GEMの解散発表から一週間が経った。

 

 

この件はいろんな角度から語れそうだけど、今回は「エリート主義の終焉」という観点から語ってみようと思う。

 

 

アイストのエリート主義については、以前にスト生が廃止された時の記事に書いた。

 

 

 

 

スト生は「4人に1人」しかメジャーデビュー出来ないという、非常に厳しいアイドル養成所だった。

 

そして、その“1人”のエリートを集めて作られたのが、GEMである。

 

スパガでもチキパでもなく、アイストのエリート主義を最も色濃く反映したGEMの解散。

 

それは、アイストのエリート主義の終焉を象徴しているのかもしれない。

 

 

 

先の記事に、

 

 

今回のスト生の廃止。

 

それは、「アイストの滅亡を示唆しているのか?」

それとも、「アイストの古い体制の終わりを象徴しているのか?」

 

その答えは、これからの未来が教えてくれる事でしょう。

 

 

…という事を書いたのだけど、残念ながら今回は前者の道を辿ってしまったのかなと。

 

また、同記事にはこんな事も書いていて、

 

 

「単一的な種よりも、多様性のある種が生き残る。」

 

ダーウィンじゃないけれど、今回のスト生の廃止は、エリート思想に走り、多様性を失ったアイストという種の絶滅を示唆しているのかもしれません。

 

 

思い起こすと、GEMはあれだけの人数とキャリアがありつつも、メンバーの個人仕事にはまったく恵まれなかった。

 

所謂ライブアイドルというフィールドの外で、グループをアピール出来るメンバーがいなかった事も、グループを縮小させてしまった一因の様に思える。

 

それこそ、スパガの浅川がGEMにいたら、また違った状況になっていた事だろう。

 

 

 

 

確かに、彼女達のパフォーマンスは凄かった。

 

歌とダンス、それにストイックな姿勢も。

 

その姿には見惚れたし、憧れたし、尊敬もした。

 

でも、共感する事は少なかったと思う。

 

パフォーマーとして完璧過ぎるがあまり、人間的な弱さや欠点、未熟さやコンプレックスが見え難くなっていたのかもしれない。

 

そういった弱点を時には晒し、時には乗り越えてみせるからこそ、私みたいな凡人は同じ人間として共感し、感情移入をするのだけど、GEMは違うアプローチを取っていた様に思える。

 

完全なモノを仰ぎ見るのか、不完全なモノを愛でるのか。

 

アイドル観は人それぞれなので、どちらが良い悪いではない。

 

ただ、結果としてGEMは解散する。

 

 

 

 

 

・スターウォーズが描くもの

 

話は変わって、最近見た『スターウォーズ 最後のジェダイ』という映画もまた、「エリート主義との決別」を描いた作品だった。

 

 

 

 

詳しく話すとネタバレ&長くなるので、手短に言うと、今回のスターウォーズは「誰もが物語の主人公になれる」という事を描いてる。

 

そもそもスターウォーズという映画は、「何者でもない青年が宇宙を救う英雄になる」という話から始まった。

 

だからこそ、世界中の何者でもない人々の心を捉えたわけだけど、回を重ねる毎に神話的なモチーフが入ってきて、段々と“エリートの話”になってしまったのだ。

 

本作はその流れを断ち切り、スターウォーズの原点に立ち返ったのである。

 

 

 

この「誰しもが物語の主人公になれる」というテーマは、何もスターウォーズが率先して訴えているわけではない。

 

最近のアメコミ映画を見ても、主人公が女性だったり、黒人だったりする。

 

仮に主人公が白人男性だったとしても、脇役に違う人種のキャラクターを入れて、ダイバーシティを担保する映画も多い。

 

そういった多様性を肯定する映画が増えているのは、より多くの観客に見て欲しいという商業的な要請でもあるのだろう。

 

だが、それ以上に、世界が分断し格差が広がる中で、せめて映画の中ぐらいは公平で豊かな世界を見たいという観客の願いが反映されているのではないかと、個人的には思う。

 

 

 

 

 

・スパガのセンター

 
最後にまた話は変わって、スパガの話。
 
年が明けてから、今年のスパガの展望を考えたりする事があるのだけど、重大なポイントになりそうなのが、「夢梨のセンター起用」である。
 
超絶カラーをピンクに変更し、高校生にもなる今年は、彼女にとって勝負の年になるし、その上で彼女のセンター起用は大いに期待される事だろう。
 
そして、夢梨のセンター起用は、何も夢梨推しに限った願望ではない。
 
多くのスパガファンにとっても、待望なのではないだろうか。
 
 
 
夢梨は元々のアイドルとしての才能に加え、真面目でストイックな性格、幼少期から芸能活動を始め、スト生出身でもあり…と、能力的にも経歴的にも、あみたの後継者に相応しい人間だ。
 
故に、オールドファンは夢梨にあみたの幻影を重ねてしまう。
 
長らく不在になっていた女王の帰還は、かつてのスパガの再現というノスタルジックな喜びを喚起し、スパガの再興という救世主としての役目も期待してしまうのである。
 
 
 
…だが、本当にそれで良いのだろうか?
 
確かに、あみたがスパガの女王として牽引した6年間の功績はとてつもなく大きい。
 
しかし、その一方で、彼女は並外れた責任と重圧を一人で背負い続け、半ば挫折する様な形でグループを去った。
 
あの重荷を再び夢梨に背負わせて良いのだろうか?
 
そもそも、あみたと同じ道を辿る事が、果たしてグループの進化になるのだろうか?
 
 
 
ここで1つ想像して欲しい。
 
例えば、蛍がセンターになったらどうなるか?
 
彼女には夢梨程の才能はないのかもしれない。
 
アイドルとしてのキャリアも乏しい…というか、スト生出身でもない。
 
でも、だからこそ、彼女がスパガのセンターになったら大きな意味が生まれる。
 
「何者でもなかった少女が、スパガのセンターになる」
 
それは夢梨がセンターになるのとは違った意味で、ポジティブなメッセージを発信出来るはずだ。
 
 
 
 
 
そもそも、SUPER☆GiRLSというグループは、12人の何者でもない少女達から始まった。
 

 

 

 

そこに、当時は地方アイドルに過ぎなかった幸愛と、GEMを落とされた浅川と内村が加わる。

 

 

 

 

特にアイドルの養成所に通っていたわけでもない素人の集団が、他所から来たアイドルを受け入れ、挫折を味わったアイドルも受け入れて、ここまでやってきた。

 

あみたとピンク色が最初から特別だったわけではない。

 

それはスパガが成長していく過程での変化に過ぎない。

 

 

 

 

第3章におけるリーダー就任と卒業によって、あみたの存在は神格化し、ピンクは特権的な色になってしまった。

 

だが、あみたの幻影を追い続けたところで、幻影は幻影でしかないだろう。

 

私が見たいのは、あみたの影ではない。

 

あみたの影を忘れさせてくれる、新しいスパガの姿だ。

 

スパガが本当の意味で前に進む為には、あみたという存在すら過去にして乗り越えていかねばならない。

 

 

 

あみたはスパガを去った、そして、スト生は消滅した。

 

これからスパガが4期生を募集するにしても、もうスト生出身の正統後継者は現れない。

 

であるならば、スパガを一番最初の原点にまで、引き戻しても良いのではないだろうか。

 

誰もがセンターを目指し、誰もがセンターになる可能性があった…あの頃のスパガに。

 

 

 

夢梨が1人でグループを引っ張る姿よりも、蛍と2人で切磋琢磨しながら、グループを盛り上げる姿を私は見たい。

 

性格も資質も、まるで正反対の2人だからこそ、この2人なら良いライバル関係を構築出来るだろう。

 

そこに、しおりんや、るなちゅーが加わっても面白い。

 

どのメンバーも主役になり得て、お互いを刺激し合える様な、そんなエキサイティングなグループ…考えるだけでわくわくする。

 

 

1人のスーパーな少女に頼る時代は終わった。

 

これからは誰もがスーパーな少女になって、1人1人が戦う…SUPER☆GiRL“S”の時代なのだ。