ちと現在大変忙しく… きちんと議論できる状況じゃありませんが、気になったので触れておきます。
 選挙期間中ですけど特定の政党の何かをあれこれするものではないことを事前にお断りしつつ…

農政に見る民主主義の罠
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090827

 まず、引用されている東大本間教授のデータは真正なものです。ただし、そこから続く論理展開がまったく間違っているように見え、結論はとんでもない内容になっています。民主主義も一票の格差も本件では関係ありません。なぜなら、本間教授の引用物はあくまで米作における経済規模を段階別に分類したものに過ぎないからです。
 また、兼業農家が所得のごくわずかしか農業で稼ぎ出していない事情はその通りですが、ここには自家消費分が含まれておらず、本気で兼業農家が三万円程度の収入を維持するために農業を行っていると考えたのなら、かなりやばい論理構成になると思います。それに、これら小規模農家の投票行動が農業政策の良否で決定されるという投票行動分析は明示されていません。

 大規模農家は小規模農家に比べて効率が良い、だから大規模であるべきだ、というのは、ある程度賛成です。ただ、だからといって、小規模農家の経済性を否定する議論は意味がないかと思われます。中には退職されたあとの充実を求めて小規模農家になられる方や、代々農地を持っていてこれを守っている非選択の小規模農家も多数存在しているからです。

 もちろん、文中「この人達は本当に農家なのでしょうか?」とありますが、立派な農家ということになります。

 さらに、chikirin氏の分析では畑作や果樹作の小規模農家はごっそり範疇から外れています。山間地で農地を集積できず、わさびやみかん、茶などを栽培している農業人口はまるで無視され、高度集約したり大規模化がそもそもできない地域の農業を、水田米作のように法人化が割合容易な世界と同じレベルで比較する論理的ミスを含んでいると考えざるを得ません。

 高度集積等の問題については、まあ面倒くさいのでこの辺の資料をあたってもらえれば分かるかと思うんですが、農地の集約化は、とりわけ農業を主たる収入源としているグループではそれなりのスピードでとっくに進んでいるのが現状です。米作でいうなら硬直化した米価や、減反政策の微妙な失敗、農協などファイナンス側の不充分な対策といったあたりは農業政策の失政として槍玉に挙がるんだろうとは思いますが、生産性という意味ではchikirin氏に言われるまでもなくここ十数年は上がってきているように思います。

 単に、貿易が自由化されたときに円が強すぎて農家の合理化努力だけでは根本的にどうにもならないので、都市部への生鮮食料品の提供で随時配送できるよう、むしろ農家自体が小口化、多様化していっているというのが実情だろうと考えられます。

http://www.stat.go.jp/data/sekai/04.htm

 で、そのうえで民主主義的な一票格差の問題に論理展開しておられますが、要約すると「農業は大規模化して効率化するべき。それが変えられないのは、老人など小規模農家の政治的発言力が強いからである」というような内容になろうかと思います。

 まあ、一理あるといえばあるんでしょうが… もし、アメリカやカナダのような大規模農家を日本でも出現させ、国際市場に通用するような農業を実施するのだ、という話になりますと、小麦や大豆など世界市場で標準的に取引される価格まで下げられる見通しが立たないと駄目です。

 相場やってりゃ分かると思うんですけど、国内で調達できる小麦なんて二倍以上国際価格より高い、すなわち230%から280%ぐらい合理化して、やっと競争力が出る状態です。大規模農家に転身させるためには資金調達が必要になるんですが、そんなところに誰がファイナンスしますか、という問題意識は普通持つでしょう。

 だから、より消費者価格が上げられるように、無農薬にしたり、産地直送で毎日集荷毎日配送できるように工夫したり、いわゆる都市部のオールシーズンの需要に応えられるようにしているのだと思いますが、これを支えているのは小規模農家群でもあります。

 たぶん、chikirin氏は農政における現状や、一般的な議論、基礎的なデータを当たることなく、単に規模別に分類された農家の所得と就労者年齢を見て、牽強付会気味に民主主義の問題点へと議論を拡散させてしまっているのだと思います。というか、「それは、「子孫に美田を残すため」です」とか論理的に論外で… 新規就農者に退職された高齢者が多かったり、一次産業の割合が多い地域で就農している人はそもそも跡取りがいなくて美田どころではない状況だったり、日本の過疎部における農業自体の持続性が懸念されている状態で、その議論はあまりにも質が低いとしか言いようがないと感じました。

 長年の自民党政治の帰着点として、農政がこれから改革されなければならない、というのは同意。でも、貿易体制に対して関税などによる障壁が撤廃され、日本の農業が環境に適応するために都市部需要に柔軟な対応を進めて現在に至る、という現場努力を無視した議論は幾ら積み重ねても意味がないと思うけどね。