平成30年7月6日 金曜日

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 仕事から帰り、19時ごろにひつまぶしを食べていた。うなぎをさらえながら、のんびりと「あした、電車がとまるかもしれへんなぁ。」と、つれあいが言う。「ほな、今日から関空のホテルに泊まっとこか。」サラダもひつまぶしも食べ終わったころ「8時31分の電車に乗れたらええなぁ。」と、ちゃっちゃとホテルの予約と電車の時間を調べてくれていた。そこから、ドタバタ劇。おおかたの準備はできていたが、結局洗顔ソープと、クリアファイルとB5サイズのノートと街ブラ用のバッグ、帽子を忘れた。レインコートは二つ。靴も一足余分、服も選定できずに4セット余分に入っていた。まっ、いいか。
 案の定、JRも京阪も朝から止まっており、バスと車のみが関空へ来る手段だったようだ。が、大雨もなんのその、関空は大勢の人でにぎわっていた。
 自宅の瓦のずれや壁のひびやら、その他もろもろ・・・えいやっ!と来てしまったがやや後ろ髪をひかれる。さぁ、気持ちをリセットして旅を楽しもう。

 フィレンツェ行きを待つシャルルドゴール空港はフランスがウルグアイに勝った喜びが地鳴りように響いていた。
 飛行機で4本の映画を観てしまいフィレンツェに着いた頃には疲れきっていた。ホテルまでタクシーで25€。ホテルの着くと湯船につかり、洗濯をしてバタンキュー。
 今回から旅のアイテムに果物ナイフと紙コップが加わった。B5サイズの半分くらいのまな板があれば便利だ。イタリアのパンは硬くておいしい。カットしていると木を切っているような気になるが、歯でかみ切れる。ナイフはマチュピチュで添乗員さんが果物を切るのに貸してくれた。プラスチックの物は持って行っていたが、やはりナイフの方が何かと便利だ。今回のパンもプラスチックでは切れていないだろう。
 フィレンツェのホテルは駅から地下道を通って3分。地上を歩くと5,6分の所にある。古いホテル、旧市街地の古い建物は壊すことができない。石畳もローマ同様、ガタゴトで観光客はスムーズにスーツケースを動かせない。地下道は階段もあるが、スーツケースもひける緩い道もあり、そこを出ると目の前が宿泊ホテルというありがたい選択をつれあいはしてくれていた。ただ、地下道を通ったのは2日目の午後からで、朝の長い散歩からホテルへは危険な地上からホテルへと行き来していた。

 

 空港からホテルに着きトイレに入るとすぐ、日本のトイレが恋しくなった。美しく白い陶器のトイレは冷たくて温水シャワーも出ない。便器の目の前にはヨーロッパならではの女性用の便器?があり、お湯と水の調整もでき、何やらその便器の上には液体の石鹸のような物も置いている。初日はわからず、洗濯のあと床を拭きながら捨ててしまった。おおよその想像はできるが、1回で使い切るものなのか、使い切れない場合はどうやって保管するのだろうかと考えあぐねる。あぁ、TOTOTさん、きっと何やら分厚い壁に阻まれ進出できないのね。こんなに便利なのに。

 

 
 初日の朝食。眺めが最高。ハムも果物もチーズも卵もトマトもヨーグルトも豆も、もちろんコーヒーもぜーんぶ美味しい。ここの朝食が3回食べられる。幸せだ。パンも美味しいが、パンは一つ。おなかがいっぱいになるから。ペンネも4本。おなかがいっぱいになるから。初日は日本の新幹線のようなTRENITALLAでミラノへ。ウインドウショッピングを楽しみながらお目当てのショップへ行く。ヴィトンの前には20人ほどの人がショップに入るために待っていた。お目当てのショップで試着をしていると、3人の日本人親子が入ってきた。流暢な英語で女優のように華やかに入ってきた長女は北海道から。お母さんは東京。妹は高槻市から。たわいもない話をしていると、辛抱強く待つ、つれあいに話しかけてくれていた男性スタッフが「今日はジャパニーズデイだ。」と言っていた。チャイニーズデイの方が圧倒的に多いだろう。また、私が日本から持って来ていたうちわをくれ、とそのスタッフに言われていたようだ。センスを持っている人は時々見かけるがうちわを持っている人には会わなかった。帽子をかぶっている人は多いが、東洋人は折り畳み傘を日よけに使っている人をよく見かけた。サングラスは必須アイテムだ。
昼食はドーモを横から見られる美術館のレストランに入る。スパゲッティを頼んだが、あとはパンと水。二人で7000円。場所代と割り切れば美味しく、良いロケーションだった。オープンの15分前からドアの前の椅子の腰掛けて待ち、一番乗りだったが、すでに予約済みらしく、室内で座れるところは2か所のみ。テラス席は空いているがたばこは嫌だし、日焼けもいや。料理が来る前に写真を撮り特別な角度からのドーモを堪能する。食事しながらドーモを横から眺める。非日常だ。チケットを求める長く盛り上がった列。ドーモに入るために炎天下に並ぶ列。をクーラーの効いたレストランから眺める。ドーモに入館することはやめる。街ブラに出かける。

 

 
 日本にはない街並みを楽しみ、カフェで楽しそうに会話する人を見、いろんな国の人とすれ違い平和に感謝する。

 

 

 17時20分発の電車でフィレンツェに帰るのだが、16時頃にお茶を飲もうということになり、ピザを食べることにした。マルガリータとチーズケーキを注文する。シェアしてくれて、大皿に1/2のピザに食らいつく。うまい!チーズケーキもシェア。ブラックベリー、ラズベリー、ブルーベリーがたっぷり添えられ、チーズケーキが隠れるくらいの真っ赤なソースがかけられている。このチーズケーキのドスンと腹にくる満腹満足感でこれがディナーになったことは間違いない。

 

 
 トイレに入っている間につれあいが勘定を済ませてくれていた。わたしの席の前にお菓子が盛られていた。ボーイが「これ(レシート)はあなたに。これ(お菓子)はマダムに」と用意してくれたそうだ。先ほど買った1冊1500円のノートのセロハンにお菓子を入れ、持ち帰った。これも美味しく、のちにラファイエットで少し硬いが似たようなお菓子を見つけ、パリの二日間のごはん代わりとなりお土産にも3袋購入した。いつもならお礼に日本のお菓子を持ってくるのだが今回はエースコックのワンタンメン5食入りを二袋持って来ただけでこの親切にお返しをすることはできなかった。これはのちにピサの斜塔観光で使う。   メルシー。
1500円のノート。プレゼントショップに入り、ノートを見つけたのだ。いつもB5サイズのノートをバッグに入れており、メモ代わりに使っているのだが、残り4ページほどでこの旅行で新しいノートを下したはずだがスーツケースにも手荷物バッグにも入っていなかった。関空ではメモ帳しか販売しておらず、絵柄がかわいかったので300円くらいかな、と思い買ってもらった。つれあいが「これでええんやな。」と念押しするので、「いい」と答える。店を出てからあのノートは11€(約1500円)やでと、言われる。「返しに行こうか。」「いい。」と言う会話3回。遺言でも書いておくためのノートにしよう。

 

 

 こんなばかばかしいハプニングが後々の思い出になるのだ。「あんなことがあった。」「こんなことがあった。」とたわいもないおしゃべりが大事だ。もはや、いつ、どこに行ったかも思い出せないが、こんなことはすぐに思い出せる。でも高い。いつも使っているノートなら12冊は買える。
帰りの列車はぎりぎり間に合い、私の後ろには私たちより10歳くらい上の日本人夫婦が乗っていた。夫と妻の会話はかみ合わないが妻はボーイと達者な英語で会話し、スーツケースも腰痛の夫の代わりに運んでいた。この列車はサービスのリンゴジュースがおすすめ。指定席を日本で取ってくれていたのでゆったりと乗れ、片道1.5時間の快適な時間を過ごせた。

2回目の朝食時、昨日知り合った日本人にピサの斜塔はどうだったかと聞いた。「とてもよかったけれど、バスの空調が壊れていて暑かった。」と。
ピサもフィレンツェからバスで1.5時間。駅で集合して14人の日本人ツアー。新婚旅行らしいカップル3組。女友達2組。私達と同じような年配のご夫婦は二人の旅に添乗員が一人付いていて、このピサだけがオプショナルツアー。贅沢な旅だ。ご主人が足の具合が悪いらしくピサには途中までしか上がらなかったそうだが、レモンのかき氷を一緒に食べ、木陰で流れる汗を落ち着かせた。
バスガイドさんはよく通る声で、トスカーナの歴史や「ピノキオ」の発祥の地がここフィレンツェであること、「松」のことを「ピーノ」といい「ピノキオ」が松からできていることなどを説明してくれる。また、ガリレオガリレイの出身地であること。ガリレイがこの地で洗礼を受け、牧師になりたかったことなどを話してくれた。教科書に載っているガリレオの肖像画から若き日の彼を想像できるはずもなく、目の前に平がる、ひまわりの黄色い絨毯、オリーブ、パルプの木などを車窓から楽しむ。

午前中は長い散歩を楽しんだ。「ぶらぶら」のはずが、だらだら散歩になり日曜日だというのに結構な観光客だ。たいていの観光客は日曜日を移動日に充てるのだが、どうしても仕事の都合で1日ずらしてもらった。1日前の出発なら飛行機が約9万円安かったそうだが。

 

 
 前に二人でフィレンツェに来た時は橋の上は人でごった返し、両サイドにある貴金属を売る店のウィンドゥショッピングさえもままならなかったが、今回は道がこんなに広かったのか、とどちらからともなく声が出た。アンティークショップが並ぶ通りも歩き、絵葉書になりそうな景色を楽しみ、いったんホテルに帰る。10時からの行動の作戦会議兼トイレ休憩。そういや娘がフィレンツェを一望できる丘に行ってみたいと言っていたらしく、じゃぁ、そこに行こうということになり、検索する。「ミケランジェロの丘」だ。行きはタクシー、帰りは下りだから歩こうとつれあいが言う。(まさか!いやや)駅でタクシーを拾い丘に行く。
素晴らしい眺めだ。テレビでよく見る「絵」だ。だが、丘の途中の高級住宅街も素晴らしかった。大きい門構え、アプローチ、邸宅。かなりの裕福層が住んでいるのだろう。テレビに映らない方の景色もよかった。緑の丘にまるで統一されたかのような色合いの家々は絵葉書にうってつけだ。日本人のカップルがウエディングフォトを撮っていた。挙式は来年の1月だそうだ。お幸せに。

 

 

 

 

 私たちのようにタクシーで丘に上がってきた人が下りるタクシーに乗り、駅に戻る。途中、ホテルを通過するも悲しいかな言葉の壁があり説明できず。観光客の多くは1日いくらという乗り放題チケットを持ち、バスを待っていた。京都と同じだ。若けりゃ私たちも美しいフィレンツェを眺めながら皮膚を焦がし、たわいもない話を楽しめただろうがもう、いいんです。会話がないのです。これを熟年夫婦と呼ぶのか倦怠期というのか普通というのかわたしにはわかりません。弾む会話はちょっとした事件や事故だけ。カーテンが変わろうが髪を切ろうがメガネが変わっても気づきません。「何か変わってない?」と、聞かれた時にゃ「家」だというのに全神経を集中させ、髪型、メガネ、ネクタイ、ワイシャツに目をやるのです。そして、質問の答えが合っておればほっと胸をなでおろすのです。お互いに。フィレンツェの街はドーモが大きく映り、街並みと一体化して美しくその威厳を静かに強調している。

 

 トイレ休憩後にホテルのフロントで、観光本に載っていたお肉の店を予約してもらおうとした。日曜日に営業マークがついていたのだが、2回電話を入れてもらったが不通。とにかく行ってみたが、閉店していた。しゃあない。こんなこともある。今風のこじゃれた店に入る。1kgのTボーンを頼む。前と同じ失敗を繰り返さないように、他には何も頼まない。初めにパンが出てきたが、夫は食べず、私は塩味のパンを1枚食べた。Tボーンにはフライドポテトとサラダが付いてきたが、ひたすら肉を食べる。余力でポテトを食べるのだ。美味しいのだが腹9分目にしておかないと、旅は続くのだ。フィレンツェのサラダにはドレッシングはかかっていない。オリーブオイル、塩、コショウ、酢(この店はバルサミコ酢ではなく黒酢のようなものだった)のセットが出てくる。午後の観光のピサのガイドさんが言うにはマヨネーズなんてとんでもない。フィレンツェの人たちは添加物を嫌いこの4点のみが出てくるのだと。たらこスパゲッティも日本の物だ、と。本場の物がその国でアレンジされてその国の人の口に合うように進化するが、本場の国の人はそれを邪道とし、首を横に振る。寿司も同じだ。いくらそれを日本人がおかしいと言ってもどうにもならない。私達は幸せなことに何を食べても美味しくいただける。万歳!健康。

 

 肉を待つ間、つれあいがハエを払って水の瓶を割ってしまった。ハエはたいていのレストランで1匹はいる。我が家に蚊がいるように。

 

 
 午後は、オプショナルツアーのピサの斜塔。斜塔への持ち込みは水、傘、カメラ等写真を撮るものの3点のみが認められているそうだ。財布やパスポートは手に持ち、セキュリティチェックを受ける。袋物や首から袋を下げてパスポートを入れているのは日本人くらいだそうだ。袋物やジュースは認められておらず、つれあいがベルトに付けているパスポート入れもパスしないかもしれないと、添乗員さんが預かるために待機してくれた。

 

 いろんな色の大理石はローマの古代遺跡から拝借したようだ。らせん階段を一気に登った。斜塔の傾きに、傾く体を、片手を壁に当てながらバランスをとった。上にはドレミファソラシドの7色の音色の鐘がかかっている。風が心地よい。そこには、皮パンツを着こなした美しい女性が長い間足を休めていた。私達が1階のベンチで休んでいたら先ほどの美しい女性が靴を履きだした。なんと、驚くことなかれレディガガもおったまびっくりするようなヒールの靴だ。彼女はそれで斜塔を上がったのだろうか。8㎝くらいの厚底に20㎝くらいのヒールだ。パートナーより背が高くなっている。そんなにおめかしして斜塔に来なくてもいいのに。 斜塔の入場は15分ごとに45~50人。斜塔に来ても中に入れる人はごくわずかなのだそうだ。そんなラッキーな日に摩滅した大理石、しかも傾いているのにヒールとはがんばるね。

 

 

 

 翌日はパリに移動。日本時間は夜中。まだ、体が慣れていない。ホテルで昼食を摂り、お目当てのパッサージュを目指す。パリではカトリーヌアンドレのお店に行くことと、モンマルトルの生地街を散策するのだ。前回は日曜日でカトリーヌのお店は閉まっていた。素敵なパッサージュの一角にそれはあり、フランスのニット会の理事も務めるという(三ノ宮のセレクトショップ、チェックローズのお兄さん談)。派手さはないが、色遣いがすばらしく、さし色で別の作品を作り、あれを買った人なら、これが合うと、日本の客の服のセレクトまでしてくれる。私は彼女の1ファンなのだ。なので、パリに着いて昼食後(泊まったホテルの昼食が有名だったので)一番に出向いたのだ。

 

 

 あーでもない、こーでもないと、着せ替え人間は、店内で辛抱強く待つつれあいのことを忘れ、ひたすらカトリーヌの色の魔法を楽しんだのだ。セール品と秋冬物を購入した。ホテルに着いたらまた一人ファッションショーをしよう。うふふ。つれあいも30年も一緒に暮らすと妻にどう言えば噛みつかれないか、不機嫌にしないか、微笑んでもらえるか、コツをつかむのだ。

 

「どっちの色が似合う?」
「どっちも素敵や。」
「どっちの色がいい?」
「どっちも素敵や。あとは君が好きな方を選び。
こしらえた料理は、
「おいしい?」
「うん。おいしい。」とりあえず「おいしい」と答えるのだ。本当においしい料理は「ホンマにおいしい。」と言ってくれる。「塩味が濃い」とか「もうちょっと醤油が入っていたら」などとコメントをつけようものなら「おやすみ」まで会話はない。彼も学習をしたのだ。そして、「ごちそうさま、おいしかった。ありがとう。」は「おはよう。」と同義語なのだ。もちろん、夫の作ってくれた料理も同じ言葉で返す。

 

 買い物をホテルに置き、トイレ休憩をし、ラファイエット(デパートの名前)に出かける。2駅ほどなので歩いていく。お目当てはパテ。生ハム、パテ、トマト、バナナ、水を夜食と朝食のために買う。ホテルにはカプチーノ(マシン)と水が付いていたがミルクがないのでコーヒーフレッシュも買う。ラファイエットもセールでフランス人より圧倒的に中国人が多いのではないかと思われた。すれ違う8割の人がギャラリーラファイエットかH&Mの紙袋を持っている。カプチーノは明日の朝食にとっておく。温かいコーヒーを買うためにマクドナルドに寄るがタッチパネルが使いこなせない。あきらめて、隣のスターバックスでカフェラテを買う。歩いていると結構小さなスーパーがあり、明日は寄ってみようと話す。途中ホテルの帰り道がわからなくなり4駅分くらい歩く。長い散歩だ。スマホもタブレットも観光本も持たずに出てきたがホテルの名刺をポケットに入れており、聞く人ごとに親切に教えてくれた。お腹はすかない。

 

 シャワーを浴びて夜食を食べ、この旅初めてのテレビを点ける。英語のチャンネルに合わせると倉敷と呉の画像が流れる。ボーとしていると同じ画像が3回繰り返されていた。ハイチの暴動、列車事故等。夜の8時49分。外は日中のように明るく、カンカン照り。この明るさでフランスのお母さんはどうやって子供を寝かしつけるんだろう。