
ひとりひとり違う存在だからこそ
膨大な網の目には
いつも見えないエネルギーが流れている。



そんな全ての流れを
意識的に捕まえることなんて出来ない。


誰かの頭の中には、 
誰かの切り口しか存在しないし、
その切り口以外のエネルギーの流れは
そもそも観念できないだろうから。



だけど、ともかく、


環境にも自分の特性にも
思い切り左右されながら、
網目のように人はつながりあって
生きているってことを自覚するのも
自立しているってやつに入るかも知れない。


なんか、ちょっと収拾がつかなくなってきた
のでこの辺で(笑)