こんばんはニコニコ

真夜中のアップになってしまいました💦
起こしちゃったらごめんねー!


さて、気だるい月曜日が始まりましたね_(-ω-`_)⌒)_
次のお休みを楽しみに、今週も頑張っていきましょう!

今日は前回からの続きになるんですが…


長いです!!

前回はコチラ↓↓↓
胚移植後、ショッピングモールでしばらく過ごして、仕事上がりのダンナさんと待ち合わせしました。


でもパスタ(お店)じゃなくて家で鍋をしたいと言うので、マックのポテトを買ってソファに掛けてポリポリ食べていると、いつものようにお義父さんから電話が…キョロキョロ

金曜日は突然お誘いしてくることがあるので、

「今日は断ってね〜💦」

と小さい声で言ってたら、どうもそうじゃないらしい。


ダンナさんの様子から、少しただ事じゃない感じが伝わったけど、内容を聞く間もなく、次にお義母さんと話すダンナさん。


なになに!?なにがあった!?ポリ(   ˙༥˙   )ポリ


と気になりながらソフトクリームも頂いた(๑´👅`๑)🍦 


そしたら、電話を終えたダンナさんから

「ばあちゃんが救急車で運ばれたらしい。」

と聞きました。

内容はこんな感じ↓

老人保健施設に入ってる90歳になるおばあちゃん(義母の母)が、なにやら救急車で運ばれたらしい。

お義父さんとお義母さんは飲酒してる為、お義母さんだけタクシーで病院に向かった。

だから、お義母さんの帰る足がないから、迎えに行ってやってくれ

との事でした。

お義父さんは興奮した様子で、言ってる事がちんぷんかんぷんで、そんな大事な事よりも、
「なんで兄貴さんたち(義母の兄たち)はこんな時にかけつけないんだ!!!」
と文句を言っていたらしく、そんなことはどうでもいいから!!とダンナさんが返していたニコタラー

とりあえず一旦家に帰り、そこから車1台で病院に向かった。

こんな時の赤信号はすごく長く感じる…。


そしてよくつかまる🚥🚗 アセアセ


ようやく病院に到着すると、お義母さんが歩いてきて、
「今検査してる。」
と言いながら、運ばれた部屋の前の待ち合い室まで案内されました。
そこで付き添って来てくれたホームの職員さんに挨拶をして、静かに待つこと数分。


ようやく家族への説明があり、義母、ダンナさん、私、職員さん2人も中に入って、症状や検査結果を聞きましたアセアセ


結果は、粘っこい痰が詰まって苦しがっていたのと、少し肺炎の影が見えるということで、しばらく入院になりました。


そこで聞かれたのが延命治療などについて。


今はすぐに死に至るような緊急事態とまではいかないけど、痰が原因で呼吸困難になったら挿管したりすることがある事や、いつ肺炎などで突然!ということがあるかわからないので、もしもの時、延命をどうするかを話しました。


お義母さんは
延命治療はしない
一択でした。


挿管もしない、心臓マッサージもしない、緊急手術などもしない。

自然と迎える死をそのまま受け入れる覚悟を決めての決断でした。


その後、おばあちゃんのところに行くことが出来たんですが、なんとか会話もしたし、少し安心はしました照れ


だけど、結婚前から時々会っていたおばあちゃん。

「神様のおかげを飲んだら元気になるよ!お神酒をやろうか!」
と言いながら無理やり出されたのがウェルチェのぶどうジュースだった!とか、あれ持っていけ、これ持っていけと、果物や甘納豆をくれたり、娘(お義母さん)に向かって「クソババァ!!」と怒っていたおばあちゃん‪w


そんなおばあちゃんの痴呆は進んでいき、体が細くなって、自分の意志と関係なく、口をもごもごさせながら、忙しく頭を動かしていました。。


そんなおばあちゃんを見たら心が締め付けられ、涙がボロボロと零れましたえーん


25歳の時に実の祖母を亡くし、去年の9月に大叔母を亡くし、そして今年6月に、父親的存在で、私の赤ちゃんを誰よりも楽しみにしてくれていた親戚を亡くして…


もうこれ以上、人とのお別れは
辛すぎる…

どうかおばあちゃん、十分に長生きだけど、もう少しだけ待ってくれんかな?

曾孫が出来るまで、元気でいてくれるよね?


そして手を握りながら、この手が義母たちを育て、畑をたがしやながら、ダンナさん兄弟の子守りをしてきたのかと思うと、おばあちゃんの人生がとても濃いーものだったんじゃないかと思い、また涙が溢れてしまいました。。えーん

マスクの中は鼻水の洪水でダムができ、涙が垂れるか鼻水が垂れるかの瀬戸際でした。。🤧


私は声をかけました。


「おばあちゃん、キツかったね〜。」


そしたら…










ばあちゃんじゃねぇー!





ฅ(๑⊙д⊙๑)ฅ!!





元気じゃないか!!!



そこにいたみんな、少し笑ってしまいました笑い泣き


おばあちゃんはきっと小さい頃から、故郷の山を駆け回り、すごくおてんば娘だったんだろうと思います!


それはお義母さんも受け継いでいて、筍のなる時期は、滑り落ちそうな山の斜面をホイホイと歩いていき、筍を掘ってきます。


今では若い子は住まないだろうと思うほどの山の中で生活してきたおばあちゃん。


でも、土砂崩れや災害を心配して、今私たちが住んでいるこの家をお義母さんが建てて、そこで義祖父母たちが生活していました🏠


「○○(地名)に来て良かったね。
ばあちゃんも良かったし、私も良かった!
ありがとうね。」


お義母さんはこれで最後になる覚悟で声をかけていました。


このまま入院した後、一切家族も会うことは出来ません。


次会えるのは、元気になってか、亡くなってか…ショボーン


本当に、コロナというやつは、たくさんの人に残酷な事をたくさん与えてくれました。。


その後、お義母さんを送っていき、かなり遅い時間から夕飯の買い出しに出ました。


その時に、私の思い(上に書いたような内容)をダンナさんに話しました。


すると、運転しながら、ヒクヒクと泣き出したダンナさんえーん


今まで会いに行くことを後回しにしていたことの後悔や、初めて大切な人の死の覚悟を感じ、ボロボロと泣いていました。


「泣いていいんよ、こうゆう時は。
でもね、まだ亡くなったわけじゃないやん?
亡くなって後悔するのと、今気づくのでは、ぜんぜん違うよ!
今気づけて良かったね。
大丈夫よ、おばあちゃん、たぶん元気になると思う!!

よし、鍋食べよう!!!」


と、2人で泣きながら励ましました。


あれから連絡はないので落ち着いてるんだと思いますニコニコ


胚移植の日におばあちゃんの最後を覚悟させられた日


輪廻転生とか生まれ変わりとか言うけど、失う命もあれば芽生える命もあって、そうやって回り回って自分たちがいることや、大切な人の死を何度も見送り、最後は自分も返っていくことを考えると

命って…とても難しくて儚いものなんだな…

と感じました。

私たちは今、命をつくり、生み出そうとしてる。
そして、見送る覚悟をする命もある。


今年1年、たくさんの命の尊さと向き合いましたショボーン


コロナウイルスで、悲しい別れをした人もたくさんいた

大切な人の死

知人や芸能人の自殺。とても悲しかった


2人の友人のお父さんが、立て続けに亡くなった

胚移植、小さな命の可能性は本当に儚いものだった

いつか迎える死別


たくさんの命を考えさせられました。

そして現実的な話。

おばあちゃんがいつか入るお寺の話。
そしてお義母さん自身も、延命はしなくていい、入るならここのお寺が良いという話。
私たちもいずれ入りたいと思ってるお寺の話。


今後について、リアルに話しました。
でも、こうゆうの大事ですね。
亡くなってからでは遅いし、すごく大変になるので、お義母さんから希望を言ってくれて良かったです。

願うのは、またおばあちゃんが元気になって施設に戻れることだけど、これからの現実を話すチャンスを与えてくれたと、受け止めるようにします!


あーーー暗い話になってしまってゴメンなさいチューアセアセ

大切な人に会っていない人、時間を作ってでも会いに行ってくださいね!

後悔ほど自分を苦しめるものはないので!!



今日もかなり長文を最後まで読んでくれてありがとうございました!

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