#258 九死に一生を得た機知 ~「てれすこ」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

江戸時代、九州・長崎は独特の地であった。即ち、外国に門戸を開き、先進医学を積極的に採り入れる等進取の精神に富んだ地であった。こうした風土・文化の下で始めて成立し得たと考えられる「てれすこ」という短いお裁きものがある。

 

長崎の港に今までに見たことがない魚が揚がった。漁師が奉行所に名前を訊きに行ったが、猟師の知らないものを武士が知っているわけはなく、奉行所の誰も知らないと言う。そこで奉行は、魚の絵姿を書き、「この魚の名を知っている者には褒美として金100両を遣わす」という添え書きをした高札を立てた。

間もなく茂兵衛という男が「“てれすこ”という名にございます」と申し出た。ちょっと日本語離れのした名前に奉行は一瞬逡巡したが誰も正解を知らないことであるから、「うーん、…」と唸ったものの約束の100両の褒美を下賜した。

 

だが、何か割り切れぬところがあったのであろう奉行は、その魚を裂いて内臓を取り出し、干物にして再び「その名前を知っている者には100両の褒美を与える」という高札を立てた。またしても茂兵衛が出頭し、「“すてれんきょう”にございます」と言う。「黙れ!この騙り者め。同じ魚を以前は“てれすこ”と申し、今度は“すてれんきょう”と申す。お上を愚弄する不届き者め!刑を言い渡すまで入牢を申し付ける」と沙汰を下した。

乳飲み児を抱えた女房は、母乳を確保するためにそば粉を水で溶いたものを主食とし、加熱した物を一切口にしない“火物断ち”という断食に近い業を行って亭主の無罪を念じ、乳飲み児の命をつなぎとめた。

 

数日後、奉行はお上を偽った罪で茂兵衛に死罪を申し渡した。処刑を前にして「最後に何か望みはないか?」と訊き、茂兵衛は「妻子に一目会って別れがしたい」と答える。

女房が乳飲み児を連れてお白州へ行くとやつれ切った夫が座っており、「死罪と決まった」と言う。泣きすがる女房に「この子が大きくなっても“いか”の干したのを“するめ”と言わせるな」と悔し涙に言った。これを聞いた奉行は「茂兵衛の申し開き相成った。その方は無罪!」と裁決した。夫婦は抱き合って感涙に咽んだ。

女房の火物(干物)断ちで亭主の命が助かったという当り前(当りめ―“するめ”の別名―)の話。

 

干物にしたら名が変わるということが言いたくて一席にした駄作である。二代目三遊亭円歌が得意とした噺で、上記の筋書きはその高座に依った。小学生でもおかしいと思うであろうほどの理屈に合わない筋書き設定であるが、二代目円歌は進取の精神に富んだ長崎でだからこそ成立し得た噺であろうと解説していた。また、“九死に一生を得た機知”と私は標題を付けたが、茂兵衛は咄嗟ではなく、始めからこれを見込んでいたのではないかと想像をたくましくしている。

 

 

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