今から40年ほど前のお話です。
当時、まだJリーグなどは存在せず、サッカーは日本においては、マイナーなスポーツでした。
その頃、なぜかNHKは、当時からサッカーワールドカップを放送しておりました。ただ、全てBSたったはずです。
私などは、一切見ていなかったのですが、スポーツを観るのもやるのも好きな私の弟は、どっぷりはまっておりました。
ヨーロッパと南米のサッカーの、戦術の根本的なちがいなどを熱く説明されましたが、何のことやらさっぱりわかりませんでした。実際、私の周りでも、サッカーを話題にされることは、まずありませんでした。
それから数年後に、Jリーグが創設され、サッカー人気はガラリとかわりました。私が忘れられないのは、新婚間もない頃、例のドーハの悲劇がありました。
このとき、私の地方は、テレ東がネットされていなかったのですが、この試合の中継は、よりによって地上波はテレ東だったのです。
ただし、BSではNHKが放送されたのです。この頃はまだ、BSもそこまで普及されておらず、地元のサッカーファンは、真っ青になったのです。
私の先輩もそうで、突然電話がかかってきて、私の家で見せてほしいというのです。と、いうのも、私はBSと契約していたのです。
先輩からは、えらく感謝されましたが、残念ながら、結果はあの通りで、試合終了後の落ち込みようは、見られたものではありませんでした。
それが今では、日本はワールドカップの常連となり、地上波でも普通に見られるようになりました。私が忘れられないのは、開催時に日本の試合と私の出張が重なった時のことです。
日中の恵比寿の街が静まり返っており、人の気配が少ないのです。あれには驚きました。しかも、あちこちから歓声が聞こえてくるのです。ビルのなかで実況を見ている方々の歓声でした。
今年も、来月からワールドカップが始まります。三笘の心中を思えば、やりきれないものがありますが、まずはベストエイト、出来ることなら、ベストフォーで躍動する日本を見たいものです。