#254 舞台は実在した一流料亭 ~「百川」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」
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鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。

日本人に固有の行事に忘年会・新年会がある、否、あったと言うべきか? 私が会社員時代は全盛期で、年末年始の繁華街では多くの千鳥足が観られた。ただ、圧倒的に忘年会が多く、新年会は少数派であった。私は付き合いの良い方であったから多い年は、相手を変えて10回位も忘年会をやったことがある。昨今は会社の飲み会も、また会社同士の交際も減って来ていると聞くので忘年会も下火になっているのであろう。

 

(北新地・大阪 2006年)

 

江戸から明治期に掛けて東京・日本橋に“百川”という一流料亭が実在した。今はもうなくなっているが会席料理で人気を博したというから、そこでも忘年会や新年会がよく開かれたことであろう。そこを舞台にした「百川(ももかわ)」という滑稽噺がある。

 

昼飯時の混雑が一段落した会席料理店“百川”、女中らは休憩に入り、皆、元結(もとゆい)を切って髪の結い直しをしてもらっている。そこへ田舎者の中年男が「慶庵(けいあん:口入れ屋、職業紹介所)から紹介されて来ました」と訪れる。朴訥な感じで、名前も百兵衛というので、何かの縁であろうと主人は即座に雇うことにした。

そこへ二階で一組だけ残って寄り合いをしていた魚河岸の若い衆からお呼びが掛かる。元結を切ってざんばら髪の女中を行かせるわけにはいかず、主人は百兵衛に御用聞きに行かせることにした。

 

「私は百兵衛というこの主人家(しゅじんけ)の抱え人(かかえにん)でございます。ご用の向きを御伺いに参りました」という趣旨のことを言うのだが、バカ丁寧な上に訛りがきついので連中には意味が通じない。その中の物分かりの良さを自認する兄貴分が応対に出て何度も聴く内に、「もしかすると四神剣(しじんけん)の掛け合い(かけあい)では?」と合点する。“主人家”を“四神剣”、“抱え人”を“掛け合い人”と取り違えたのだ。

 

四神剣というのは氏神さまのお祭りのシンボルで、四方の神(青龍、白虎、朱雀、玄武)が剣を持っている図柄を描いた旗のことである。町内が持ち回りで管理することになっており、実はこの河岸の連中が昨年の祭りの当番をした時に飲食し過ぎて予算を超過し、その穴埋めに旗を質に入れたままになっていたのだった。こうした後ろめたさがあったので、今年の祭りが近付き、隣町が旗を受け取りに使者を寄こしたのであろうと早合点したのも無理からぬものであった。

「後で間違いなくご挨拶に上がりますのでこの場は呑み込んで一旦お引き取りを」と言われ、百兵衛、里芋を丸ごと目を白黒させながら呑み込まされる羽目になる。里芋が喉に支えた苦しさから涙がこぼれるが、何とか呑み込み、役目を果たしたかと百兵衛、帳場へ引き取る(この間の百兵衛と兄貴分との会話のすれ違いが聴き所で、演者の芸の見せどころである)。

 

「取り次ぎもせずいきなり他人を座敷に入れるとは怪しからん。店の主に文句を言ってやろう」と再び帳場を呼ぶとまた百兵衛が現れる。連中は吃驚するが、やっと百兵衛がこの店の奉公人と分かり安堵する。

「三味線を入れてパーッとやりたいので長谷川町に住んでいる“かめもじ(歌女文字)”という常磐津の師匠を呼んできてくれ。長谷川町で“か”の字で始まる有名人と訊けばすぐに分かるから。それから四角い三味線を入れる箱を託けるはずだからそれを持って先に帰って来い」と言われ、百兵衛は長谷川町に赴く。

 

場面は変わって長谷川町。尋ね先を失念した百兵衛、「この辺りで“か”の字で始まる有名人をご存じありませんか?」と訊くと「それなら外科医の“かもじ(鴨池)”先生だ」と家を教えてくれる。

先生宅へ行き、「魚河岸の若え方が今朝(けさ)がけに4、5人来(き)られやして、先生においで願いたいとのことです」と用件を伝えると、「何!河岸の連中が4,5人斬られた?どうも荒い奴らでいけねえ。すぐに見舞いに行くからこの薬籠を持って一足先に帰っておいてくれ」と先生が言う。ここでも言葉の行き違いがあったのだ。

 

「行って参りました。すぐにお見舞い致すとのことです。この箱を託って参りました」「ご苦労、見舞いとは粋な師匠だな。でもこの箱いやに小せえね。新型の三味線でも出来たのかな?」。

そこへ鴨池先生が慌てて飛び込んで来る。「怪我人はどこだ?」「え? 先生をお呼びした覚えはありませんし、怪我人なんてどこにもいませんよ」「でもそこにわしの薬籠があるではないか」と兄貴分と先生のやりとりがされる。

百兵衛のミスと知って兄貴分は怒り心頭に発し、百兵衛を詰り始める。「この抜け作め!」「おらが名前は百兵衛だ」「名前じゃねえ、抜けてるってんだ」「どのくらい抜けてやす?」「まるっきり抜けてらァ」「そうかね、“かめもじ”と“かめじ”、たんとではねえ、たった一字だ」。

 

この噺は六代目三遊亭円生の口演が代表的で、現役では十代目柳家小三治がそれを受け継いでいると思う。噺の筋はあまりにも作為的で上出来とは言えないが、二人の高座では、どこまでも素朴で飾りっ気のない田舎者・百兵衛とちょっとおっちょこちょいで威勢のいい江戸っ子・兄貴分のキャラクターがよく表現されていて面白い。

 

料亭“百川”は日本橋の浮世小路(現在の室町2丁目辺り)に実在した、江戸で五指に入る一流の会席料理店であったそうだ。当時、浮世小路は賑やかな飲食店街であったそうだが、今は全く面影を残していないようである。この噺は“百川”の経営者に頼まれて宣伝目的で創られた噺かも知れない。

 

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