アフガニスタンの炬燵 | アフガニスタン便り
2009年02月23日(月) 21時28分36秒

アフガニスタンの炬燵

テーマ:ブログ

こんばんは。児島です。


ここ最近、電気周り、ならびにネットがとても不調で、
アクセス中に接続が切れたり、
更新や読み込みに非常に時間がかかるなど、操作に往生していたので、
なかなかブログのアップができなかった。

今日当たりから、やっとネットの調子が戻ってきた。


ブログのアップが出来ない間に、
サリプルでは寒い日がめっきり少なくなり、
サリプルの中心部のあちこちでアーモンドの花が咲き始め

(これがなんとも美しい花なのである)
春の到来が予感されるような気候になってしまった。



アフガニスタン便り-雪道

            写真:こんな寒い冬ももうすぐ終わる。



冬らしい話題をブログに書こうと思っていたのに
もう、すぐ春になりそうなので、
本格的に春が来る前に、あわてて冬らしい話題を紹介しておこうと思う。



***


アフガニスタンで見られる冬の風物の中で、
日本とあまりに似ていて驚いたものをひとつ挙げるなら、それは炬燵である。


炬燵は、アフガニスタンのダリ語で”サンダリ”という。


アフガニスタン便り-こたつの家03
写真:雑貨屋の店先のこたつ。 写真を撮るまでみんな笑ってたのに、いざ撮影になると、

    みんなすまし顔になる。


写真のように、

路沿いに小さな雑貨屋を構えている人は、
寒い冬、炬燵に入りながら店番をしている。

炬燵のなかは、炭で暖をとっているのが多いようである。

電化したサリプルでは、電熱器を中に入れているケースも多いらしい。

もちろん、炬燵は店番用のためだけにあるのではなく、

日本と同様、主に家の中で使っているそうだ。


写真には、みかんが写っていて、
炬燵とみかん、というこの組み合わせに、

日本の典型的な情景と似ていて、ますますびっくりするが、
残念ながら、写真のみかんは、店の売り物なので、
店番をしながら食べたりはしない。




アフガニスタン便り-こたつの家02
 写真:上の写真とは別の雑貨屋のこたつ。このおじいさんに「入っていかんか」などと言われると、

     もう、誘惑に打ち勝つのが難しいくらいだ。店の周りでは、小さい姉妹が遊んでいた。




ともかく、この写真のような情景を見れば、
アフガニスタンにいることを忘れるくらい、精神が同調してしまう。

私は「炬燵に入らせてもらってもいいっスか?」、と頼みたくなるし、
現に、このときは、「入らないか?」とおじいさんに誘われた。
仕事中だったので、

炬燵に入って油を売るわけにもいかないし、
泣く泣く遠慮した。

つくづく残念なことをした。


サンダリの周りでは、仲のよさそうな姉妹がくるくる回りながら遊んでいた。

昔の週刊新潮の表紙絵、谷内六郎さんの絵のような世界だ。


***


私の事務所で働くスタッフに”サンダリ”について話を聞くと、
サンダリの存在は、ますます日本の炬燵と似ていることが分かる。


スタッフの話によると、
寒い外から帰って来ると、
みんながサンダリに集まってくるらしい。


炬燵で手足を暖めながら、
今日の出来事やら、

近所の人の話、

知り合いのおっさんの失敗談やらをとりとめもなく話すそうだ。


また、夜には、

炬燵に入りながらそのまま寝てしまうこともあり、
そんな朝は、喉が痛くなったりして、風邪をひいたりするということだ。


まったく、私の少年時代と同じである。


さらに、

アフガニスタンでは、ナンが、主食のひとつだが、
ナンは、焼きたてはフカフカでおいしいのだが、
食べ残したりして放っておくと、カチカチになってしまう。
これは硬くて食べられたものではない。
そこで、サンダリを使っている冬の間は、
サンダリのなかにカチカチになったナンを入れて
柔らかくするそうだ。
そして、そのスタッフが子供の頃は、よく、サンダリの中のナンを蹴飛ばして怒られたそうだ。


私事になるが、

私が幼かった頃、私が住んでいたところでは
まだその頃には

ヨーグルトが貴重なもので、スーパーなどでは余り手に入らなかったので、
母は、どこかで手に入れてきたヨーグルトを、大き目のボールにあけそれに牛乳を混ぜ、
炬燵にいれて、とてもせこい話だが、菌を繁殖させて増やしていた。
兄と私は、炬燵で遊んでるうちに、そのボールをよく蹴飛ばしてひっくりかえしてしまい、よく怒られたものである。


この話をしたら、スタッフも、

「サンダリと、その日本の炬燵ってのは、ほんと同じだな」

と言っていた。

また、「サンダリのせいで、みんな怠け者になってしまうんだ」

とも言っていた。
私は、炬燵で受験勉強をするといつも寝てしまっていたことを思い出した。


***


以上、炬燵にまつわる、どうでもいい話であったが、

ひとつ言えることは、
アフガニスタンの一家団欒は、おそらく、かなり良い感じのようである、ということだ。

家族構成も

おじいさんやら、おじさんやら、いとこやらが一緒に住んでいるので、にぎやかそうだ。


こんなににぎやかだと、傍目には楽しそうではあるが、
反抗期にかかった難しい年頃の男の子などは、

大人と一緒にいるだけでも、なんとなく不機嫌になると思うので、

サンダリで、親父や叔父や年上の従兄弟などと一緒にいるのは苦痛ではないだろうか、
サンダリでふてくされて、生意気なことを言って、ひっぱたかれたりしてるのだろうか、とも想像する。

そのあたりの事情についてスタッフに訊いてみると、
「子供はみんな父親や年上を尊敬しているので、そういうことはない」
と言っていた。


この発言には、父権を中心とした家族性への希望的観測もかなり入ってるとは思うが、
それでも、日本とは少し違う、反抗期の少年の情景がみられるのに違いない。


私はどうも、

”反抗期のアフガニスタン少年はどんな思いを持ち、どんな行動をとるのか?”

ということに興味があって、

炬燵の話とは別に、よくアフガニスタン人に質問するのだが、

どれも上と似たような回答である。

そう考えると、

父権の強かった昔の日本の、反抗期の少年はどんな精神生活をおくっていたのだろうか、

という想像もしたくなってくる。



ちなみに、アフガニスタンでの年功序列は
すさまじく徹底されたものである。
もちろん、都会では徐々に崩れているということだが、
我々が調査に行く山岳域の村では、
子供は、まるで、時代劇に出てくる、下っ端の忍者ような扱いである。

その話は、また改めて書きたいと思う。


ともあれ、今度誘われたら、絶対に炬燵に一緒に入れてもらおうと思う。


    アフガニスタン便り-こたつの家の子
 写真:雑貨屋の周りで遊んでた姉妹。ほんとうに楽しそうにゲラゲラ笑ながら遊んでいた。



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