世界と戦える日本ワイン
チリ、イタリア、スペインなど
日本にはあらゆる国のコスパワインがあるが、
そのどれとでも対等に戦えるコスパ
コストコ価格なら税込1500円すら切るので、
マジで世界と対等以上
味わいは、日本人好みのメロン味。
それも入院した時にしか食べられないような、高級メロン。
〜ワイン選挙 日本編〜
俺は日田の住むY県Z町に向かった。
これまで出会ってきたワイン代表人たちは、どいつもこいつもロクでもなかった。
正直に言えば、嫌な奴らだ。
最近夜眠れなくなってきている。
これもあいつらとのストレスが原因だろう。
駅から歩くこと40分のところに日田の家はあった
周りを緑に囲まれた普通の一軒家。
のび太の家がそのまま20〜30年古くなったような見た目だ。
背後には、耕作放棄されたと思われるブドウ畑が見える。
玄関のチャイムを鳴らす。
「はい〜〜」
出てきたのは冴えない中年のおっさん。見た目は50代くらいだろうか。
しょぼくれてはいるが、切りそろえた髪、太った体にクリッとした目で、人畜無害そうな男だ。
こんな男が、わが国のワインを代表しているのだろうか。
「こんにちは、文央社の中野です。今日はよろしくお願いします」
いつもの挨拶を返す。日田はニコニコ笑って答える。
「いらっしゃいませ。よく来てくださいました。駅から遠かったでしょう。
なんていっても、ここは町のはずれのボロ家ですからねえ。
私もこの家のように社会のはずれ者のボロ雑巾なんですがね。
世間からのけ者にされてると、住むところまでのけ者にされてしまうんですよお」
初っ端からすさまじい自虐っぷり。
胃薬を飲んでおいてよかった。
「あ、日本のワインについてですね」
日田は話し始める。日田の話し方はオットセイとおじさんの話し方のミックスだ。独特の息を吸うようなハナシかただ。
一言で言えば、もう嫌だ。
「もともと、ワインに使われるブドウというものは日本の気候に向いてないんですね。
私のように日本に馴染めない奴でね。親近感が湧きました。
それでね、会社もクビになったことだし、いっちょワイン栽培でもやってみるか、と。似たもの同士の連帯感でなんとかなるかって思ったんですよ」
「結果は散々。湿度が高くて病気にはなるわ、なまじ水と土が豊かなぶん木ばっか成長して実はスカスカだわ、虫は多いわ、ブランド力はないわで、もう散々でした。
結局破産して、こんなんになっちゃいました」
日田が頭の十円ハゲを指差しながら、自虐的に笑う。
「日本ではワインを作れないんですか」
率直な疑問をぶつける。日田は淡々と続ける。
「日本では無理です。だって気候が向いてません。
でもね、日本人はすごいでしょ。食に関する情熱と実績は世界最高です。
舞茸なんて、スーパーに行けば当たり前に売ってますけど、あれは昔は“幻のキノコ”なんて言われてて、養殖なんて絶対無理、って言われてたんですよ。私くらいの世代だと、あんまり馴染みがないんですね。
他にも、“絶対に無理”と言われた無肥料無農薬リンゴ、マグロやイカの養殖なんてのもやっちゃってます。
ワインだって同じですよ。“絶対無理”を乗り越えていますよ。
これからは日本の時代が来ますよ。私も彼らのような日本人になりたかったんですね。こんなタゴサクには無理な話でしたよ」
自虐はスルーして、日本ワインについて聞いてみる。
「日本ワインは凄いって本当ですか」
「本当ですよ。日本ウイスキー知ってますか。日本は後から始めたのに、世界で1番(※1)になって、今や世界5大ウイスキーの仲間入り。
価値も上がって、私なんかじゃ一生買えない値段になっちゃってますからね。
ワインもどこかで世界的に評価されて化けますよ。いつか日本ワインはウイスキーのように世界で取り合いになると、私の霊感はビンビンしています」
霊感……また、いちいち胡散臭いやつだが、言ってることは本当みたいだ。
コスパワインの話を振ろうとしたら、思わぬ脱線をした。
日田は何かが乗り移ったかのように話す。
「ま、私もそんな日本人のようになれると思ったんですがね。私のように頭の先からつま先まで鈍行列車の男には無理な話でしたね。
普通にワイン作っても売れなくて、無肥料無農薬にしたら全部パーになって、
土下座して譲ってもらったブドウ畑もダメにしてしまって。今ではしがないアルバイトですよ」
「そんな私でも、ワイン代表人になれば“何者”にはなれると思ったんですよ。変わらなかったですね。
代表人の話し合いで最後の最後まで粘ってこの地位を手に入れたのに、あいつら別団体を作って、よろしくやってるんですよ」
「フランスはいいですね。ボルドーやブルゴーニュなんか、明らかに美味しくないのがあるじゃないですか。スカスカのアルコール水みたいなの。
それでも高い値段つけて権威っぽいのをかぶせれば売れて、評価されるんですからね。やってられないですよ。
奮発して2000円で買った、賞とウンチクたっぷりのボルドーが、なんの味もしない赤酒水だった時は“もういいや”と思いましたよ」
「……あの、それでコスパワインは」
話を無理やり本題に戻す。
「“コスパ”ってのが何なのかピンとこないですけど、あなたたちは“損をする”のが悪なんでしょうね。
得のために頑張るよりも、損しないために1円でも安く、安くって求めるんですよね。
日本でワインブドウを栽培するっていったら、それはもう戦争ですよ。
大量の害虫、未知の病気、少ない文献、無限に生えてくる雑草。
小規模だから機械も使えません。人間がやるしかありません。私なんかは、それはもう死にそうになって栽培してたんですよ」
また話が逸れるが、迫力に押されて口を挟めない。
「寝る間も惜しんで、パパッとカップラーメンだけ食べて、来る日も来る日もブドウ畑で過ごして、死ぬ気でブドウを守って、なんとか収穫したんですよ。
それでもね、私みたいなのが作れる量なんてたかが知れてるでしょ。
やっとこさ数千本作って、一本3000円で売ったら“高い”“スカスカ”って言って見向きもされない。
じゃあ、いくらで売れっていうんですか?
一年休まず必死になって、3000本作って、全部2000円で売れたとしても600万円ですよ。サラリーマンの平均年収より少し高いだけ。時給換算なら最低賃金以下ですよ。
これに経費や燃料や機械代がかかる。醸造だってタダじゃない。儲けたいわけじゃないんです。ワインを作って普通に生活したいだけなんです。
だからね、苦労の対価ぐらい払ってもらってもいいじゃないすか。あなたたちの好きな“苦労”ってやつですよ」
「野球だって甲子園よりメジャーリーグの方がレベルは高いでしょ。
でも盛り上がるのは甲子園の方じゃないですか。これって“子どものお涙や苦労が好き”ってことなんじゃないですか。
それとも“子どもの苦労”は尊くても、“おじさんの苦労”はどうでもいいんですか?」
「夏場に甲子園を見ていると思うんですよ。
この子達のキラッキラの苦労はビールと一緒に消費してもらえるのに、私の苦労は見向きもされないんだろうって。
欲望に値しないからですかね。あなたたちは、綺麗なもの、安いもの、欲が満たされればいいですもんねえ」
「安さ安さで、他人の付加価値から目を背けつづけた結果、自分の付加価値も見つけられなくなって、安売りの沼にハマっていく。成長を忘れていく。
日本だけが成長しない沼に沈んでいく。上がらない給料に物価高。これがあなたたち日本人の“心の形”ですよお。ウヒヒヒヒ!」
コスパワインについて聞いただけで、これだ。
最後のワイン代表人は、とんでもなく嫌なやつだ。
「あ、すみません、ついつい話しすぎましたね。誰も私の話なんて望んでいないことを忘れていましたあ。
コスパワインについても“お勤め”からの指示ですよね。上からの指示はしっかり聞かないといけませんよねえ。
じゃないと私みたいに首を切られてしまいますからね。私、お勤めしてたことがあるんですよ。
おや、また話がずれちゃいましたね。それじゃあコスパワインを出しましょうか。お・や・す・い・の・を」
〜コスパワイン〜
最低な気分から試飲は始まった。
正直、こんな気持ちでは何を飲んでも美味しくは感じないだろう。
「どうぞ〜〜」と日田が差し出したのは、白ワインのグラス。
口をつけると、懐かしい記憶が蘇った。
昔、学校で嫌なことがあった時、ばあちゃんが出してくれたメロンの味だ。
俺が何も言わなくても、ばあちゃんは察してメロンを切ってくれた。
あの時のメロンは甘くて、涙が出るほど美味しかった。
まさか、こんな奴が出したワインで昔の思い出が蘇るとは。
凛と冷えた果実味の甘みに、メロンの香りが乗って、ワインなのに“和”の世界ができている。
ああ、涙が出そうになってきた
余韻に浸っていたら、日田の声が聞こえて台無しになる。
「逃げてった派閥の人が置いてったワインなんですがね。定価で1800円。店によっては1500円すら切るらしいですよ」
マジかよ。このクオリティの日本ワインで、その値段?
普通にスペインやイタリアとも張り合えるコスト・パフォーマンスの高さだ。
我が国のワインは、こんなにも凄いことになっていたのか。
「よかったですね。お・や・す・くワインが飲めて。これからもお安くワインを楽しんでくださいね。ウヒヒヒヒ!」
ワインは美味しいのに、代表人どもはつくづく嫌な奴らだ。
最悪の気分でオフィスに帰った。
〜オフィスにて〜
うなだれている俺に、先輩が「どうした」と声をかけてきた。
「先輩、俺はダメなやつです。俺みたいなのが1円でも安さを求めるから、日本経済はダメになっちゃったんです」
そう言って一部始終を話した。先輩はやれやれといった様子で話し始める。
「あのな、安さを求めるのは世界共通だぞ。
それにな、“値付け”ってのはそんなに簡単じゃない。信じられないほど複雑な計算と話し合いの果てに値段は決まるんだ。
一概に全て消費者のせいじゃない」
「でも、でも。俺みたいな奴のせいで日本経済は、日本ワインは——」
涙目になりながら先輩へ話す。
「あのな、そりゃ確かに少量生産だと値段は高くせざるを得ない。
だが、消費者だって“こだわり”や“努力”にはお金を払うようになっている。
日本は造り手も消費者もレベルが上がっている。
これからは、魂を込めて良いものを造れば、高くても売れる時代なんだ。」
——なら、なんで日田は廃業したんだ。
そう思いかけたが、先輩の説得にだんだん落ち着いてきた。
「だいたい、日田のワインが売れなかったのは値段のせいじゃないぞ。事件を起こしたからだ」
「じ、事件!?」
俺は驚いて先輩に顔を向ける。
「日田は昔、仏山の家に爆弾を仕掛けてな。“日本ワインを宣伝してくれないと爆破するぞ”って、門をぶっ飛ばしたんだ」
——何やってんだ、あいつ。
「仏山の配慮で前科にさえならなかったが、日田は“肥料から爆弾”を作ったから、肥料や農薬を購入できなくなった。
その後、無肥料無農薬でブドウを作ろうとして壊滅。
ワイン代表人に無理やりなっても、あの性格で皆は離れていき、別で“日本ワインの会”を作られる始末。
そうやって今の日田の状況ができたんだ」
「自業自得じゃないですか」
——俺は八つ当たりされていたのか。
いろいろあったが、いよいよ明後日がワイン選挙本番だ。
一体何が起きるのか、不安になってきた。
取材をとおしてワインはもっと好きになったが、代表人どもは嫌いだ。
もうワイン派閥や代表人に関わるのはこれっきりにしたい。
無事に選挙が終わりますように。
〜最終回、世界一のコスパワインに続く〜










