1、異次元
それは、突然、そして、不思議な体験の始まりでした。
私は、2014年から 患ったリウマチにより、動くことができなくなり、35年近く従事した総合病院の看護師を引退していました。次々と使用する薬への抗体化により、症状は進行し、
関節の腫脹と痛みの炎症反応で、2メートルでさえ杖なしで歩けないほど、苦痛を強いられていたのです。
仕事を辞めてからは、しばらく、じっと朝(リウマチは朝がつらいのです)をこらえて、少しずつ動き出します。先の見えない未来。痛みと変形のために動けず、衰えていく筋肉。そして、その先には、死という経過を思い、「鬱」という心理も体験しました。
動けない窓から見える庭の木々。その奥に広がる青い空。輝く陽の光。流れていく、プカプカ雲。風に触れたい。土に触れたい。太陽の陽射しを体に吸収したい・・・。長い間の病院勤務は、自然を感じる体感を 制限させ続けてきたのでした。
心は、すぐに決断しました。後は、身体に「動くから頑張れ」と、伝達するだけでした。毎日、土に触れ、日差しを浴び、空を仰ぎ、植物や昆虫、カエルに話しかけ、「人間論」などの自分の思考を自然に聞いて頂く。私の身体は、まだ痛みがありましたが、心が元気になり、
笑顔が戻っていたことに気づいたのです。
そんな、夏のある日です。
インターフォンの画像に不思議な人物が映っています。不思議な人物とは、私に似ている人物で、薄く二重に重なっても見えました。その日、なぜか、家の中を撮影したくなり、スマホで撮影すると、大きな、とても大きな白いオーブのような煙のような画像がいくつも撮れました。さらに、ラップ音、子供の足音、子供が描いたような絵、窓越しに宙に浮く愛らしい妖怪の姿。いったい、何が起きているのか、恐怖を感じました。
これまで、そのような神霊体験や現象を見たこともなかった私が、私の目の前に、視覚的
聴覚的に不思議現象が現れているのです。テレビで放映されている心霊現象なるものは、全てトリックで科学的に証明可能なものであると、信じてきた人間です。何の呪いかと、不安が増強し、霊能者を尋ねました。
「この白い煙は、『霊団』と言うもので、霊の団体です。悪い霊ではないので、除霊の必要
がない」と、言うのです。
その日を境に、雲や木々や花々、大地や衣類や壁、家の外装、電化製品、キャッシュカード、紙幣、ありとあらゆる物質に、人間であり象であり、猫であり犬であり龍であり、様々な姿や表情が浮かび、それらは、問いかけに動くのです。思考し、表情を表出するのです。
「森羅万象」この言葉の意味が、すんなりと私の心に溶けていくのを感じました。
この日本には、古くから「八百万の神」を崇め、太陽や木々や大地や水など 自然の恵みに感謝し、慈しんできた古よりの想いを感じた瞬間でもありました。
そのような、ある日、青く広がる空を、西から東へと大きな白い雲の塊が、流れていきます。「ん?」 「えーっ??」 「こんな話、聞いたことも見たこともありません。」
その空には、2014年に急逝された医師の姿そのものが、「涅槃」という状態で、浮かんでいるのです。何度見ても、その人物なのです。
ー これは、私が、彼の記憶を消せないでいるための 幻覚なのか?
とも思ってみたのですが、何度見ても、その人物で、こっちを見て、笑っているのです。
夫が近くにいたので、そう見えるかと、聞いてみましたが、その答えは、「見えない。」でした。
家族にも認識できない、私だけの現象。
戸惑っている暇はありませんでした。私の過去を全てご存じのその人が、反省と償いの気持ちを、声にし、そして拝みなさいと言います。私は、毎日、朝から夕まで、仏壇の前で手を合わせ続けました。さらに、壁に浮き上がる存在たちとのコミュニケーションが続きました。
私はいたって真面目です。
しかし、家族には、壁と話す私は、異様であり、妄想者に思えたようなのです。県立の精神科病院に受診しました。家族の希望でもあり、私にも知りたい情報を得る目的でもありました。私と同様な症状で受診した患者がいるかどうかを確認したかったのです。
「見える」「聞こえる」「相手の意志が伝わってくる」。ところが、残念なことに、私と同年代と思われる、その精神科の医師は、「全く始めてであり、聞いたこともない。」と言います。
そして、脳波、CT、MRIの所見でも 問題ないとの判定でした。これは、迷宮です。
次は、お払い、祈祷、神社巡り、警察への相談、仏閣相談会。これは、新聞社かな?と
考えてみました。が、しかし、この現象が、決して、私に災いを起こしているものでは、なかったのです。
それどころか、すっかり、痛みも腫れもなくなり、歩けるし、座れるし、日常に何の支障もないのです。動ける悦びを知りました。痛みを忘れ、歩けるのです。あれほど、様々な「高額最新薬」で、下降しなかった検査データが、正常範囲を示していたのです。
これを、「奇跡」と呼ぶべき事態だと 感じました。
