ロレンツォとエリーゼが、虚空に聳える石造りの牢獄で共に過ごしている頃、同じ王城の一室では、月を背にしたその塔を満足げに見上げる女がいた。この国の王妃である。
「さあ、王、処刑の日はいつになさるのです?」
冷たそうな薄い唇を少し上げ、王妃が振り返った。王の寝台に横たわった人物は、うっすらと目をあけ、体を起こす。こけたその頬からは生気が消えうせ、落ち窪んだ眼窩から、鶯色の瞳だけが異様にギラギラとした光を放っていた。
「お前の好きにするが良い。そんなことより、さあ、カトリーヌ、早くこちらへ・・・」
王の返答に満足したかのように、王妃は漆黒のドレスの裾を揺らしながら、王の寝台に近づいた。天蓋からかかる赤紫色の布を、青白い手でゆっくりと引き寄せ、寝台に腰をかける。シーツがゆるやかに沈んだ。王妃の、ダイヤの指輪の嵌った指を、王がゆっくりと撫でる。
「ああ、カトリーヌ、わしはお前といると昔の活力が蘇ってくるようだ・・・あの情熱、欲望が・・・」
王妃は微笑んで、王の白髪を、まるで幼子を可愛がるように撫でた。
「ええ、王、わたくしの言う通りになされば宜しいのです。全てわたくしの言うとおりに・・・」
「カトリーヌ・・・」
王は目を閉じ、深呼吸をした。細く、不規則な呼吸だった。
「では、ロレンツォ王子の処刑は明朝、日の昇る前で宜しいですわね?」
王はもはや目を閉じ、力なく寝台に倒れこんだ。それを承諾ととり、王妃は嬉しそうに立ち上がった。
* * *
月は中空を冷たく照らしていた。虚空に聳える塔の牢獄で、ロレンツォは、傍らに横たわるエリーゼの、絹のような肌に指を滑らせ、目を閉じた。
「エリーゼ・・・僕のために、こんなことになってしまって・・・本当にすまない・・・」
エリーゼは驚いたように目を開き、体を起こした。
「いいえ、ロレンツォ様のせいではありません。わたしが、無理を言ってあなたの国に来てしまったから・・・」
エリーゼは悲しそうに目を伏せた。ロレンツォは大きくかぶりを振り、彼女を抱きしめた。
「ああ、エリーゼ!あの日、僕がもっと注意を払っていれば・・・。まだ見ぬ未来の僕の后が、こんなに可愛らしいひとだと知っていたら・・・!王妃は君の美しさが妬ましいんだ。もう、僕の国では若い女は日中外を出歩かないんだ。王妃の目に留まったら最後、城から生きて帰ったものはいないのだから」
ロレンツォはエリーゼの薄紅色に輝く頬に手をおいた。
「一体、どうしたらあの王妃を倒せるだろう?そうしたら、君にかかった呪いを解いてあげられるのに!」
「まあ、そんなことを仰ってはなりません・・・いつ、どこで王妃様がお聞きになるか・・・」
「だが、あの女が来てから、この国はめちゃくちゃだ!このままでは父上の命も危ない!」
「ロレンツォ様・・・」
「王妃は、僕が邪魔なんだ。僕は、あの女にたて突いてばかりいるからね。だが、このまま大人しく処刑されてたまるか。この国と・・・そして、君のためにも!」
ロレンツォの瞳に強い光が宿っていた。エリーゼは、透き通る湖のような瞳でロレンツォを見つめる。そして、ロレンツォの手に、優しく自分の両手を重ねた。
「・・・ロレンツォ様。では、わたしにも、何かお手伝いさせて下さい、わたしなら、お役に立てるはずですから」
彼女のささやき声は、月明かりの中に溶けて消えていくようだった。
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