じんぞうさん | 量子場調整®☆自由に生きるためのザ・最終手段!

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先週の白金台でのセッションは、安倍晋三  



ではなく、

心臓が弱い傾向の方が多かったですが



今日のセッションは、

腎臓がお疲れの方が多かったです。



セッションって、似た傾向の方が集まるようですよ困った



腎臓を酷使してしまう方の傾向は

働き過ぎ、がんばり過ぎのところがありますが



その背景には


自分の立場やからだを度外視して、

人や仕事に尽くしすぎてしまう

愛を与えすぎてしまう自己犠牲的な精神


があるのだと思います。



それでは

なぜそこまで自分を犠牲にするかというと



自分自身が存在していることの申しわけなさ

というものを、強く感じます。



そこには

過去への悔い、罪の意識、恥の気持ちが

見受けられます。




なぜあの人を守れなかったのに

わたしが生きていていいんだ


なぜなにも出来なかったのに

存在することが許されているんだ



といったように、過去へ意識が強く傾いています。


(安倍晋三さんには見習ってほしい意識です…)



空間として、過去は自分自身の背後にあるので

過去のことばかりに意識が傾いていると
からだにそのことが反映されて

腰が引き気味だったり(恐れを表すこともあります)

肩や下半身が重くなったりします。



重い過去からくる重い身体を抱えているので

疲労感は、人一倍感じるでしょう。




なので、物理的に腎臓の疲労を解放し

機能を回復するようアプローチするのも効果的ですが




「なぜわたしなんかが存在して良いのか」


という、前提としている考えを

覆すアプローチが効果的です。



それから端を発して、つまりそれが動機づけとなり

自分自身の存在を無価値化して、

尽くす、貢献する、働く、誰かのためになる
ことをしゃにむに目指す
というパターンを形成し

気づいたときには

からだはぼろぼろに悲鳴を上げている



と、いう結果になってしまうのです。




じんぞうさん…腎臓

なんてひたむきでけなげなのだろう。




わたしなんざ、休みたいときは休む

疲れたらなるべく仕事を入れないようにしているので

そういう方の爪の垢を煎じて飲んだ方が良いくらいです!



と、いうことで

腎臓を酷使してしまうじんぞうさん

腎臓が悪いわけではなく、腎臓はむしろ被害者で

腎臓を酷使してしまう世界観にメスを入れた方が
腎臓のリカバリーには良い
というお話でした。



かんぞうさん



ひぞうさん



しんぞうさん

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