川西未来子さんの、
軸対話メイキングセミナーでした。


軸対話の仕組み、
軸対話とはどういうものなのか、
本質に迫るお話の数々。


とりわけ、
何故、反応を止めないで、しかも
反応の中でも1番忌み嫌われる『イヤ』を
見つめるのか、が印象的でした。
 

巷では、
感情をコントロールしよう
感情に振り回されない自分になろう
というテーマの本が
山ほど売られているのに(^_^;)


私も、昔は、何ごとにも動じない
冷静な判断力を備えた、立派な大人を
目指していました。
なれないくせに、
なれない自分をチクチクしていただけですが、、、


その手の本をいろいろと
読んだ記憶もあります。


ていうか、本屋に行くと、
そういう本ばかりだったし(-。-;


講座内で、

人はなぜ
感情に振り回されない、とか、
感情をコントロールする、とか
怒りをコントロールする、とか
を目指すのか、

という問いがありました。


講座中、そして、
終わってからも考えていたんですが、


例えば、人と話す時に、
カッとなってしまったとする。


ケンカになる。
あるいは、相手が黙る。
あるいは、人がよりつかなくなる。
先に進めない。
人間関係がうまくいかなくなる。


たしかに困ります。


そのほかにも、まだあるような気がしました。


カッとなって、
自分をコントロールできない事実、
自分を見失うってことも、イヤなんです。


自分のことすら、自分で制御できない自分。


泣くな、みっともないぞ!
感情を殺して前へ進め!
と教育されてきたなら、なおさら。


感情を殺すことが生き抜く手段だ
と思って生きざるを得なかった家庭環境や
時代もある。


ネガティブな感情ほど、そうだと思います。


そんな大層なこと言わなくても、


泣き続ける子どもを見る目が
苦々しい大人は沢山います。


感情は排泄物のような、
タブーのような
扱いを受けているような気がします。


成熟した大人の間では、
なきものとして、ササっとかくすべきもの。


ハシタナイから、
もしくは、見ている方が不安になるから、
制御できない子どもを
育てたと思われたくないから、
制御できないことは隠蔽すべきだ、、、
ほぼ思考停止的。


リーダーや経営者なら、我を失う姿を
部下や取引先の前で晒すのは致命的です。
 

親も含めて、
怒ったことを正当化する方便が
数限りなく語られるのは、
無意識のうちに、それを覆い隠すため、
のような気もします。


もう一度、
感情は排泄物なのでしょうか?


入力があって、自分に影響して、
感情をいだく。

全部まるごとで、生きていること。


まあ、そもそも排泄物を忌み嫌うことも、
医学的にはおかしいでしょうし。


子どもだって、う◯こしないと
大変なことになるって知ってます(笑)


頑張って反応を止めれば止めるほど
変調をきたす。


逆に、
徹底的に自分の反応を観察することは、
自分を知ることになる。


コントロール出来ないから、
操作出来ないからこそ、
逆にいいのだとも言える。
理屈で意味付けようがないから。


ただ観察されないように、
厳重に守られていることが
きっと多いのです。


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