#257 女中部屋への忍び込み競争 ~「口入屋」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

 

 

 

 

ある大店の一番番頭さん、今日は妙にそわそわしており、時には思い出し笑いを浮かべながら丁稚の帰りを首を長くして待っている。丁稚は今、口入屋(職業紹介所)へ新人の下(しも)女中の求人に行っているのである。この店の御寮(ごりょん)さん(おかみさん)は、店には多くの男性奉公人がいるので間違いがあってはいけないということでいつもぶす(醜女)しか採用しない主義で、店の男連中はいつもぼやいている。ところが今日は、一番番頭の独断で「飛び切りの美人を連れて来い」と丁稚に命令していたのであった。というのも、一番番頭は近々、暖簾分けをしてもらうことになっているので、この際、結婚相手もこの店で探そうという魂胆があったからであった。

 

やがて、応募者が一人連れて来られた。“なるほど”と唸るほどの美女であった。「奥へ行って御寮さんにお目通りする前に私から一言注意を、オホン…」と言って、一番番頭は訓示を垂れ始めた。「前任者のおもよさんは身一つでここへ奉公に来たが、辞めて帰る時には嫁入り衣裳を行李に一杯詰めて帰って行きました。というのは、欲しい着物などがあった時は月賦払いで私が便宜を図り、7~8割も代金が入金されたら後はドガチャガドガチャガと私の職権で帳面を入金済みにして上げたからなんです。一番番頭の私にしか出来ないことだからよく聞いておきなさい。ただ、一つお願いがあります。私は夜中に寝ぼけて女中部屋、しかも布団の中に入り込む癖があるのです。そんな時、騒がずにじっとしていて欲しいんです。そうすれば、着物が安く…」「番頭さん、誰と話をしてますの?」とニヤニヤしながら話を聞いていた丁稚が言う。「誰とって?、女子に心構えを…」「もうとっくに奥へ入ってますよ」。

 

 

「まあ、こんなにきれいな女(ひと)を連れて来て、かなわんな」と言いながら御寮さんが面接を始める。針仕事はもとより茶華道など女性の作法はすべて身に付けており、その上武道や芸事まで心得ていると言う。これには御寮さんも驚き、下女中にはもったいないので上(かみ)女中として今日から勤めてもらうことに決めた。

一部始終を聞いていた丁稚が一番番頭に注進に及ぶ。「あほ、今日は顔見世だけで一旦帰るもんやで…」「それが今日から女中部屋に寝ることになりまして」「そりゃあ大変だ。はい、今日はもう店仕舞! 戸を閉めて全員早う寝ろ!」と夜這いを企んだ一番番頭は職権を乱用する。「そんな無茶な! まだ陽が高いし、それに晩ご飯がまだでっせ」と丁稚らが苦情を言うと「戸を閉めたら暗うなる」と一番番頭はもう聴く耳を持たず、店は大騒ぎ。

 

番頭などの幹部クラスは皆狸寝入りをして我先に2階の女中部屋へ忍び込もうと狙っている。とうとう、一番番頭が本当に寝てしまい、粘り勝ちした二番番頭が女中部屋へ忍び込むことになった。ところが、これを読んでいた御寮さんが2階への梯子を外しておいたので上がれない。諦めきれない二番番頭、壁に取り付けてある膳棚(食器棚)を手足で押さえながら2階へ上がろうとする。ところが古くなっていたので取り付けが外れて二番番頭の肩に膳棚の一方が落ちてきた。棚が傾いた拍子に醤油瓶が倒れ、醤油が棚を伝って肩から背中へ入り込む。灸の箇所が沁みて痛いのを我慢し、必死に肩で棚を支える。

 

 

やがて目を覚ました一番番頭、「しまった! 後れを取ったか」と女中部屋を目指す。結局、二番番頭と同じ轍を踏んでこちらも肩で棚を担ぐ羽目になる。ただ、反対側からアプローチしたので、両端から二人で棚を担ぐ格好になった。「おや?そこに居るのは二番番頭はんで?」「そう言うのは一番番頭はん?」、二人共動きが取れない。

 

その内、三番番頭も目を覚まし、両先輩の不首尾を知り、“好機到来”と台所の天窓からぶら下っている紐に掴まって軽業まがいの方法で女中部屋へ忍び込むことにした。だが、紐が緩んでいて、掴んだ途端に紐もろとも真下にあった井戸の中へ“ドブンッ”。「ワアー、助けて!わて、泳げへん」。

騒ぎを聞きつけて様子を見に来た御寮さん、助べえ根性を出した罰だと思わず吹き出しそうになるのをこらえて「あらあら三番番頭はん、こんな所で何をやっていますの?」と訊く。「へえ、井戸の深さを計っておりましたが上がれなくなりました。助けて下さい」「今、人を呼んであげますから待ってなはれ。ちょっと、誰か! おや?そこにいるのは一、二番番頭さんらやないの、変な格好して何してますの?」、二人は急にいびきを掻きながら「はい、引っ越しの夢を見とります」。

 

「口入屋(くちいれや)」という上方の滑稽噺である。昔の商家の台所の構造がよく分からないので臨場感に欠けるのが難点であるが、笑いの多い一席に仕上げられている。博物館明治村(愛知県犬山市)に昔の商家が移築・公開されていて台所の様子もよく分かるそうなので、見学してからこの噺を聴けば、面白さが一層増すことであろう。東京では「引越しの夢」という演目で演じられており、少し内容が変えられているようである。

 

 

 

古典落語に“けいあん”という表現がしばしば登場するが、これも職業紹介所のことで、“慶庵”と表記するようで、医師の慶庵がよく縁談の仲立ちをしたことに由来しているようである。

 

 

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