この本を読んでから、ふつふつと内容に沿った記憶や感情を思い起こすようになりました。今回はそれについて記録します。



足あと足あと足あと


そういえば結婚してこのかた、ずっとずっとずっと思っていたんですよね。

婚姻届にサインして苗字が変わったけど、夫の所有物になった覚えはない!

でも、「苗字が変わる」ってそういうことだったんだ……とじわじわ実感しはじめています。結納や結婚式の意味も。


「女は男の所有物」って概念があったこと、この本を読んで初めて知りました。

知ったというか、言葉として認識するようになったのが初めて。体験や実感としては確かにあって、「言われてみれば!」という感覚。いざ言葉にして認識してみると、分かる分かる。これまでのあらゆる感覚と繋がります。

「概念」なんてぼやっとしたものに留まらず、しっかり法律としてもあったんですね…
この本で取り上げられていた「姦通罪」は衝撃でした。結婚した女が夫以外と性的関係をもつと罰せられるけど、結婚した男が妻以外と性的関係をもっても不問になるという。
続く「無罪判決が出た性暴力事件」もなかなかにひどい。実父や面識のない男から性暴力を受けたとき、相手に伝わるように女が抵抗しなかったという理由で男は無罪。泥酔させられたり長年虐待されていたにもかかわらず。しかも前述の姦通罪は明治時代の話だけど、この判決は2019年のもの。めちゃくちゃ最近じゃないですか。

法律って弱者救済のためにあると思っていたんですけど、どうもそうではないらしい……むしろ、弱者をより弱者に、強者をより強者に追いやってしまう機能があるらしい……ここでの弱者とは女性・子ども・被害者、強者とは男性・親・加害者。女性の身体で生きていて弱者になりかねない身としては、ひたすらぞっとする話です。(なりかねないというか、もう既になっているのかもしれませんが……)

こうやってやばさを書いてみるものの、共感できるのは女性なんだとか。男性は「自分の娘や妹が」と置き換えてみないといまいちピンとこないらしいです、本書によると。明日は我が身として共感したり理解するには至らないと。なぜなら生まれながらに強者側だから。つくづく世の中、不公平なんですね……

世の中で共有されている暗黙の了解が、結構な以前から「女は男の所有物」だったなんて。ハッキリと言われることがなくてこれまで知らずにいたけど、あえてハッキリ言われなかったのかも。不都合な事実だから疑問を持たないように、考える材料を与えないように、抵抗しないように、飼い慣らされてきたのかも。と思わずにはいられません。もしくはあえてハッキリ言うまでもなく「普通」のことなのかもしれないけれど。

で、で、そう捉えると合点がいくこと、いっぱいあります。

パー夫を尊重して敬う、いわゆる「立てる」のが妻の役目

パー夫の実家を妻の実家よりも優先する

パー家庭の方針は夫実家の方針に準ずる

パー結婚後、妻は仕事に就かず家事に専念する

パー子どもが産まれたら育児の全責任は妻が負う

パー子どもが産まれたら妻は常時子どもと過ごす

パー子どもが3歳を過ぎるまで他人には預けない

パー子どもが小学生になるまで妻は一人で外出しない

パー夫は仕事にのみ専念、家事育児は妻の役割

パー夫の世話も妻の役割、夫は実質妻の長男

パー夫が家事育児に手を出すと出世しない

パー夫に家事育児をさせるのは妻失格

……と、あたかもトーゼンのごとく夫が思っていたこと!

トーゼンなので議論の余地なんてありません。
「なんで?」と疑問や異を唱えると、「そういうものだから」という反応をする。「そんなことすらできない(知らない)の?」と呆れられて、「そうしてもらわないと、家が成り立たないよ」とため息をつかれる。でも、本当に疑問だし違うと思うこともあるし、こちらとしては納得のいく理由を知りたいんです。

だけど、理由なんてなかったんだ、そもそも。

夫が言うように「そういうもの」だったんだ。社会で家庭で受け継がれてきたものは。
いや、それって……かなり生き苦しくないか!? 妻が、女が、弱者が。

変わらなきゃいけない。変えなきゃいけない。せめて子どもの代にはもっと。もっと……具体的にどうすれば?

女にも男と同等の権利を用意しろ、なんて言わない。(上野先生の目指すフェミニストは社会で男のように強く生きたい女じゃなくて、弱者のまま尊重されたい女であると本書にあって共感した。)

ただ、本当に、女性特有の性質に合った環境を。生きやすい世の中を。辛い人がより辛い思いをしなくて済むような法律と行政の整備を。女性で良かったと思える社会の雰囲気を。家族内での納得いく居場所を。

………なんだか、すごくアタリマエのことを並べたように思う。だけどそれがちっともアタリマエではない現状に、結婚妊娠出産育児を経験している身として突き当たっている。いや、もしかすると、どこかにこれがアタリマエな社会があるのかもしれない。私のまだ知らない都会か、田舎か、コミュニティか、あるいは外国か。
でも、少なくとも、私が直面している環境と理想とは、あまりにも遠い。

せめて、自分が今置かれている立場・口に出されずとも求められている態度について、納得のいく説明がほしい。
このような思いから探して手に取ったのがこの本でした。おかげで全然思いもよらなかった「夫(夫実家)にとって理想の妻」のイメージやその理由を知る手がかりになり、自分の今後についても考える機会になりました。

どうやら最大のキーワードは「家父長制」にあるっぽい。理解をより深めるために、これについて書かれた上野先生のご著書を近々読めたらと思っています。

右矢印こちら



「個人的なことは政治的なこと」。
本書にあったこの一文も深く印象に残っています。

上記した内容もすごくすごく個人的なことで、公にするつもりはありませんでした。
だけど実際、個人的だからこそ公に出したほうがいいのでは?と考えるようになったため、ここに記録します。

私は自分が「それってどうなの?」と思ったことを、なかったことにはしたくない。
世の中そういうものだと物分かりのいい顔をして、娘や息子世代にトーゼンのものとして押し付けるつもりもない。

時代の主導権が自分にあるうちに。
もはや「夫の所有物」として主導権がないようでもあるけれど、脳も身体も老いて物理的に主導権を明け渡すよりは、自由のきく今。妻として母として女として、私にできることは、考えて動いていくことだ。




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