0歳からはじまるオランダの性教育〜P90
ドクター・コリー・ショー(https://schoolteacher.nl/programma/de-dokter-corrie-show/)
オランダ公営放送による、子ども向けの教育番組。日本でいうところのEテレの番組、なんだろうけど……
やっぱり私は日本人。読み進めながら実感するに至りました。
扱われるテーマが、もう、目にするだけでそわそわする。こんなのを?週末の夕方、家族がリビングに揃うであろう時間に放映しているの???
すごい、すごすぎる、オランダ。
私の生まれ育った家庭では……絶対に無理。ありえない。チャンネルを変えるか、席を外さずにはいられない。
なぜかといえば、恥ずかしい。
せめて一人の部屋でこっそり視聴するならまだしも、家族と一緒にとか、耐えられない。テレビに注目している自分を家族から見られたくないし、家族が注目してる姿も見たくない。それについて話したくもない。忌まわしい。
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すごい、すごく「性」「性教育」にまつわる偏見が出てきました……自分でもびっくり。ここまで感情を逆撫でされるとは!
本当、とことん、タブーなんですね日本の家庭では。我が身をもって思い知らされます。
「性は汚いこと」オランダの学校では、とにかく気軽に、公平に、堂々と、性について話す雰囲気づくりがされているそう。
日本の一般家庭のように、性について家族間で話すことを避ける家庭もあるらしく。家庭内で話せなくとも学校や友人間では話せるようにしよう!という、子ども一人に悩みや疑問を抱え込ませない配慮が国を挙げてされているそうです。なんて理想的!
そういう文脈で「性は汚いことではない」という表現が何度か出てくるのですが、きっとこれは著者さんが、日本人がなんとなく持っている意識を対比的に表現されているのではないかなと思うのです。
(もしくはオランダでも、性は汚いこと…という意識がどこかではあるのかもしれませんが。)
分かります、その感覚。「性は汚いこと」という認識。自分自身よりも、親以上の世代が抱いている印象が強いかな。
性は汚いことだと親や他の大人が思っているから、話題にするのは極力避けよう…という感覚。汚いことだから話したくない、という自分の感覚はあまりありません。どちらかといえば恥ずかしいこと、かな。
でも、なんで、そもそも、性は汚いこと、なんだろう???
すごくそのあたりを不思議に思いました。言葉は変えつつこの表現が用いられる度に。
逆に日本では、国を挙げてそういうふうに教えてきたのでしょうか?苦言というより、もっと歴史を知りたいなぁと思ったのでした。
性的な「いたずら」これも何度か出てきた表現で、やはりモヤッと感じたもの。
オランダ云々よりこれはおそらく日本語表現の問題ですが。性的な「いたずら」って、いったい何???
文脈的には「同意なき接触」を意味するのでしょうが……あまりにも言葉が軽すぎて。あえて軽くしているの?
同じ違和感は、以前映画『ジェニーの記憶』をAmazonプライムで観たときにもありました。作品紹介に書かれた「いたずら」という言葉。生易しい、子ども的な、単純な…そんな印象をもった紹介文とはあまりにも対比的に、作品で描かれていた「性被害」はあまりにも過酷だったのです。人生がすべて台無しになるレベルの、忌々しい、許されるべきでない罪。これを日本語で表すと「いたずら」の四文字になってしまうのか……と愕然とした記憶があります。
言葉の使い方にも、(主に子どもや女性といった社会的弱者に対する)性犯罪の軽視が見て取れるようで。なんとも釈然としません。
「ノー」は学んで身につけるものいやもう本当その通り!!!
読みながら思わず大きく頷いてしまいました。
ノー(NO)が言えない日本人、とはよく言われるし、自分自身についてもそうだなぁと思います。断ることへのハードルって、なんとなく高い。
「目上の人を尊重すること」ってずっとずっと日本では大切に教え込まれてきたけれど、だからといって「目上の人にNOと言えない」人間性ができてしまったら、これからの時代、社会の流れにすっかり取り残されてしまう。というのは既に肌感覚で分かっている人も多いはず。私もその一人です。
「NOを言わない子は何を考えているのか分からない」とはオランダの校長先生の話ですが、まさに。NOを言わない子(人)ってきっと、何も考えていないに等しい存在になりつつあるんです、世の中で。ただただ目上の人や相手を肯定するだけの存在。
それは支配者層にとっては都合のいいことこの上ないんだろうけれど……下々の者、というか一般市民にとってそれは、やっぱり厳しいことなんじゃないかな、よほどの人徳者が支配してくれないかぎり。
すでにそういう文化風習が根づいているオランダですら「NO」を言えるようになるために教育や訓練が必要なのに、それをタブー視している日本で「NO」を言えるようになるためには?それが受け入れられる環境に身を置くためには?
子ども世代のためにも、いま一度、考えておく必要がありそうです。
ゲームを用いて学びを深める正直なところ、本文の説明だけではいまいちゲームの詳細が理解できなかったのですが……それにしても、知識習得の手段にゲームがあるなんて、いい!
なぜいいのかって、友人やクラスメイトと一緒にわいわいやりながら学べるところ。
横のつながりって大事です、やっぱり。
お互いに理解しあって助けあえること。「似ている」ことも「違う」ことも学べる相手。いざというときの予行訓練や避難先にもなりうる関係性。
大人(親・先生)と子どもの関係だけだとやっぱり足りないところがあるから。加えて、大人から見て「適切でない」情報とか行為って、横のつながりから入ってもきやすいから。みんな揃って、せーので学べるのっていいなぁと思います。



ここまでが日本でいう小学生(〜12歳)相当の内容。これだけの内容が義務化されているなんて、かなり充実しています。
率直に、オランダの性教育を受けてみたい?と自分に問えば……答えはYES!ただしオランダ並みの教育観が生活の場で整っているならば。
生活環境(主に、周囲の大人の意識)が今の日本のまま、この内容を受けたとすると、きっとどこかしらで歪みが生じてしまう気がします。今置かれている状況へより強い反発が起きたり、そのためにかえって知識のあることが煙たがられたり…まさに「目上の人を尊重する」の負の面が出てしまいそう。目上の人からこっぴどく叱られそうです。
どうしてこんなにも、日本では「性」にまつわる話ってタブーなんだろう。
そのあたりの背景を知るにはまた別の本を読む必要がありそうです。
この本で扱われているのはオランダでの実際ですが、読めば読むほど、自分が身を置いている日本の実際まで浮き彫りになるのが興味深いですね。
「性」にまつわる話だけでなく…人間観とか社会性まで違いが見えてきて、その差のなかにこれからを生きていく上でのヒントがあるように思います。
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