学生時代によく通った喫茶店、
狭い入り口から階段を下りた半地下にあって、4人掛けのテーブル席が5、6セットと後は5人も座れば一杯のカウンターの小さな店構えで、ちょっと暗めの照明に北欧調のテーブルセットがよく似合う、小洒落た雰囲気の店だった。
ところが、学校の近くにあったせいなのか、コーヒーや紅茶は社会人価格なのに、ランチが安い。
安い上にそこそこボリュームがあって、しゃきしゃきサラダにあったか美味しいコンソメがもれなくセットで、これで儲かるのかとちょっと心配なほど満足感があって学生に大人気だった。
当初は、エビカレーという、小エビが山ほど…海ほど?入った看板メニュー目当てに通っていたのだが、看板メニューだけあって往々にして売り切れてありつけないことも、
しょうがない、と開拓したのが、オムレツセットだった。
学食でオムライスは食うし、スクランブルエッグもだし巻きも好きだが、オムレツなんてお洒落な存在とは無縁の人生だった。
(……!)
なんてこった、バターの塩味がベストマッチ。
シンプルイズベスト。
マスター、看板娘の嫁さんの付け合わせかと思っていたが、グッジョブ!
うーん、フレンチの料理人はまずはオムレツからってマンガで読んだことがあったが、まさにまさに、こりゃ大事だわ。
※
そんなこんなで、小洒落た洋食屋に入ったならば、まずはオムレツを食うようになった。
ある夕暮れ、駅から会社への帰り道、偶々会社から珍しく早めの帰宅途中の同期の彼女と出くわした。
「よお、もう帰り?」
などと立ち止まって挨拶してると、そこがちょうどラケルの目の前で、折よく小腹が空いていて、すぐに片づけなければならない仕事もない。
「ちょっと飯でも食ってかない?」
割りに自然に声をかけられた。まあ、敷居も高くないし、卵料理が嫌いな女も少数派だろう。
「いいよ」
と、迷うでもなくお返事。幸い予定はなかったようだ。
ラケル、店の名前はギリシア神話の女神からとアナウンスされてるが、実はギリシア神話にそんな名前の女神はいねー、、
だが、女神様、ありがとー
なんか、ちょっと得した気分で夕食をゆっくり食べた。
オムレツも、パンも美味しかったデス。まあ、信心が足りないのか、それともそもそもいない女神なのか、彼女と何か進展があったりはしなかったけども。
※
学生時代に通ったお店は『アンジェロ』、イタリア語で天使。
『ラケル』は出自不明の女神様。
今でも思いつくと、なんかいいことでもないかと、オムレツを食べてみたりする。