この記事の続きです。

 

 

夫と暮らしていた家を息子と出て、
そのまま実家へ逃げ込みました。

 

別居直前、両親にはこれまで家で何が起きていたのかを初めて詳しく話しました。
父も母も、私の味方になってくれました。

 

母からの、

 

「あんた、気づいてはいたけど苦労していたのね」

 

という言葉。
やっぱり母は分かっていたんだなぁ。

 

 

私の母は支配的で、ずっと息苦しさを感じて育ちました。


高校生の時の門限が17時。
今思えば、ありえない。

 

父は寡黙で昭和の父そのもの。
一時期はパチンコ依存で、家族は迷惑を被りました。

 

だから私は、大学を出て就職してすぐに家を出た。


家賃45,000円のオンボロアパートだったけど——
私にとっては“自由の象徴”。
治安もよくて、怖い思いをしたこともなかった。

 

その頃から実家に帰ることは極端に減り、せいぜい年に2回。
帰るたびに両親が小さくなっていくようで、胸が痛かった。

 

支配的だった母が、帰るたびにお小遣いを渡すようになったのも不思議だった。
支配親あるあるらしいけど、複雑な気分だったな。

 

 

そして約20年ぶりに、実家での生活が始まりました。

 

最初はよかった。
でもやっぱり、合わない。

 

母は頑なに息子のASDを認めず、なぜか私が責められる。
そのやり取りが積み重なっていき、私はどんどん精神的に追い詰められてしまいました。

 

限界を迎え、実家を出ることに。

 

家具・家電はほとんどメルカリで揃えたけれど、
敷金礼金や初期費用も含めて、結局100万円ほどを借りることに。

 

裸一貫。
ゼロからの、新しい生活のスタートでした。