波平(なみだいら)河豚夫は不二家に寄ると一番小さなホールケーキを買った。
今夜はXマスイブだ。親子四人には贅沢なケーキだと河豚夫は思う。バタークリームではなく生クリームだぞ。そこに甘王と呼ばれるルビー色の苺が散りばめられていた。
「ただいま」
帰宅すると妻の舟にケーキの箱を渡した。
丸い卓袱台の真ん中に舟がケーキを置いた。他にカーネルサンダースのフライドチキン、ローソンのサンドウィッチ、ロッテリアのドーナツ、何の事はない。舟は何も作らないのだ。
四人で乾杯した。河豚夫はビールで他はバヤリースオレンジで。
「今夜のプレゼントが愉しみだな」と長男の喝男が云った。
「愉しみだね」と長女の馬鹿芽も云った。
だが喝男も馬鹿芽も何を貰えるのか薄々感づいていた。夢のガラケーだ。電話にメールも付いているし、そ、それにカメラも。凄いよ。文明の利器だね。最新のガラケーを持てば学校で自慢できる。
「お兄ちゃん、Xマスて何の日?」
「知らないのか馬鹿芽。偉い人の誕生日だ」
「偉い人って誰?」
「アレクサンダー大王だよ」
母親の舟が笑った。
「やれやれ喝男。よそで喋らないでね。Xマスはクレオパトラの誕生日だよ」
父親が真面目な顔で云った。
「波平家の知的能力が疑われる。よく覚えて起きなさい。クリスマスは近松門左衛門の誕生日だよ」
「近松かぁ!」
「流石お父さん!東京馬鹿田大学を卒業しただけはある」
舟が河豚夫を濡れた瞳で覗き込んだ。
「今夜はお父さんに私からXマスプレゼントがあるの」
舟からのプレゼントプレゼントプレゼントプレゼント.......ひょっとしたら赤いサンタのコスチュームで布団に入って来るではないか?ミニスカートの。ひひひひひ。
アニメのお陰で波平夫婦は老夫婦のイメージを植え着けられている。しかし河豚夫は54歳であり舟は50歳。現役バリバリである。
河豚夫の松茸はビンビンであり舟の赤貝はぬらぬらである。
今夜は♫長崎から舟に乗りたっぷり出した♫をやるか!
この原稿は23日の午後ベッドの上で書いた。病院の。晩飯はなし。絶食だ。この原稿は23日の深夜に自動更新される。
イブの午前中に4度目の癌の手術を受ける。終わると身体中を管に繋がれて身動きできぬからベタ返しは出来ません。身体を管に繋がるれのは生きてる場合だ。
諸氏は美味しい料理を食べワインやシャンパンで乾杯してプレゼントを交換し楽しいイブを過ごして下さい。生きてる時しか楽しめないよ。
浮き世の馬鹿は生きて楽しむ。
もし生きていたら、またお会いしましょう。それまでサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
人は必ず抗われぬ暗闇に吸い込まれる。それまでは黙々と生きるだけだ。byシルベスター・スタローン