#150 提灯屋が大関の代役に ~「花筏」~ | 鑑賞歴50年オトコの「落語のすゝめ」

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1956年に落語に出逢い、鑑賞歴50余年。聴けばきくほど奥深く、雑学豊かに、ネタ広がる。落語とともに歩んだ人生を振り返ると共に、子や孫達、若い世代、そして落語初心者と仰る方々に是非とも落語の魅力を伝えたいと願っている。


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3月には近畿に春を呼ぶ4つのイベントがある。即ち、10日にはびわ湖開きがあり、11日には大相撲春場所が初日を迎え(写真 2008年)、14日には東大寺お水取り(修二会)が終わり、23日にはセンバツが開幕される。そして月末には桜が満開になっていることであろう。何か浮き浮きする今日この頃である。

大相撲は、注目の横綱・勢の里が6場所連続の休場となり、来場所に進退をかけることになりそうだ。加えて白鵬も休場し、鶴竜が怪我を押して出場し、なんとか横綱不在を回避したスタートなった。今場所も誰が優勝するか判らない場所となりそうである。いずれにしても充実した土俵を願うことにしよう。大相撲を扱った噺の代表格である「花筏(はないかだ)」を聴いてみよう。

 

現在は本場所が6つあり、相撲取りは90日間仕事をしなければなりませんが、昔は本場所が晴天10日興行の一場所だけで、“一年を10日で暮らすいい男”と言われた楽な商売でした(後に二場所となった)。ただ、収入の源でもあった地方巡業というものがあって、それなりに忙しいものでした。

 

相撲部屋の親方が提灯屋を訪ねて来る。「銚子の勧進元(興行のスポンサー)が大漁祝いにうちの部屋を買ってくれていた。ところが明日旅立ちというのに肝心の人気の大関・花筏が急病に罹って行かれなくなった。ついては提灯屋さん、姿形が花筏に良く似ているあなたに大関の身代わりとして行って欲しいんだが?」という頼み事であった。「歩の良い日当を出すし、病気だということは勧進元へ通しているから相撲は取らなくていい。ただ土俵下で顔だけ見せてくれればいい。あとは飲み食いのし放題をしてくれればいい」という好条件の頼み事であった。

 

提灯屋は一も二も無く引き受け、銚子へ向かった。テレビなどはなく顔は精々錦絵で見る位の時代だったから誰も偽物とは気が付かず、人気の大関を一目観ようと客は詰めかけた。しかも地元の漁師の“千鳥ヶ浜”という素人相撲が本職を次々に負かすということもあって、連日盛況を博した。

 勧進元が親方に相談に来る。「お蔭さまで連日の大入りで興行は大成功で、感謝しております。ところで、客が明日の千秋楽に花筏と千鳥ヶ浜を取り組ましてほしいと強く要望してきました。大関を観ていると、人一倍の飲み食いをし、病人とは思えないので一つ客の願いを叶えてやってくれませんか?」と勧進元が頼み込み、親方は止む無く了承した。

 

親方は提灯屋にこれを伝えた。堂々とした体格で連日本職を投げ飛ばす千鳥ヶ浜に恐れを感じ、尻込みする提灯屋に親方は策を授けた。「お前さんが病気だということは客も知っているから土俵に上がるだけでいい。相手の顔を見ないようにしてハッケヨイ!と行事が軍配を返したら立ち上がって相手の体にちょっとだけ触れ、すぐに倒れろ。やはり大関でも病気には勝てないんだなと客はわかってくれるだろうから」と。

 

一方、千鳥ヶ浜宅では親父がこの取り組みに猛反対で、力試しをしたいと言う息子に、「大相撲には違恨相撲というものがあって、土俵上で殺されたって文句が言えない()(きた)りがあるんだ。殺されないまでも不具者にでもされたら漁師は続けられずお前の一生が台無しになるんだから止めなさい」と諭し、息子は取り組みを諦めることにした。

 

いよいよ千秋楽、期待の大一番に大勢の客が詰めかけて場内は騒然となる。しかし、千鳥ヶ浜は親父の言い付け通り身を隠して土俵上に姿を見せない。が、関係者が探し出して無理矢理土俵に上げる。

仕切りが始まり千鳥ヶ浜が大関を見ると、ふわふわと落ち着きがなく塩撒きなどの所作を一々親方に訊きながらやっている姿に、「俺を侮辱しているんだな」と怒りがこみ上げ、本気になった。一方、ついつい怖いもの観たさに千鳥ヶ浜の顔を観た提灯屋、その物凄い形相に肝を冷やし、「ああ、殺される!よせばよかった」と思わず「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えた。これを聞いた千鳥ヶ浜は「俺を殺す気で俺の為に念仏を唱えているんだな。親父の言う通りにすればよかった」とこちらも「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、両者とも震え出した。

 

おかしな仕切に限がないと行事が軍配を返す。提灯屋が先に立ち、相手の顔にちょっと手を触れると立ち遅れた千鳥ヶ浜がへなへなと倒れた。提灯屋が親方のシナオリ通り倒れようとしたが相手が先に倒れたのでそうもいかず、土俵をぐるぐる回り出した。観客は大関の強さに感心し、「さすがは大関だな。張り手が上手いね」と拍手喝采。

張る(貼る)のは上手い筈です、提灯屋ですから。

 

こんないい加減な話は現在の大相撲には勿論ないが、勧進元というスポンサーに頼り、荒技を見せ物にする興行であったという大相撲の原点が理解できる噺である。相撲協会はこの体質からの脱却を図ろうとしているが道半ばというのが現状であろう。

ところで「ハッケヨイ!ノコッタ、ノコッタ!」は「覇気良い、残った、残った」と書き、「どちらも覇者になろうとする気を持って戦え! まだ勝負はついてないぞ」という意味だそうである。

 

(選抜高校野球・兵庫 2005年)

 

(琵琶湖ミシガン号・滋賀 2011年)

 

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