山の頂を目指す登山部。はたして、何のために坂道を上るのかである。本来、スポーツの祭典中、もっとも地味なのが登山部の活動である。各校、一列に並び隊列を乱さず、頂を目指す。とはいうものの、一日で山頂に向かうのではなく、途中のキャンプ場で一旦日没までにキャンプで体を休め、明朝いち早く、山頂をめざしアタックするのである。日本の山、富士山以外の高山では、通称何日かかけて登るのが普通である。そのための訓練にもなるといえばなるが、学生時代の登山は、あくまで競技大会。主なる採点法は、天気図などをラジオを聞いて書く、筆記試験とただただ体力勝負の登山と一概に二部門にわかれるが、どちらかといえば、際ある者たちにバトンタッチといいたいところであるが。すべて採点基準となるメンバーの資質。それが最高だぜというかんじではなかろうか。常に下山部の訓練を実施してきた私たち下山部は、当面上り坂に弱く、下り坂では、馬になって突っ走て家に帰る。というかんじであった、そんなときにやはり、登山には弱く、常に上っている最中に後ろからくるパーティーに道を譲る。これを繰り返しているうちに最後ビどうしの出っとひーとーがくりひろげられていく。採点は、のちに追い越された分の減点法。我が同氏の中では、唯一、天気図を書く才能ある者がいた。そこで、得点をなんとか得て、なんとか、どん尻には、なるまいと必死であった。県内代表校として、上位二位までが、その上の関東大会に出場する権利が与えられた。無論、私たち下山部では、辞退するまでもなく。非常に厳しい立場にたたされていたのは、結党以来、当たり前のようでしたね。シェーんパーイタチからの教えも何のその。常に身をもって体験した、経験上の理論では、キャプテンは、常に隊員たちの道先案内人の任務を果たし、最後尾の副キャプテンは、隊列が乱されないよう。細心の注意をはらいながらも、一番弱い部員の動向に沿うよう、キャプテンと常に連令しながら歩くことで、そうした中のパーティーは、一進一退。このことは、山に登る際のおきてである。たつたひとりの置いてきぼりもできず。そこは、自分たちの足だけが頼りになる。朝晩の寒さは、冬だけにとどまらず。突然の悪天候には、スコールのような雨にもなんども経験するうちにこれは、いかん。というわけで、自然の猛威を切々とすることを後継者たちに伝えることも任務となれば、やはり、冬の時代の登山は、ご法度。それこそ、なにがおきるかもわからず。しかし、なんのために登山をするのか。そうです、山の頂に立った時の気分爽快感。それを味わうことだけがすべてといっても過言ではないということですね。ならば、政治の世界観に置き換えてみれば、そこが、ヒントになるのではなかろうか。すべての国民をけん引する立場に立った時に初めて経験する。それが山の頂に立った時に経験するのと同じ。それ以上上には登れない。しいては、山から下るだけである。そこにしがみついていてもいたしかたなく。しからば、一旦降りて、もっと高い山に登ろうとする。そんな欲求がそこに山があるからだと聞くと。なるほど、とは思うが本来、どの位置にいても、パーティーだけが主体となれば、みんな、楽しく夕べのひと時を過ごせるのではなかろうか。1986年、日本にもハレー彗星が来た、なんと核は、黒色で二つあるというのだ。半径十五キロの大きさで、二つになっているということは、これは、理論上。地球の四十六億年後の姿と同じかもしれない。そう思った時には、次回、地球にちかずいてきたときには、もはや、彗星というよりは、流れ星になって地球の表面に小石程度の鉄鉱石が落下してくるのかもしれませんね。あぁ無常、あの時になんとかしておけば、という思いは、誰にもあるだろうと思う。それが、常に最新の今とは、人知れず。ありがとうございます