#256 名横綱・谷風の八百長相撲 ~「佐野山」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

 この12日から大相撲初場所が始まる。初場所は一年6場所の中で一番、大相撲に似合っているように思う。古式に則った所作が儀式の月である正月になんとなくマッチしているし、昼間から酒を飲みながらの観戦も正月故に許される気分になるからであろう。

私は栃錦・若乃花以来続いている大相撲ファンであるが、このところ熱が冷めて来ている。その理由は、加齢の所為もあろうが、昨年、上位者の休場が多い場所が相次いだからである。満員御礼が続いているのとは裏腹に現状は土俵の充実に欠けていると私は思う。興行において休場者は致命傷である。親方も力士も大怪我をしない身体作りを心掛けてもらって、今年は休場者のいない土俵を目指してもらいたい。

 

 さて、相撲を扱った古典落語としては、これまでに採り上げた「稲川千両幟(拙ブログ#60参照)」、「花筏(同#150)」の他に、次のものが現在に伝わっている。

「阿武松(おうのまつ)」

第六代横綱にまで昇り詰めた「阿武松」の若い時の大食漢にまつわるエピソード。

 

「凝り相撲(こりずもう)」

相撲観戦風景をコミカルに描写した滑稽噺で、ある客が厠まで小便の我慢が出来ずに一升瓶に用を足す。それと知らぬ隣の客が酒と思ってそれを飲む件がつとに有名で、八代目雷門助六の高座に定評がある。

 

「鍬潟(くわがた)」

小兵力士をテーマにした滑稽噺。日頃から大きくなりたいと思っていた力士の鍬潟が昼寝をし、目を覚ましたら布団から手足が出るほど大きくなっていた。念願が叶ったと大喜びしたが、寝ていたのは座布団の上だった。

 

新作ものでは、次のものが挙げられる。

八代目橘家円蔵の滑稽話「大安売り(おおやすうり)」

 贔屓筋が連戦連敗の力士の四股名を“大安売り”に改名させる。何故なら、誰にでもまけてやるから。

 

*桂米助(別名ヨネスケ)の滑稽噺「熱戦大相撲(ねっせんおおずもう)」

 権威が感じられない行司と無口な力士などを主にして、薀蓄のあるところを披露した一席で面白い。ただ、1975年頃に創作されていて時代色があり、十人受けしないところが難点である。氏は相撲好きのようで、本場所を観戦している姿をテレビで時折見掛けることがある。

 

相撲以外のスポーツを題材にした落語はあまり聞いたことがない。相撲と落語の長い歴史と伝統を物語るものであろう。

 

さて、ここでは十代目金原亭馬生の高座で「佐野山(さのやま)を採り上げることにする。江戸時代の名横綱・谷風梶之助がただ一度、情けの八百長相撲をやったという人情噺である。「谷風の人情相撲」という別題もあるようである。

関取・佐野山は小兵ながら十両の筆頭に上がって来た、大の親孝行者であった。ある本場所中に母親が大病を患った。貧乏をやりくりして治療費に金を回したので食費にも事欠き、自分はお粥を食べながら土俵に上がった。これでは力が入るわけはなく、初日から9連敗という惨状を呈した。佐野山の必死の看病にも関わらず母親の回復の兆候はなく、引退の噂も飛んだ。このことを伝え聞いた、人格者でもあった横綱・谷風は同情し、引退させるのは相撲界の恥だと考え、八百長相撲をやって佐野山に経済的な援助をしようと決意し、「明日千秋楽は佐野山と取り組みたい」と勧進元に願い出た。

 

願いが叶い、千秋楽の取り組みが発表されると相撲ファンはもとより多くの江戸市民がその話題でもちきりとなった。千秋楽は横綱・小野川との取り組みが恒例であるのに、選りにも選って全敗力士と横綱の対戦に多くの人が違和感を覚えたのは当然であった。

ある贔屓筋は、「谷風の廻しに少しでも触ったら5両の祝儀を出そう」と佐野山に言い、別の者は、「双差しになったら10両出そう」と言う。佐野山は「ごっつあんです」と応えるが、自分でもその可能性の全くないことはよく分かっていた。魚河岸や大旦那連中は勝ったら100両、200両の祝儀を出そうと約束し、花柳界の綺麗所まで言いたい放題に祝儀を約束した。

また、「この不自然な取り組みの裏には女ありで、一人の女を両者が取り合いをして佐野山が勝ったので、谷風が罪に問われない土俵上で意趣返しをしようとしているのだ」と言う者まで現れた。

 

いよいよ千秋楽結びの一番、谷風と佐野山が土俵に上がった。いつもは人気絶頂の谷風で声援が多いのだが、この日ばかりは佐野山一辺倒の声援が飛んだ。判官びいきという奴である。だが、飯を食っていない佐野山は既にふらついており、仕切るのが精一杯であった。谷風はかすかに微笑んで、“親孝行に感心しているよ”という無言の意思表示をする。以心伝心で、佐野山はこれを汲み取り、“ありがとうございます”とこちらも無言で応え、感激の涙をこぼす。これを見た観客は、「やっぱり意趣返しだ。谷風は遺恨相撲をほくそ笑み、佐野山は殺されるかと泣いているんだ」といい加減な解説をする。やがて、木村庄之助の軍配が返り、両者が立った。

 

少しでも佐野山の体に触ると倒れるので、谷風は倒れないように抱き抱えに行った。これが観客には佐野山が双差しになったと見えた。「わあー大変だ、10両やらんといかん」と泣き出す人も出る。だが、佐野山に押す力は皆無であったから谷風は、今度は佐野山の体ごと引きずって土俵際まで下がった。これが観客には佐野山が押しているように見えた。ここであっさり土俵を割ると八百長が見え見えであるので顔に力を入れて土俵際で踏ん張って見せた。谷風が力を入れたので佐野山は腰砕けになってずり落ちそうになるので谷風はこれを支え、引っ張り上げる。観客には佐野山が腰を低くして寄り切ろうとするように見えた。観客は総立ちとなり、祝儀を約束した連中は顔が蒼ざめる。谷風はここでもう一芝居、弓なりになった体でうっちゃっりを見せた。誰もが谷風が勝ったと見えた。だが、庄之助の軍配は佐野山に上がった。うっちゃりが決まる前に谷風の踵が僅かに先に出たのを庄之助は見逃さなかったのであった。

 

かくして谷風が仕組んだ八百長は誰に気取られることなく成功した。そうとは知らない観客は超番狂わせに座布団を投げるやら、羽織を投げるやらの大騒ぎ。「佐野山の最後の押しはすごかったね」「押しは効くはずだ。名代の孝行(香香)者だから」。

 

横綱谷風が、親孝行者の十両の佐野山の窮状を救うためにわざと負けてやる、情けで仕組んだ八百長相撲の一部始終を語った滑稽噺風人情噺である。登場する二人の力士は江戸時代の実在の人物であるが、話はフィクションのようである。谷風の人格者としての評判が高かったので創られた噺であろう。

私の生まれ故郷では“たくあん漬け”のことを“こうこ”と言った。方言だと思っていたがこの噺を聴くと必ずしもそうではないようである。サゲの“香香(こうこう)”は漬物のことで、“押し”とは切っても切れない関係にあるという洒落オチである。

 

 

以上、このブログにおいて大相撲の噺はこれにて千秋楽、打ち止めにござります。

 

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