(「祖父の顔」からの続き)

 

 祖父が居なくなっても気にかけなかった伯父夫婦ですが、祖母まで居なくなってしまった事に慌てて、親戚縁者に片っ端に訪ねたのです。

 

 まさか勘当された義妹の家に居るなんてと思ったのですが、もしかしてと思い義伯母が訪ねてみると、孫を遊ばせている祖父母を発見したのです。

 

 この義伯母は世間体を極度に気にする人で、「娘の家で世話になっている事が世間に知れたら格好悪いでしょ」と言う理由で連れて帰ろうとしました。

 

祖父は嫌がったのですが、父に「義姉さんもこのままでは帰れないでしょうから今日のところは義姉さんの顔を立てて戻って下さい」と説得されて渋々帰って行ったんだそうです。

 

 たった1ヶ月程ではありましたが、母は嬉しかったでしようね。それを許してくれた父にも感謝した事でしょう。だって、勘当されてから約10年。久しぶりに親子の生活が出来たのです。

 

 それも独り占め出来たのですから。しかも、夫と我が子も一緒にね。父も母に対する感謝の気持ちがあったのでしょうね。ほんの罪滅ぼしのつもりだったのかも知れませんが・・・。

 

 この後父は祖父が借りている畑の小屋の隣に小さな家(四畳半)を建ててあげたのです。祖父母はそこに数年住んでいました。伯父夫婦もそれには文句を言わなかった様です。

 

 しかし、何故に祖父と伯父は反りが悪いのか。これには悲しい過去の事件が尾を引いていたのではないかと推察する次第です。ちょっと本筋から逸脱する事をお許しください(手短にな)。

 

 伯父は次男として生まれたのですが、長男は祖父の兄に男子が無かった事で、兄の家を継ぐ約束になっていたのです。だから長男と次男の名前には一が含まれていました。

 

 伯父は実質長男であると言う自覚と責任感を持っていたのでしょう。家が貧しかった事もあり、尋常小学校を卒業するや働いて家計を助けていたのです。過酷な重労働をしていた様です。

 

 ただ、頭は良く目先が聞く人で、同年代と比べて稼ぎは相当だった様です。また父から聞いたのですが、花札賭博の名手で、負け知らずだったらしいのです(神の様なイカサマ師)。

 

 当然、恐い顔の連中との修羅場も数多く潜って来た人なのです。顔は甘いマスクでボクシングで鍛えた喧嘩の技と屈強な肉体はその当時の女性の心を鷲掴みにしたんだそうです。

 

 その息子(従兄)はそれを受け継ぎ、女子高生のハートを鷲掴みしたんです。俳優を目指した程です。映画やドラマにも出演していました。

 

 私は若い頃、その従兄と似ている言われていたのですよ(でもお前は全くモテなかったよなニヤリ)。やかましいムキー。それには理由があんだよプンプン

 

 この伯父は親兄弟姉妹の為に必死で働いていたのです。

 

 母に聞いた話ですが、ある日ヒヨコを数十羽持ち帰り、育てていたんだそうです。玉子を産ませる為か食用にする為か、商売目的か自家用かは定かではありませんけどね。

 

 母はだんだん成長するヒヨコを見るのが楽しみだったそうです。伯父も大事に育てていた様ですね。成長して来ると羽毛が胡麻塩柄になって来たので、母は胡麻鶏と呼んでいたそうな。

 

 どんな鶏だったか写真を見せると、ほぼ間違いなくプリマスロック(マサチューセッツで品種改良された卵肉兼用種)と言う鶏種の様です。

 

 

プリマスロック(母が言う胡麻鶏?) *写真は借物です

 

 因みに、このプリマスロック種から突然変異で生まれた白色プリマスロック種の雌と白色コーニッシュ種の雄と掛け合わされた交配種は、肉用鶏種の皆様も御存じブロイラー種です。

 

 ついでに鶏の起源について次回お話しましょう(オイオイ、手短にって言ったろムキー)。い~じゃないの。どうせ誰もうちの家系の話なんて興味無いって(まぁ~好きにしろやムキームキー)。

 

 次回、鶏(ニワトリ)の真実が明らかに・・・(なんじゃそれムキー)。 

 

(つづく)

 

 

 

 

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