2018,7,23

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老いていく母、哀しい。

 

背中が丸くなっていくから?

(あんなに「背筋を伸ばして!」と注意していたのに。)

認知症がすすんできたから?

(平成30年7月15日には、コーヒーの中に醤油を入れようとした。職員が気を効かせてミルクを入れましょうかと声をかけてくれたが、「いいや。私はコーヒー、飲めんねん。いつも醤油を入れて飲んでいる。」と言い放ったそうだ。もちろん、周りはどん引き。夕方になると、私を探す。「おかあちゃんに、今日はここで泊まる、言うといてくれへんか。」【受容】だ。「はい。」と返事をすると安心してお友達の所へ行く。だが、いけずな私が言う。「ひでさん、いくつや?83やで。ほな、おきくさんは(ひでの母親)、いくつえ?」「・・・・・・いやぁ、わたし、葬式行ったかいなぁ。」 「私はひでの何や?」「妹や。」「違うな。ひでの娘や。」「へっ!」いつもの会話。ハトが鉄砲玉食らったような表情でしばらく考えている。「そうかいなぁ。」や「なに言うとん。あんた、妹やんか。」とか「うっそぅ!」返しはたいていこの3パターン。病気の母には受け入れられないのだ。ホンマ、私はいけずや。)

 

時折、良き相談相手の母に戻る。きっぱりと力強く、はげましてくれる。「がんばろな、ようぉ考えて。うまいこといくようにな。」哀しい。私はこの母と話がしたいのだと思う。

 


(一人っ子で、母の愛を一身に受けて育った。今は、空気を読めない母を諭すと「こいつはわたしの顔を見たら、目くじら立てて怒る。」と、般若の形相で言われる。苦情処理台帳には載せないが、子だからこそ言えること。子なればこそ言うのだが、母は不快に思っている。そして、たいてい「もうこんなとこにはおらへん。」「辞めた。」「帰る。」と言い放ち荷物をまとめる。

 


母がまだ自分の足で立ち、時折失敗はするがトイレに行っているので私もいけずになるのだろう。その元気さえもなくなればはじめて「受容」という過程を受け入れられるのだと思う。

 

妹でいい。おばあちゃんは(おきくさん)家で夕飯の支度をしてひでの帰りを待っている。母の一番幸せな時代だったのだろうか。