2018年4月8日放送

 

そう、もちろん強烈・強大・絶対的に大きな意味があったと、僕は捉えていますよ。とは言え、確かに証人喚問の場には次々とお猿さんたち…て、そもそも前日までの国会質疑の場にも、政府与党である自民党さんからは次々とお猿さんたちが登場し、厳正なる国権の最高機関としての国会を徹底的に盛り上げ、馬鹿馬鹿しくも凄まじい余興の世界に私たち国民を誘ってくれてはおりましたが…ね。

あっ、誤解しないで下さいよ。僕が連中を“お猿さん”と呼ぶのは、決して顔が似てるとか仕草が猿みたいだと揶揄してる訳でも何でもなく、お猿さんたちが演ずる猿芝居に等しい…と言いたいだけなんですから。お猿さんほど可愛い訳でもないし…。

 

僕が言う“猿芝居”とは、「広辞苑」にもある通り、猿に衣装やかつらなんかを付けて芝居の真似を演じさせる見世物に過ぎないという意味でして、同じく「広辞苑」に於けるこの用語の解説・第二項に書かれている、「すぐに見透かされるような、浅はかな企み…」そのものを演ずる質問者が次々と登場して、何を目的にそんな質問や発言を繰り返すのかが、解り易いほどに解り易かったし物…、その延長線上に今回の証人喚問もあったのだと見れば良いだけの話なんだという意味です。

 

猿にもいろいろありまして、強面こわもての猿から、「ちょっと逝っちゃってる…」としか言えない類いのお猿さんまで、一生懸命ネクタイ絞めて高そうな背広をまとい、何とか政治家を演じようと頑張ってましたが、如何せんそこは猿。株主総会での総会屋さんと勘違いして演じてしまっていた方もいらっしゃったようですね。残念!

そもそもが、野党の国会議員も含めて国会質疑の目的を見失っているのが、この国の特徴であるのも歴史上の厳然たる事実なのではありますが、このような国家犯罪を疑わざるを得ない事案に直面すると、鮮やかにそれが浮き彫りとなるようです。

 

つまり僕が言いたいのは、頭のテッペンから爪先まで法と社会的正義の支配下に身を置き、その中での正当性を唯一の根拠として自らの主張と疑義、賛同、又は広く国民全体へ呼び掛けていくのを責務とする国会議員が、確かな証拠はあるのか…とか、書き換えや捏造があったとしても、それが必ずしも結果への影響があったとは言えない…などといったスタンスで自分の解釈や空想、意見を述べるのは、稚拙としか言えないからです。そもそもが「法の支配」という言葉は、法律の字面ではなく精神にあるのですよ。その法律の条文が書かれた背景には、その精神をたっとぶ敬意が含まれています。抜け穴を見つけてもらう為にその法律がある訳ではないのです。

ましてや社会的正義という言葉は、もっと重いものです。だからこそ、そこに求められている究極の条件とは、その人間が持つ良心に辿りつくことになります。猿たちには到底理解も共感も出来ないであろう、人間だけが持つ哲学とも言えるでしょう。

[佐川 なにがし]氏の証人喚問に対して、「どうせ真実を語る訳はなく、刑事訴追の恐れがあるので証言は拒否します…の連発になるのは判り切っていたこと。だから野党議員はパフォーマンスの為だけにやったんだ…」とシニカルに切り捨てる声も少なくないようですが、いえいえ、どう致しまして。かの人物は、徹頭徹尾、法の支配という厳しい拘束の中でろくむべき国家公務員という立場に居ながら、究極の目的である“法の精神”も、社会的正義という人間の“良心”すらも持ち合わせていなかったことを証明した訳です。つまり「人間」ですらなかった猿が、モノの見事に人間を演じ切って、財務省というエリート官僚の巣窟とすら評される組織のNo.2にまで上り詰めたのですから、見事な猿芝居…と拍手を送りたいぐらいです。

 

同時に私たち国民は、もっと他の官庁にも人間の皮を被った猿どもが大勢居るのだろうと理解し、警戒すべきだ…との警告と警鐘を受けたことを忘れてはいけません。併せて、証人喚問の場に自民党から質問に立った丸川なんちゃらとかいうオネエちゃんについては、彼女が第3次安倍内閣に於いて、何をどう間違えたのか知らんが「環境大臣」兼「内閣府原子力防災特命大臣」とか言う大層な肩書きを名乗っていた際に、放射能汚染地域に関する除染の数値目安について、「年間の空間線量1mSv.以下なんていうのには何の科学的根拠もなく、民主党政権時代の環境省が勝手に決めたこと…」なんてな出鱈目を思いっ切り口にした時から、僕は彼女を「丸川…とか言うオネエちゃん」としか呼ばないことにしてましたが、そんな嘘を堂々と、のうのうと口にする人間を大臣と呼べという方が無理ってもんでしょう、違いますか?

そんな彼女が久し振りに表舞台に登場して、昂揚感に溢れてはいたようですが、やはり、実に見事な猿芝居を演じて見せてくれましたね。

しかし、もう一匹の猿との掛け合いの中で、鮮明に私たち国民に伝わったものがあります。この二匹の猿は精神なき法律をもてあそび、社会正義とはほど遠い、あくまでも個人的な事情と目的のみを優先したプロパガンダによって、私たち国民の眼を眩ますことが出来ると踏んでいたようですが、さすがにそれは無理と言うものでしょう。猿芝居は猿芝居にしか過ぎず、よく仕込まれた芸であればあるほど、鮮明にあらかじめ訓練した相互の役割もシナリオも伝わってきましたよ。

しかし、そのシナリオは、舞台を終えた後の関係者によるリアクションまで詳細に書かれていたようで、官房長官から党の幹事長に至るまで、示し合わせた通りのコメントを発するというご丁寧なものだったようです。でも、それってやっぱり、やり過ぎってもんでしょう。

何よりも、いくらおごそかに舞台を整え、それに対する評価と総括をもっともらしく取り繕ってみたところで、頭隠して尻隠さずの喩え通り、当日彼の補佐人とかを務めていた熊田弁護士さんは、あの小渕 優子元・経産大臣の政治資金規正法違反事件の際に、事務所のパソコン・データをドリルでぶっ壊してまで証拠隠滅を図ったであろう事実も、同様に甘利 明元・経済再生担当大臣に賄賂を渡しました…と、贈った側が認め、告発していた件で刑事告発されていた明々白々の斡旋利得罪の疑義すらも、楽々と乗り越えてきた凄腕弁護士さんで、言わば政府御用達の切札的存在の方ですよね?

何故にそんな方が、自民党員でもなければ、今や国家公務員でもなくなった佐川さんの顧問弁護士として補佐人などを務めているのか、少し考えただけで邪推も勘繰りも、するなという方が無理というものです。違いますか? 当然、彼へのギャラは、佐川さんの個人負担で払われているのでしょうね? つい先日まで国税庁長官に君臨していた佐川さんですが、是非とも彼の所轄税務署は見落としなきよう、来年の申告時には今回の支出に対しての綿密な調査をお忘れなきよう、お願い申し上げます。

 

いずれにせよ今回の証人喚問によって佐川さんは、もう一つの真実を私たち国民にあからさまに見せ付けてもくれました。それは、証人喚問が開始される直前まで、少なからずの国民は彼に半ば同情もし、土壇場で吐露されるかも知れない彼の良心に期待もしていたと思います。ここまで追い詰められた彼の、国家公務員としての矜持に期待もしていたのかも知れませんね。

しかし彼は、モノの見事にそれらの期待を一蹴してみせました。お見事です。しかしそれは、ある意味で彼の真の正体を明かした瞬間でもあったのだと、僕は受け止めています。つまり彼は、幹部クラスの国家公務員としては途轍もなく運が悪く、その立場に置かれてしまった以上、否も応もなく従うだけしかなかった悲劇の登場人物かと思っていましたが、それは完全な見立て違いだったようです。そう、彼は確信犯として己の役割を理解し、公務員としての自分ではなく、その後も含めた彼個人の人生とを天秤にかけた上で発言も行動もしてきたのだと、僕は強く確信しましたよ。

同時に、昨年も徹頭徹尾、野党の議員に対して挑戦的且つ愚弄する態度を見せ付けた国会答弁に終始していましたが、証人喚問に際しても全く同様でしたね。そう、彼は心の底から現在の野党がお嫌いのようです。あの、鼻でせせら笑いながら人を小馬鹿にしたような対応が全てを物語っています。野党の皆さん、それはあなたたちが最も強く感じているのではありませんか? だとすると売られた喧嘩です。徹底して買うべきではありませんかね?

偽証罪でも、国会侮辱罪でも何でも結構です。彼は確信犯のようですから、当然そのことすらも視野に入れて証人喚問に臨んだのでしょうから、野党の皆さんは、目一杯彼の期待に期待に応えてやって欲しいものです。