#259 所有権の混同 ~「壺算」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」
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鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

ひと昔も前の話であるが、“落語は処世術を学び、人間関係を磨くのに役立つ”として識者らによるベストテンを日経新聞が報じていたことがあった。そのベストテンを順番に記すと以下の通りであった。

「百年目(拙ブログ#100参照)」、「井戸の茶碗(同#20)」、「居残り佐平次(同#28)」、「天災(同#66)」、「らくだ(同#126)」、「小言幸兵衛」、「大工調べ(同#175)」、「壺算」、「厩火事(同#49)」、「中村仲蔵(同#235)」。

データは古いが今も大きな変わりはないであろう。ここではちょっと頭がこんがらかる「壺算(つぼざん)」という滑稽噺を聴いてみよう。

 

 引越しの時に水がめを割ってしまった男が買い物上手の徳さんに同道してもらって水がめを買いに行く。「今までは“一荷入り”を使っていたが今度は倍の“二荷入り”を買ってきてと嬶(かかあ)に言われてるんだ」「わかった、二荷入りだな。店の者に配達させるようでは安い買い物は出来ないから天秤棒を持って行きなよ」と二人は瀬戸物町へ向かう。

 

二人はある瀬戸物屋に入り、「水がめはいくらだい?」と徳さんが訊く。「へえ、小さい方(一荷入り)が3円50銭、大きい方(二荷入り)がその倍の7円でございます」と瀬戸物屋の主人が答える。「どうだい、この店をこれからも贔屓にしてやるし、近所の連中にも宣伝してやるから小さい方を3円にまけろよ」「承知しました。口開けですから3円にさせていただきます。今後ともよろしくお願いします」と商談が成立する。

 「おい、早く天秤棒で担いで外へ出よう」と徳さんが言い、自分たちで荷造りをして二人は外へ出た。と、連れの男が「徳さん!欲しいのは大きい方の二荷入りだよ」と言う。「分かってる。ぐるっと回ってもう一度店へ入れ」と徳さん。

 

店へ戻った徳さん、「こいつが、“実は大きい方が欲しかったんだよ”と今頃になって言うんだ」「俺は初めからそう言ってたよ」「黙ってろ。大きい方はいくらだい?」「へえ、小さい方を3円でお買い上げいただきましたので、大きい方はその倍の…、お買い物がお上手で、分かりました、6円で結構です」「そうかい、すまないね。ところで一家に二つの水がめは要らないからこの小さい方を引き取ってくれるかい?」「へえへえ、まだ新品でございますからお買い上げいただいた3円で引き取らせていただきます」「有難うよ。さっき俺が置いた3円がそこにあるな」「はい、ここに未だ置いてございます」「小さい方は3円で引き取ってくれるんだな。合わせると丁度6円になるな」「はあ、左様で」「勘定は合ったな。大きい方を貰って行くよ」と帰りかけると主人が呼び止める。

 

「どうもすっきりしないんですが…。3円は確かにここにありますが、残りの3円はどうなったんでしょう?」「勘定の出来ない野郎だな。算盤を持って来な」。言われた主人、“これ位の勘定は暗算で出来るのに”とブツブツ呟きながら算盤を持って来る。

「いいか、そこへ置いてある現金の3円を入れろ。入れたか?じゃあ、引き取った壺の代金3円を入れてみろ。いくらになる?」「6円で」「勘定は合ってるじゃあねえか」「そうなんですが、どうも壺の引き取り代を入れたくない気分でして…」。

「定吉(小僧さん)!大きい算盤を持ってきておくれ。熱が出てきたから薬も持っておくれ。それに今日はもう店を閉めて布団を敷いておくれ。頭が痛くなったからこの勘定が終ったらすぐ寝ますから」と主人は頭の中がこんがらかっている様子。

 

算盤を持ち替えて同じやりとりを繰り返すが主人は中々スッキリしない。「いつまで時間をとらせるんだ」「勘定は合っているんですが商いをしたという充実感が湧いてこないんです」「お前さんは何年商売をやってるんだ?こんな簡単な勘定ができないのか。この間抜け野郎!」「ポンポン言わなくたっていいじゃあないですか。勘定の出来難い日もありますよ。長いことこの商売をやってますが、こんなに勘定のややこしいのは初めてです」「ややこしいやろ、それがこっちの思うツボや」。

 

 言うまでもなく、商談が成立した時に水がめと引き換えに自分(瀬戸物屋)のものとなった、つまり所有権が移転した現金を、目の前に置いているが為にいつまでも客(徳さん)の物と錯覚した主人をモノ笑いにした一席である。

 因みにこの噺に出てくる“一荷”というのは、“天秤棒の両端に掛けて一人の肩に担える分量”という意味だそうである。従って、“一荷入り”とは一人が担げる量の水が入る瓶(かめ)ということである。

 上記の筋書きは三代目笑福亭仁鶴の高座に依ったが、“水瓶”とは言っても“水壺”とは一般的には言わないから苦しいサゲと言えようか。この噺を得意ネタとした六代目三升家小勝は「お客さん、勘定がややこしいので“一荷入り”を持って帰ってください。頂いた3円をお返ししますから」とサゲている。このようにこの噺のサゲの部分は様々で、一荷入り、二荷入り、どっちの瓶をいくらで買ったかを聴き比べる楽しみもある。

この噺、小学生の教材に向いていると思うが、その場合、「詐欺は買い物上手とは言わない」ことを徹底して教える必要があろう。

 

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