館山

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そうだ、館山に行こう。

 

 館山に表敬訪問をするFAXが流れてきた。長年、会の会長を務め、会を引っ張ってくださった方が脳梗塞を発症し、施設に入所されている。2年前にも行かれたようだが、今回仕事のことで教えてもらいたいことがあり、参加することにした。

 

 1日前から東京に行き、元相生(サービス付き高齢者向け住宅)の住民で今は息子さんの近くに引っ越しされたAさんご夫婦を訪問。夜は元職員のBさんと会うことにした。ぎりぎりまでどうしようかと迷ったので二人に連絡をしたのは行く、1週間前になってしまった。電話を切った直後から「楽しみにしている」とショートメールが入ってきた。

 

 新幹線に乗り、今回話を聞きたかった人にラインを送ると「私は昨日東京から帰り、今日は1日仕事。明日4時には東京に行きます。」と返信があった。旬の女優並みの仕事ぶりに驚く。それにしても私は京都でノウリアクションの毎日である。

 


 久しぶりのAさん夫妻はお元気そうだった。「ゆりのき台」というところに住んでいながら6月に咲くゆりの木の花の前に剪定されるので、いまだにゆりの木の花を見たことはないという。夫婦二人でいる間はここに住み、一人になるともう少し小さいところに越すだろうと、言われていた。「同居」は考えられないのだろう。私も親との同居、子との同居は考えられない。

Aさんの靴。小規模多機能の職員が作ったブローチを付けて。 

 

 夜はBさんと待ち合わせ。ベルギー料理を堪能した。ビールもおいしかった。Bさんは会社で使っていたソフト会社から来てくれた男の子と「食事に行っておいで」と、すすめたのがきっかけで結婚し、今は東京に住んでいる。主任ケアマネとして頑張っているが、どうも私の影響らしく(本人が言っているので)納得がいかないことは「納得いかない」とはっきり包括や区に伝え、らちがあかないと嘆き、博士課程に進もうかともくろんでいる。「介護」が好きなわけではない、大学院生の時にウチに聞き取りに来、男性ヘルパーの修士論文を書き上げた。

 

 ○○先生の考え方は~で、△△先生の考え方は~なので、私はこの先生の考え方の方が日本の制度にあっていると思う、と。学術的な論点で熱く語ってくれる。□□先生はご存知ですか?◇◇先生はご存知ですか?講義はどうでしたか?・・・・・・うぅ~ん。昨日食べた食事も思い出せへんねんけれども・・・。ずいぶんの昔の引き出しをこじ開けて話をする。知らない先生は、「知らない」のだ。

 

 身近な話になると、主任ケアマネや特定事業所加算をとっている事業所の悲惨な実態を語ってくれる。一人ケアマネで包括からの仕事をし、過労で倒れた人。特定事業所加算をとっているがゆえに包括や区からの依頼を受け、その仕事に多くの時間を割き、利用者のことがおろそかになり300万円を返還した事業所。包括や区からの依頼の仕事で残業をし、休日出勤を余儀なくされていること。そのお金は誰が支払うのか。事業所である。一人が35件のケース(利用者)持っており、一人につき、9万円の加算が事業所に入る。ケアマネが3人とすると27万円が事業所に入る。給料、残業代、コピー代を含め利益が出るのだろうか。8ケースほどしかもっていない私がつべこべ言うべきではないが、わたしなら「やりがい」より「疑問」「バーンアウト」という文字が先に浮かぶ。包括の人は後輩(Bさんたち)に「私たちがこれだけ実績を積んできたんだから、あなたたちもがんばって続いてきてね。」というような状況なんだそうだ。本来区がするべき仕事を・・・・・・。彼女は常に疑問を持ち、反発している。「特定事業所加算」を盾に取った、区の陰謀としか思えない、と。そう、思っている人は少なくない、と。そんな、ケアマネという仕事ならいらないし、興味もない、と。限度額の中で包括や区がコーディネイトすればいいんだ。ケアマネージャーという職業をなくし、その人たちが「介護」の世界に入れば質の向上につながるだろうなぁと二人でつぶやく。ただ、更新研修や主任ケアマネの講習を受けて思ったことは自分のことをたなにあげて、年配の人が多いのだ。70代、80代かと思われる人もいた。そんな人こそ、ボランティアで包括の仕事を助けてあげればいいのだ。ボランティアなら実施指導でびくびくしなくともよい。

 

 書きながらこの国の介護はどうなっていくのだろうかと思う。介護報酬が下がり、介護を必要とする人が増え、お金を支払えない人も増え、子世帯は夫婦で働く。それを国や自治体は誰か気のいい隣人が無料でやってくれないかと期待するのか。

 

 互いに夜はぐっすり眠り、朝もなお論議が続く。ホテルお勧めのフレンチトーストをプラス1000円でチョイスする(支払いはすべてBさんだ。ホテル以外の支払いはすべて私だ)。ビュッフェにはない静かな空間で食事を楽しむ。私たち以外には個室でビジネス会議をしている数人の出入りがあるだけだ(8時から、ようがんばらはる)。いつも二人で行く店が11時開店なので10時45分までいろんな話をする。深刻で面白い話だが載せられない。

 

 夕方4時に集合場所までBさんに案内してもらい、表敬訪問メンバーの一部と合流する。あとのメンバーは直接館山だ。総勢20名くらいのメンバーが集まるようだ。19時夕食、21時希望者だけカラオケ。翌日は館山観光。午後2時に表敬訪問だ。18:30頃東京駅に行き、そこで解散だ。

 

一晩漬け込んだフレンチトースト。家で、ヤマザキパンで早速してみた。

 
 館山に行くバスの中で隣に座った先輩に最近買った高いものはなんですかぁと、聞いた。大先輩は私の耳元で小声で言う「140万の帯」聞けば国宝の方の帯だ。名前は覚えていない。「あっ、そうや。その前に180万の帯を買うたわ。」見たことありませんけれども、その帯。いつ着けてらっしゃるのでしょうか。「えぇ、お嫁さん、帯に興味ないでしょ。どうぞ、どうぞ、たとう紙の中に『ラポールの米田に上げて』と、書いてよーぉ」と、2回言ってしまった。うっとり眺めるわー。今回いろいろ話を聞きたかった先輩にも聞いた「株やな、500万。」しぇー!前に人にも聞いた。聞いた時は知らなかったが、今回表敬訪問する人の娘さんだった。「4万のバッグ。」「えっ?40万のバッグ」と聞き返す酔っ払い。「はな、あんたは何買ってん。」と聞かれ、「伊勢丹でネックレス。2本、値切った。」と、答える。金額を言ったかどうかは忘れたが「伊勢丹でねぎってん。」に食いつかれた。一般の販売ではなく、ラウンジ横での販売だった。消費税込みでなんぼにしたらよかったと、いまだに後悔している。などと、へらへら言ったような気がする。カラオケはパスして酔っ払いを部屋まで送り届けてもらった。入浴するとしゃきっとし、31年2月の研修のテキストに目を通す。朝食を部屋で摂り、テキストの最後まで目を通せた。
 
 「まさか」という坂が本当にあったのだ。まさかロープウェイで上がり、山を登るなんて、聞いていないが。Aさんに「山に登るの?」と聞かれ、「まさか」と言っていたのに。アップダウンの道のりをすすむと、やがて50m先が霧で見えなくなった。ロープウェイのところまで戻る体力がほとんどの人になく、バスに迎えに来てもらう。バスに乗ったとたんに雨。のち、晴れ。
 
 
 表敬訪問は施設の食堂を借り切り、参加した一人一人が挨拶した。私のような下っ端にも挨拶の時間が与えられた。会を引っ張るということは自分の仕事をしながらの余力でするので大変なことだ。昔話でいろいろ話が弾んでいた。その老健は道を挟んで目の前が海。しゃれた洋館だ。夕日がきれいだろうなぁ、と思いながら帰路についた。