本格派ミステリー作家として評判の高い夏樹静子さんも、その明晰な頭脳と
落ち着いた風貌からは想像もつかない失敗をしでかしている。
パリのリヨン駅に小説の取材に行った夏樹さん、ふととなりのホームを見ると、
「青列車」の名前で数々の小説の舞台となっている
「ル・トラン・ブルー」が停まっているのを発見。
鉄道マニアだったら見ただけで泣いて喜ぶところ
だが、彼女はミステリー作家である。持ち前の好奇心
がムクムクと頭を持ち上げてきた。
フランス語のアナウンスがなにやらいっている
ようだが、夏樹さんは気にも止めずに列車に乗り
込んで、あちこち観察し始めた。
すると、突然、列車がガタンと動き出したでは
ないか。同行していた編集者もホームで真っ青になって
あたふたしている。
「たいへん、どうしよう」
この列車は、3時間ノンストップで国外まで
突っ走るのである。幸いドアが手動式だったので、
スピードが出る前になんとかこじ開けてホームに
飛び降りることができた。
発射前にベルを鳴らして、ハイボリュームでアナウンスしてくれる親切な国は、
日本ぐらいなものだ。
備考:この内容は、1994年1月5日発行 KAWADE夢文庫 ユーモア人間倶楽部:編
「世にも恥ずかしい人々Ⅱ」より紹介しました。
