#151 飴細工人の苦悩 ~「左の腕」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。


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春先から梅雨の頃に掛けて苦悩した飴細工の老人を描いた「左の腕(ひだりのうで)」という文芸ものがある。江戸時代のことだから苦悩の原因は花粉症ではない。一体、何だったのか?聴いてみよう。

 

相川町の裏長屋に住んでいる60歳近い無愛想な卯助は17歳になる娘おあき(・・・)との二人暮らしで、子供相手に飴細工の荷を担いで売り歩き、細々と生計を立てている。左の腕にはいつも包帯を巻いており、人前で取ったことがない。

冬のある日、同じ長屋に住む板前の銀次が訪ねて来た。彼は独身で父娘とは懇意にしており、何かと二人の面倒を見ている。「とっつあん、商売はどうだい?」「このところさっぱり駄目だ」「そうだろうよ、お前さんの皺だらけの手で細工した飴なんぞ不潔感があって、母親が買わさせはしないよ。ぼちぼち見切りをつけて、俺が働いている深川の料理屋・松葉屋に奉公しないか?おあき坊も一緒に。俺が口をきいてやるよ」「娘はまだ子供だよ?」「いやいや、苦労した分しっかりしてるし、蕾が膨らみかけている、もう大人だよ」「ありがとうよ、それじゃあよろしくお願いします」

 

松葉屋の女将は二人を見てすぐに気に入り、卯助は通いの下男、おあきは住み込みの女中として働き始めた。二人共真面目に働くので女将を始めとして店の者は皆大喜び、世話をした銀次も鼻高々であった。卯助は仕事に精を出した後、家へ帰って一杯飲むという日々に満足しており、甲斐甲斐しく働くおあきは清楚な顔立ちに色香も加わって、客の間でも人気者となっていた。

卯助は腰の低い好人物であったが口数の少ない性質で、奉公人とほとんど会話はせず、彼らの手慰み(仲間内の小博打)の誘いも断るなど、壁を作っているところが奉公人たちに感じられ、唯一の不満であった。「出自は遠国の百姓、左の腕の包帯は昔の火傷の痕で、見苦しいから隠しているのでございます」と言うだけで、多くを語ろうとはしなかった。そして「一人の方が気楽でいい」と言って、誰とも一緒に銭湯へ行かないのも不可解で、懇意にしている銀次の誘いですら断るという頑固ぶりであった。

 

それから2ケ月が過ぎ、春となった。松葉屋へ目つきの鋭い30歳過ぎの男が訪ねて来た。銀次に訊くと、「稲荷町の麻吉という、ゆすり・たかり専門の弱い者いじめの嫌な目明しです。久しく顔を見せなかったのに、何しに来たんだろう?」と言う。麻吉は卯助に声を掛けた。「名前は?」「卯助と申します」「その腕の包帯は?」「若い時の火傷の痕です」「そうかい、俺は火傷の痕を見るのが好きな性質でね。いつか見せてくれよな」。麻吉はせせら笑って立ち去った。卯助は鋭い眼つきをして見送った。

麻吉が松葉屋へ来た目的は、客の旦那衆らが奥座敷で大きな手慰みをしていることを嗅ぎつけ、見逃す代わりに女将を強請り、テラ銭を巻き上げることであった。彼は足繁く奥座敷に出入りし、懐に十手を忍ばせてただ酒を飲み、いつも酔っ払って帰って行った。女将は拒絶することは出来なかった。

 

それから3カ月後、梅雨の候となった。麻吉はおあきに目を付けて口説き、酒の相手を強要するようになり、言う事をきかないと暴れ出すようにまでなった。女将と銀次は心配でならなかった。卯助も注意を怠らず、時にはやんわりと麻吉を諭し、おあきを助け出す一幕も観られた。

ある晩、卯助が銭湯で湯から上がって着物を着ようとした時、麻吉が入って来て左腕を掴んだ。麻吉の執念が銭湯を突き止めたのだ。いつも包帯が巻かれている辺りに四角い桝形の入れ墨があった。前科者の烙印であった。「若え時に博打で喰らい込み、こんなお仕置きを受けたのです。今はまっとうな人間になっております。皆には黙っていて下さい。お願いします」と卯吉は頭を下げた。麻吉は「娘のおあきはいい女だね、俺の好みだよ」と交換条件を匂わせ、にたりと笑いながら卯吉の腕を放した。

 

3日後の雨の夜、銀次が卯吉の家をドンドンと叩いた。「松葉屋へ賭博の賭け金を狙って押込み強盗が入り、皆縛られている。おあきちゃんも麻吉も縛られている。押込みは5、6人位だ。俺は縄を解いて先ずはとっつあんに知らせに来たんだ」と銀次が言う。これを聞いた卯吉は樫の棒を手にして松葉屋へ駆け付けた。

 

帳場の横の納戸には奉公人らが縛られて転がされていた。おあきも居た。匕首(あいくち)を持って掛かって来た見張り役を棒で撲り倒し、卯吉は奥座敷へ向かった。旦那衆が震えながら寄りかたまっており、その中で麻吉が蒼くなって座っていた。奪った金を袋に詰めようとしていた押込みの3人が卯吉に気付き、刃物を持って向かって来た。卯吉は「金を置いて、とっとと失せろ!」と賊を威嚇し、撲り付けた。その時、頭風(かしらふう)の男が「おう、おめえさんはムカデの兄貴じゃねえか?」と驚いたように言った。「お前は誰だ?」「俺だ俺だ、上州の熊五郎だよ」「違いねえ、おめえは熊だ。変な所で出会ったな」「面目ねえ、勘弁してくれ」という二人の会話があって、「野郎ども、刀を収めろ!このお方はムカデの卯助さんという大物博徒だ。俺たちの(かな)う御仁じゃねえ」と熊五郎が言う。卯助が「あっちで娘が縛られて、転がされている」と言い、松葉屋との関わりを話す。熊五郎は慌てて部下を納戸へ走らせた。

「おう、麻吉、今聞いた通りだ。もう入れ墨も隠す必要がなくなった。脅しはもう怖くなくなった。娘に金輪際手を出すな。いいな、分かったな?」と卯吉は凄み、麻吉は体を小さくして大きく頷いた。「こいつは弱い者を苛める十手持ちだ。お前さんのお蔭でふんぎりがついたよ」と卯吉は熊五郎に言った。熊五郎に睨まれた麻吉は縮み上がり、震えていた。

 

「いい人ばかりだったが、ここの奉公もこれきりだ」「済まねえ、兄貴。迷惑を掛けました」「なあに、構わねえ。なまじ俺が弱みを隠したからだ。もう古傷も隠さずに生きることにして、明日から又、子供相手に飴細工を売って歩くよ。子供はいい、飴だけを一心に見ているからね」。屋根を叩く雨の音が一層強くなっていた。

 

上記の筋書きは三代目桂三木助の高座に依った。三木助の専売特許で、落語というより朗読に近いものである。三木助は元博徒であったというからこの作品に愛着があったのかもしれない。原作は松本清張で、時代小説・短編集「佐渡流人行」(新潮文庫)の中に同じ題名で収載されている。2015年にテレビドラマ化され、卯吉を升毅、麻吉を津田寛治が演じ、見応えがあった。

 

【雑学】清張は私の最も好きな作家で、何よりも文章の素晴らしさに惹かれたものであった。“簡潔で、読み手の立場に立った文章を心掛けている作家だ”というのが私の第一印象であった。例えば、長編小説で、読者が事実関係を忘れかけた頃にさりげなく「あらすじ」的なものを挿入してくれる配慮が観られる等である。とかく、難解な言葉で自分のために書いている感の強い、明治の文豪と言われる作家たちの作品に私は懐疑的である。“難しくなければ文学ではない”と言われてきた概念を捨てて、日本人として読むべきそして世界に発信する日本文学作品を100点選定するとすればどんな作品が選ばれるのであろうか? 興味のあるところである。

いずれにしても文章がうまくなりたい人には清張作品の読書をお薦めする。

 

(志賀直哉旧居・奈良 2005

 

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