#297 物まね上手が身代わりに ~「干物箱」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」
新型コロナウイルスに関する情報について

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

若旦那・金之助は名代の放蕩息子で、廓通いが止まない。業を煮やした父親が遂に謹慎を命じた。今日で1週間、軟禁状態が続いている。

「お父っつあん、ちょっと、湯へ行って来ます」「1時間で帰って来いよ」、金之助は外へ出た。「男だからそんな長湯はしないけれど、時間を切られるのはいやだな。でも、俺が悪いんだ。この前も湯に出掛けると言って1週間も帰らなかったことがあったからな。謹慎してもう1週間か、吉原へ行ってあの花魁(こ)に会いたいな。しかし、親父を安心させて親孝行もしたいし、心は2つ身は1つ、せめて下半身だけでも吉原へ行きたいな。…、そうだ、貸本屋の善公が私の物真似が上手いそうだから身代りになってもらおう。“若旦那の為なら例え死んでも”と日頃から言っているし、こちらも奢ってやっているから断らないだろう」と独り言を言いながら湯から帰って来る。ちょうどそこへ善公が通り掛かった。

 

「善さん、ちょっと頼みがあるんだ」「へいへい、また一緒に吉原(なか)へ繰り込もうってんですか?お供しますよ」「そうじゃあないんだ。このところ、親父の目が厳しくて吉原(なか)とご無沙汰なんだ。久し振りにあの花魁(こ)に会いたいんで、4時間ほど、2階の私の部屋に閉じこもって身代わりをやってくれないか?」「お断りします」「いつもの口癖は嘘だったのかい?」「4時間が1週間になるとかないませんからね」「いいよ、この口先だけのお上手野郎。20円も出せばやってくれる奴は他に一杯いるからいいよ、もう頼まない」「待ってください。それを早く言って下さいよ。ご褒美を頂けるのならやらせてもらいます」。かくして商談?がまとまり、二人は父親に気付かれないように若旦那の部屋へ上がった。

 

「お父っつあん、只今戻りました」と早速善さんが物真似上手ぶりを披露する。「おお、倅か、早かったね。もう、寝なさい」と父親は入れ替わりに気付かない。「じゃあ頼むよ」と言って若旦那はそっと家を出る。

 

しばらくして。

「いい気なもんだ、金持ちは何でもできていいな。今頃は花魁といちゃついているよ。花魁に“この憎い人”と口を抓(つね)られて若旦那が“イタイ、イタイ”」と善さんが空想しながら独り言でぼやく。「痛い痛いって、金之助、未だ起きているのかい? ならばちょっと訊ねるが、今日の昼間、干物が届いていたね。大きな物だったが何だった?」と父親が階下から声を掛ける。「(えッ! そんな話聞いてないよ)… …、はい、鯨でした」「バカ、そんな干物があるかい。どこへ仕舞った?」「え、えー、下駄箱です」「バカ、忘れたのか?」「あー、干物箱です」「そんな箱がうちにあったかい? 鼠が狙っているようで音がうるさいから枕元まで持って来ておくれ」「えッ!!(そんなこと出来ないよ)、イタイ、イタイ、急に腹が痛くなりました」「それはいかん、今すぐ薬を持って行ってやろう」「あッ! 治りました」「じゃあ、もう干物はいいから、早く寝ろ」「お休みなさい」。なんとか危機を脱出できた。

 

「こんなにいい部屋で暮らせて若旦那は何の不満があって出歩くのかな? おや? 手紙が机の上に置き忘れている。ちょっと読んでやろう」。それは贔屓の花魁から若旦那に宛てた艶書だった。一通りお惚気(のろけ)を書き綴った後で、『橘さんのお客さんの善公のこと』と書き足していた。橘は花魁の同胞で、善さんがいつも相方にしている女郎である。期待しながら気を入れ直して声に出して読んだ。

『あの善公はもとより嫌な客なれど若旦那のお供ゆえ橘さんも仕方なく相手をしています。この前も橘さんの布団の中に汚い褌が置き忘れていて、その臭気甚だしくて八町四方に及び、巡査や保健所の人が来て石灰を撒くやらの大騒ぎがありました』。「あの褌、あそこに忘れていたのか、帰る時になんか下の方がスースーすると思ったが。なにせ、3カ月も洗濯してなかったから臭っただろうな」。

『もう善公は嫌になりました。あのチーチーパッパの数の子野郎』、ここまで読み終えた善さん、「何がチーチーパッパの数の子野郎だ! 仮にも俺は客じゃあねえか! これが黙っていられるかい!」とついつい声が大きくなった。「何を騒いでいるんだ?」と大声を聞いて父親が2階へ上がって来た。「おや?お前は善さんじゃないか? ははあ、さてはうちの馬鹿野郎に頼まれたな」「へえ、ばれましたか、お宅の馬鹿野郎に頼まれまして」「あんたまで馬鹿と言うなよ」。

 

「おーい、善さん、紙入れを忘れたんだ。箪笥の抽斗に入っているから放っておくれ」と表の道から小声で若旦那が声を掛ける。これを聞いた父親が「あの野郎、帰って来たんだな。やい、金之助!何処をノコノコほっつき歩いてるんだ! この親不孝野郎!」と顔も見せずに叱責すると若旦那が言った「へーえ、善公は器用だ。親父そっくり」。

 「干物箱(ひものばこ)」という物真似を題材にした滑稽噺で、原典は江戸時代に出版された笑話本の「物まねと入れ替わり」だそうで、別題を「吹替息子」とも言う。

 

私は日曜夜のNHKラジオの「真打ち競演」をよく聴いたものである。この番組は漫才、色物と落語の順で構成されていて、その色物で物まね芸人の桜井長一郎、北口幹二彦、ひびきわたるや動物の鳴き声物まねの江戸家小猫(後の四代目江戸家猫八)などがよく出演していた。とりわけ桜井長一郎(19171999年)は不世出の名人であった。

物まねのルーツは江戸時代で、歌舞伎役者の声質や口調を真似たもので“声色(こわいろ)”と呼んだ。1926年頃、コメディアンの古川ロッパが“声帯模写”と名付けて真似をする対象を各界の有名人に拡げたことで広まって行った。

 

“一芸に秀でる者は多芸に通ずる”という諺があるが、落語家にも多芸の持ち主が多いようである。物まねについて言えば、三代目三遊亭圓歌は浪曲師・広沢虎造の真似が上手かったし、林家木久扇は木久蔵時代に、片岡千恵蔵、月形龍之介、大河内伝次郎など東映時代劇のスターたちの物まねをよくやっていて、実に上手かった。そして歌舞伎に造詣の深い春風亭小朝の“声色”はプロ級である。一流の芸人は真似をするポイントを掴むのが上手いのであろう。

 

 

にほんブログ村


落語ランキング