独立型社会福祉士 って何する人?
  • 20Oct
    • 「正しい」より「楽しい」

      おとといの「差し障っていた件」のショックからなかなか気持ちが立て直せず、昨日は、参加予定の会合に行くのをやめて家族の予定に便乗し、伊奈町というところにでかけた。出かける前に、予定通り、会合に参加するのか、予定変更して、伊奈町に行くか、少々迷った。ネットで「正しいことより楽しいこと」と検索すると、いくつかヒットするがおおむね、このセオリーはあっているような気がする。おおむね、だけど。気が進まないのに「こうするのが正しいから」という基準で自分の行動を決めてばかりいると息苦しくがんじがらめでつらいことばかりになるような気がする。反対に、「楽しいこと」を基準にすると自分はハッピーでいられる気がする。ただ、「楽しいこと」だけを選択するためには、ある程度の覚悟や割り切りも必要である。安易な「楽しいことだけの選択」は自堕落につながる。自信をもって選択できる「楽しいこと」である必要がある。ということで、昨日は、自信を持って「楽しいこと」を選択した。たまたま見つけた「コバトン食堂」(コバトンは埼玉県のゆるキャラ)でランチして、伊奈町の田んぼの風景を犬たちとともに満喫した。田んぼは、生命に満ちていた。あぜ道には、実にさまざまな植物が生きていてトンボにバッタにカラス、刈り取られたあとの稲の株まだ刈り取られていない金色の稲田んぼを吹く風・・・・命に満ちていた・・・・・・・あぜ道に座ってぼーーーーーっとしていると何かが充電されていく事を感じた。思えば、故郷熊本では、こういう風景の中で暮らしていた。それから随分長い時間がたっていることを、田んぼの真ん中で改めて感じた。いろいろ哲学的思索にふけるひと時であった。やっぱり「楽しい」方を選択して正解だったよ。

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  • 19Oct
    • 差し障った

      おととい、レジェンド氏からの鳴りやまない電話をもって一日のんびり過ごしていた時レジェンド氏の連続架電のために、大きな差しさわりが生じていたことが昨日判明した。昨日は、フードバンクの活動をして早めに追われたので、そのまま後見の訪問に行ってきた。入所先の施設にいったのだが施設に行くと、職員さんから「何か、荷物ですか?」と不思議な問いかけをされたので???となったが、よく聞いてみたところなんと、被後見人さんは私が都心でまったりしていた時に、突然熱発し、病院に搬送されていたのだった。施設の人が私に電話をするけれど、つながらずさらに留守電も満杯であったため連絡が取れなかった、とそれで結局親族に連絡し、親族が駆けつけて対応してくださった、とのことだった。ガーーーーーーーーーン仕事に差し障っとる・・・・・しかも、親族の方もなんの連絡もくださっていない。いざという時に役目を果たせない後見人に立腹されてるのだ、きった。慌てて電話をして、対応できなかったことをお詫びしたが、心なしかいつもより冷ややかな感じであった。のんきに、「よう電話が鳴り続けること・・・」と過ごしていてはいけなかった・・・・しかし、なんでまた、たまたま電話が激しい日に限って、こういうことが起こるのか・・・しかし、そういう場合の事もちゃんと想定しておかないといけないのだった・・・・・激しく反省。実は、仕事用の電話のほかに、番号を公開していない電話があるので後見関係の関係者には、そちらの電話番号も伝えておくことにしよう・・・というか、最初から番号を二つ伝えて、こちらが通じなかった場合はこちらへ、と行っておくべきだったのだ。浅はかである自分を反省・・・。写真は、施設に行く前に訪問した、別の被後見人さんの入院先の病院のお庭に咲いていたコスモス。このほかにも、赤と白の萩の花やススキもきれいで、しばし秋を堪能したのでした。

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  • 18Oct
    • こんな僕でも…

      おとといは、一日中電話を鳴らし続けたレジェンド氏であったが昨日は、ハタと電話がなかった。こちらからかけてみると、呼び出しなしですぐに留守番電話となる。おそらく、充電切れしてかけられなくなったのだろう。もしくは、もう私には用はない状況になったのかもしれない。そんなことを考えながら、とりあえず、あさイチで飼い犬たちのトリミングとネコのワクチンのために獣医さんに行かなければならなかったので、午前中はそれで大忙しだった。特に、ネコが、保護猫上がりで日ごろはかなりまったりした性格なのに捕獲されそうになると、必死の形相で逃げまどいその途中に糞尿をまき散らすのでとにかく、捕まえるのに気力体力時間を要する。何とかふん捕まえて洗濯ネットに入れ、さらにキャリーに詰め込んだ。アオーーーーン!アオーーーーン!と「殺される!」と言わんばかりに雄たけびを上げるネコだが、糞尿を掃除してなんとかかんとか獣医さんに連れて行った。その騒動がひと段落、既に疲労困ぱいしたところでレジェンド氏に電話をしてみたが、やはり通じず。そのまま、困窮者支援とフードバンクの用事を済ませにでかけた。フードバンクでは、月曜日に大量入庫した寄贈品の仕分け作業を昨日ボランティアさんにお願いしていてそれを確認してきた。完璧にやってあって嬉しかった。困窮者支援の方は、金銭管理サポートをしている人の生活費を、ご本人の保佐人さんが持ってきてくれる日だったので受け取り、請求書や領収書などの事務作業をした。また、物置で寝起きしていたオジサンがアパートに移る日でもあり引っ越しの手伝いなどあったがそちらは有給スタッフがやってくれていた。もろもろ作業を終えて、オジサンのお引越しが無事に済んだか、アパートに様子を見に行った。ハイパーレベルのへそ曲がりな方だが、とりあえず、至極機嫌よく、もろもろ上手くいっており、何よりであった。ホッとしたところに、公衆電話から着信が来た。出てみると、レジェンド氏であった。案の定、充電が切れたのとどこかで充電してもらえたらしいが、画面がフリーズしていてどうしたらいいかわからない、と半べそだった。とりあえず、昨日からの放浪は終わらせて、所沢に戻ってきて駅前のケータイショップにケータイを見てもらいに行くそれからアパートに帰る、ということだった。ご無事で何より、早く帰っておいで、と伝えると「こんな僕でも、支援は続ける?」と聞かれた。当たり前でしょう、何も心配いらないから、早く帰っておいで。「こんな僕でも、支援は続ける?」なぜ、そんなことを聞くのだろう。今までに、「そういうあなただから、支援できない」って言われたことでもあったのだろうか・・・・・とにかく、疲労困ぱいで、よく考えたらお昼を食べそこね、腹ペコも限界を超えていたので晩御飯は近所にラーメンを食べに行った。奮発して、餃子も頼んだ。餃子のお皿の絵柄が可愛く、特に、この鳳凰の目がステキ💕このお皿、どこで買えるのかな。

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  • 17Oct
    • 電話がかかりまくる時

      私は、仕事用の携帯電話の番号をオープンにしているので時間を問わず、いろんな電話がかかってくる。レジェンド氏は電話魔である。基本、電話が多い。時には、朝から晩まで、私が電話に出るまで、延々電話が鳴り続け着信が200件こえることもある。レジェンド氏の前に、ツワモノ氏もいたが200を超えることはなかった。昨日は、本当に激しく、一日中電話が鳴った。電話が多いのは慣れてるから院だけれど困るのは、同じ話の繰り返しで、エンドレスであるということである。エンドレスは本当に疲れる。朝7時から電話が鳴り始めたが、「朝は8時から」と約束してあったので、8時までは放置、8時になったと同時に電話を取った。そして、一通りお話をし、「夜は9時ね」と約束して電話を切った。しかし、切った直後からまた電話が鳴り始めた。仕事用ケータイは、5回コールで留守電になるようにしてあるが朝の8時5分以降、私のケータイは5回鳴っては切れる、を繰り返し始めた。昨日は、個人的に都内に遊びに行く予定で、スケジュールを開けてあった。数か月前に購入してあったミュージカルを見に行くのと、その前に趣味の仏像鑑賞にいくつもりであった。一日、ひとりで、誰にも気をつかわずにのんびりと・・・。レジェンド氏の電話は鳴り続けるが、「夜9時」と約束してあるので、それ以外の時間は(きりがないし)、出ないことにした。それで、午後からの外出のためにとりあえず、家事や必要な事務連絡などを午前中のうちに急いで終わらせた。ケータイはずっと「ブーーーン ブーーーン」と鳴り続ける。とりあえず、構わないことにして午後から、いそいそと都内にお出かけ。まずは仏像鑑賞。六本木のサントリー美術館に向かった。桜が有名な、京都・醍醐寺の展示である。ここの、超有名な「如意輪観音」に会いたいのである。バッグの中では、相変わらずケータイがブーーーンブーーーンと鳴っているがいそいそと会場にむかった。ところが・・・・・がーーーん!休館日だった!・・・・・・・・・・ブーーーンブーーーンとなり続けるバッグを抱え、しばし立ち尽くした私…なんで確認しなかたんだろう、休館日…・・・・・気を取り直し、ミュージアムショップで図録を買い自分をドンマイ!するために併設レストランで、ちょっと奮発してご飯を食べた。京都の麩をふんだんに使ったおいしいどんぶり御飯だった。(うちでも作れそう)バッグがブーーーンブーーーンと言っているのを聞きながら図録をパラパラを観ながら、ご飯を食べた。また、リベンジに来なければ・・・・夕方のミュージカルの時間まで間があったので久しぶりの六本木ミッドタウンを堪能した。でもなんか、しばらく来ないうちにオシャレ感が随分低下したような…それとも、バッグがずっとブーーーンブーーンを言っているので私が満喫できないだけだろうか。日比谷に移動し、夕方からは、ミュージカル鑑賞。相変わらずブンブンなり続けるケータイは荷物とともにロッカーにしまった。ミュージカルは、マリーアントワネットの話であった。遠藤周作の小説が原作である。フランス革命は、国王・王妃の処刑では終わらず、その後泥沼化した。怒りをぶっつけあうだけでは、問題は解決しない、むしろ「連鎖」し、より悲惨なことになる。それは、フランス革命の時代だけでなく、今だって世界のあちこちで続いている。必要なのは、怒りをぶつけることではなく、相互理解のための努力なのである。そういうメッセージのこもった、とても素晴らしい作品であった。そして、昨日は奇しくもマリーアントワネットが断頭台で命を落とした日、その日であった。10月16日12時15分だった、とのことである。それにしても、花總まりさんは、歌も演技もすばらしい・・・宝塚のころからファンだけど、今は歌い方も演技も、各段に本格的になっていてすばらしい。世界に通用するね・・・。やっぱりファンクラブに入ろうかな・・・。そんなことを考えつつ帰路についた。電話は鳴りやんでおり、着信をみると、19時30分前後を最後に本人からの電話はかかっていない。その後、知らないケータイ番号から何度か着信があった。おそらく、電池切れして、だれかのケータイを借りたのだろう。約束の夜9時ごろに公衆電話から電話がかかってきたがちょうど電車の中で、とりそびれてしまった。電車を降りて、本人のケータイに電話をしてみたらコールせずに留守番電話につながった。一応、メッセージを残しておいた。レジェンド氏、有効な電話の使い方を身に着けてくれるといいな。

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  • 15Oct
    • 重たい

      しばらくぶりの更新です。この間の出来事、↓たまにウジ虫が湧く部屋に、やっとヘルパーさん導入成功!フードバンク活動に協力してくださるお寺さん。NPOの事務所花壇に、季節外れの可憐なアサガオが咲き、ストレスたまるとタコ焼きが食べたくなるし、初参加の市民ミュージカルで、無事に「酔っ払いの庭師」役をやり遂げ(笑顔の可愛こちゃんは、主役をやった高校生)フードバンク活動……そして合間に、ラーメン!@カッパラーメンセンターフードバンクに麺つゆを寄贈してくださった、老舗の若旦那、新規の後見の相談で某医療機関そして、アナーキーなオープンダイアローグ実践の場でエンジョイ人相の悪いリストの出会い誕プレに、蔵王権現のフィギュアをもらって大喜び!そんな日々でした。最近、レジェンド氏が荒れていて大変です。うまく行き始めると苦しくなってきて自らぶち壊しにする人、いますよね。ぶち壊すのも本人の自由です。支援者としては「なんだよー!」とも思いますが、「ああ、安定が居心地悪い人なのね」と理解を深め、安定と不安定の絶妙な塩梅を本人とともに手探りしていかなくてはなりません。本人にとって、ちょうど心地よい「不安定さ」。対人援助の界は、本当に奥深いですよね。

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  • 03Oct
    • 「あなたのためだから」は、誰のためか。

      月曜日、困窮者支援NPOの事務所に行ったら、怪しげな封筒が郵送されていた。個人名だが、その住所には覚えがある。だって、その一角は、県庁と裁判所と保護観察所と更生保護施設と弁護士事務所くらいしかないんだもの。県庁、裁判所は個人名出すことないでしょ、そうすると保護観察所か更生保護施設か弁護士事務所・・・何か、やばいことしたのか?私。ドキドキしながら封を切ったら、保護観察所からの手紙であった。以前、困窮者支援NPOで関わっていて、ふっといなくなって、いつの間にかムショに入っていた人が仮釈放の身柄引き受け人に、私を希望しているとのこと、引き受けますか?というお手紙だった。犯罪関係のものなので、いろいろと配慮して個人名で来たんだろうけれど反対に、ものすごくドキドキしてしまった。もちろん、ふたつ返事で引きうけることにした。火曜日は、レジェンド氏のところにヘルパーさんが入る初日だったので生活費週渡しのお届けがてら、ご挨拶しに行った。すばらしい「プロ」意識のあるヘルパーさんであった。このヘルパーさんに決めてくれた相談支援専門員さん、さすが。レジェンド氏には、高いスキルとプロ意識がないと、良好に支援するのは難しいと思う。とっても安心した。で、今日。今日は、本業の後見の仕事。精神疾患が悪化して入院していた被保佐人さんが落ち着いたので、退院のためのカンファであった。会議には、相談支援専門員、ヘルパー、訪問看護、市障害福祉課、市生活福祉課、PSWと勢ぞろい。PSWから「入院は今回で3回目、このようなことを繰り返さないため、支援体制をきちんと整理したい」というようなことが告げられた。ここでまず、カッチーーン★と来た。「このようなことを繰り返さないため」とは何だ。本人だって繰り返したくて繰り返してんじゃなく、繰り返しちゃうんだ。繰り返すのがいけない、って言っちゃうと、本人が辛くなる。繰り返しちゃいけないってことで考えるのではなく単に、「繰り返すかもしれない、だから次にまた同じようなことがあったら、どうするか」、って考えたらいいのに・・・それと、ケースカンファに本人が参加しないこともひっかかった。精神障害のケース会議に本人を参加させないなんて10年、いや20年遅れてる。私が精神障害者施設職員だったころは、もう、会議に本人も参加する、本人抜きで本人の事を決めない、って話になっていたよ。そう思いつつも、田舎の古い病院だから仕方ないとおとなしく話を合わせて聞いていた。それで結局、①本人が受診に行かなくなった(薬が切れた)ことが分かったら、「入院にならないように、早く病院に行こう」と促す。②それでも拒否する場合は、2週間は様子を見て、2週間経過したら、ドアを壊してでもなんでもいいから、部屋に乗り込んで本人を引きずり出して病院に連行する、ということが決められた。そして、それを、本人に約束させる!みんなの前で!と続きそれで、受診を拒否しだしたら「あの時みんなで決めたよね?」と言う!という話になって言ったころからもう、ばかばかしくてやってられない気持ちになってきた。そこで「受診拒否2週間経過したら、病院に強制連行するって、本人に言う必要ありますか?関係者だけで、『タイムリミットは2週間』って共有しておけばいいだけで本人に言う必要ありますか?拒否して2週間たったら、ドア破ってでも病院に入れるみたいなこと言うの、本人を追い詰められた気持ちにさせませんか?」と言ってみた。そしたら、「『入院は嫌だ』という、あなたの望む生活のために必要なことです、っていえばいい」という人がいた。出たっ!「あなたのためだから」攻撃。「あなたのためなんだから」という論法で語られる支援で本当に本人のためであったためしなし。福祉の世界で語られる「あなたのため」は、「支援者の都合」。「あなたのため」という言葉は自己正当化のための免罪符。可愛そうに、私の大切な被保佐人さんは、本人抜きで、いろいろ決め事がされ、「あなたのためだから、という」ということで締めくくられた。やがて、判決を受ける罪人のように、被保佐人さんが会議室に連れてこられた。ご本人が席に着くと、関係者が一斉に私をみた。え??なぜ、私をみるの?支援者代表・保佐人なわけ????ひっどいなー、と思いつつ、私は、ご本人に「入院するといろいろ大変だから、受診はちゃんと行きましょうね」とだけ、告げた。ご本人は、ニコニコしながら、おだやかに、「はい」とおっしゃた。保佐人は、支援者代表で存在するのではない。被保佐人さんを守るために存在するのである。帰り道に、フードバンクへ食料を寄贈してくれると連絡があったお寺に寄った。夕暮れ時の境内の金色の観音様が美しかった。700年の歴史があるお寺である…。

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  • 01Oct
    • レジェンド、そしてニューレジェンド

      そういえば、先週、レジェンド氏の受診に同行した。日本国中を転々としていたため障害者年金が止まってしまっていて、それをどうしても復活したいというご本人の希望のため精神科受診をしている。担当は、若き精神科医。お薬を少し軽くしてもらいいろいろ話をしていてその病院でやっているデイケア・ナイトケアの話になった。そして、そこでは御飯が出る、という話が出た。レジェンド氏が、いきなり話に食いついてきて「お弁当じゃなく、ご飯なの?」「お茶碗を使う御飯なの?」「メニューは? 豪華メニューのお替り自由? カレーもある?シチューも出る?ハンバーグも???」とグイグイ精神科医に押していく。それで、精神科医は、デイケアのスタッフを呼んでくれてレジェンド氏は、とにかく御飯の事を矢継ぎ早にこまごまと確認した。それで、大盛りにもできて、生活保護の人は無料で、カレーもシチューもホカホカの状態で提供されることが分かると、ほぅ~・・・・とため息とともに口をつぐみ、精神科医の目をじっと見つめながらものすごい真顔で「・・・・大願成就・・・・」とつぶやいた。同時に、診察室にいた、レジェンド以外の人が全員吹き出した。しかし、レジェンドは、皆が笑っているのに構わず、真顔のままくるっと私の方を向き私の目を見つめて「ねっ!」いうので、私も「うん!」と答えた。レジェンド氏の幸せのキモは「御飯」だったのである。あの、「千と千尋」で、腐れ神様から自転車が抜けたら、一瞬にして「良きかな~♡」となったように、レジェンド氏は、お弁当ではない「御飯」ゲットで「良きかな~♡」となった。今週からデイケアにお試しで通えることになり、とたんに、レジェンド氏の予測不能な問題行動が落ち着いた。ああ、これで、少し平和な生活になる・・・・・と思ったのだけれど今日、近々、困窮者支援団体の持っている部屋に入る予定の人がこれまた相当なキャラであることがわかってきて今後の展開が楽しみである。多分、新たなるレジェンドを打ち立てることだろう。しゃべっていると、なんだか腹が立ってくる人なのである。どんな話題で話し始めても必ず相手を不愉快にするものすごい技を持っている。困窮者支援では、ゆる~くテキトーにつかず離れず、見守っていればいいから「最高!おもしろいっ!」と面白がりながらやれるからまだいいけどがっちり真正面から法的根拠に基づき対応しなくてはならない生活保護のケースワーカーさんはどんなに大変だろうかとお察しする。でも、本当に面白い。人って、なんて面白いのだろう。ステキ♡写真は、本文と全く関係ない、たまたま通りかかった火事現場の煙と青空の様子。

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  • 29Sep
    • 桜井啓太先生、困窮者支援委員会研修

      今日は、一日、埼玉県社会福祉士会困窮者支援委員会の研修スタッフであった。前に、貧困研究会という学会でお話を聞き、とても印象深かった名古屋市立大学の桜井啓太先生に来ていただき「自立支援の社会保障を問う」というテーマソングでお話しいただいた。〈自立支援〉の社会保障を問う: 生活保護・最低賃金・ワーキングプア5,832円Amazon著者の内容から、最後は、ハンナ・アーレントや先日私も話を聞いたばかりの國分功一郎先生の「中動態」の概念にまで言及され、私が、日々の実践で感じている事や考えている事と同じことを桜井先生も感じておられると、とても嬉しかった❣️明日も頑張ろう!

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  • 28Sep
    • 見つかり、見つけて、新しい奇跡

      ケータイに、ケースワーカーさんからの着信があり折り返したところ2カ月ほど前に、アパートから姿を消したオジサンの所在が分かったという連絡であった。東京を挟んでさらにあっち側の町の病院に心不全で入院したとのこと。重い病気を持った人で、薬を切らすと命に係るので、私たちが必死に都内のホームレス支援団体にも情報提供を呼び掛けて探したりしていたのできっとケースワーカーさんも気を使ってくれたのだろう、(まさか、手続きがめんどくさいから後回しにしていたんじゃないよね)生活保護を廃止せず、休止としてくれていたので病院に救急搬送されて、すぐに連絡がきたのだった。居場所がわかってよかった。なるべく早く時間を見つけて、お見舞いに行かなくちゃ。そして、どうしていなくなっちゃったのか、お話を聞いて体調が戻ったら、帰ってきてもらいたいこと、伝えよう。それにしても、路上で亡くなるなんてことにならなくて、本当によかった。今週は、以前から年金事務所に取り寄せを依頼していた、経歴が全くの謎だったレジェンド氏の障害者年金の過去の診断書が、やっと届いた。ワクワクしながら、読むと物心つく頃から、どんなご苦労があったか、やっとわかった。いろいろなことが、わかった。様々な、特徴的な言動のルーツもわかった。謎の言葉の数々が何を伝えたいものだったのかもわかった。そして、泣けてきた。小さいころからどんな苦労をしてきたのかどんな大人に出会えたかどんな思いを抱えてきたのか・・・・泣けた。それにしても、よくまあ、がんばってここまで生きていらっしゃったもんだ・・・・すごい。たくましい。「何とか楽になりたい」その一心だったんだろうね。「もう大丈夫ですよ」と言える場所になりたい。もう大丈夫ですよ、よくわかりましたよ、あなたのこと。だから安心して、思う存分、レジェンドぶりを発揮してくださいね。絶対つながってるから、大丈夫ですよ。奈良に旅行にいっていた友達がお土産を買ってきてくれた。可愛い鹿さん模様の、布巾。可愛くって、布巾にできない。ハンカチとして使おう。

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  • 27Sep
    • 一昨日と昨日

      一昨日は某企業の偉い人に会いに行ってきた。フードバング活動への協力をお願いするため。企業の方々も社会貢献をを真剣に考えてくださるところが多い。そういう企業に、どうフードバンク活動をアピールするか…動物保護、子供支援、シングルマザー、森や緑の問題、エネルギー問題……星の数ほどある慈善事業の中でどうアピールすると、フードバンクに関心持ってもらえるか、色々試行錯誤である。埼玉の大宮に本社があるウォータースタンド株式会社の本多社長はおそらく企業のトップから見ると拙く心細くでも必死な私の営業活動を哀れに思ってくださったのだろう、協力を約束してくださった。なんて素晴らしい方だろう。皆さま、ウォータースタンドの浄水器、とてもすばらいしですよ!我が家でも愛用しています。ぜひお申し込みください。https://waterstand.jp/西武百貨店に続き、私たちのフードバンクに大きなチャンスをくださってのだ。これをきっかけに、頑張りなさい、という事だろう。西武百貨店とウォータースタンドさまが応援してくださっています、といえばいろんな企業が、どれどれと耳を貸してくださるようになるだろう。本当にありがたい事。感謝感激🙏🙏🙏昨日は、関東一円の、主なフードバンクが集まり色々話し合う機会があった。詳しいことは、書かないけど。こんなに集まっている場は初めてだった。大小こもごも、活動内容も規模も理念もいろいろ。日本のフードバンクは、まだ乗り越えていかなければならないことが沢山ある。必要とされるものだから、よく頭を使い、しっかり取り組んでいかなくてはならない。

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  • 25Sep
    • 「フードバンク」に関する所感

      昨日は、一日フードバンク活動の日であった。相棒のタニグチさんと二人で、朝から夕方まで、作業をやった。私の活動は、ちょうど丸一年を過ぎたところである。活動そのものは2015年12月から始めた。活動当初は、フードバンク活動が注目されはじめあちこちに立ち上がる状態で、全国に、公になっているだけでも80団体はあったような気がする。今、見ると、半分になっている。1年ちょっとで、半減している(あくまで私が知る範囲のことで、正確なデータを確認したわけではないのだが)。「フードバンク」の活動を継続することは、とても難しいと私も感じている。まず、なんといっても、何をどうしても「収益を生まない活動」であるということで、金銭的に活動維持が非常に苦しい。それから、食料を集めるのと配布する、両方を上手にバランスよくやるのが、難しい。集めすぎると、配り切れずに、フードバンクにあるまじき「フードロス」を生むことになる。かといって、配る方に力を入れすぎると、欲しいという話が殺到して、食料が足りなくなる。フードバンクは、資源の有効活用が主たる目的の活動であるので本来は「安全に食べられる(賞味期限が切れたりしていない)のに、食べずに捨てられる対象となるものを寄贈いただき、必要な人や場所に配布して、食料として有効活用する」という活動である。時々、配布する食料がないので「買ってきて配布する」「買って寄付してもらう」ことに力を入れている団体があるが、それって、「フードバンク」じゃないよね?ただの寄付行為だよね?とイワイワ(違和違和)する。あと「フードバンク=困窮者支援」と思い込んでいる人とも出会う。そういうポリシーで活動しているフードバンクもあるんだろうけど私は、フードバンクは困窮者支援の現場でも有効に使える「ツール」の一つに過ぎないと考えていてフードバンクは困窮者を直接支援しないし、養わない、ということを自分がやっているフードバンクのポリシーとしている。時々、生活困窮者本人からフードバンクに連絡があるが、必要に応じて困窮者支援のNPOの活動の方につないで相談支援が必要な場合は、そちらで対応している。いろんな団体がうまくいかなくなるのはそう言うことをきちんと考えられていない場合も多いのではないかと思う。それと、今、子ども食堂やらなんやら地域に「食」を使った取り組みがたくさんできてきていて地域の中で食べ物の取り合いのような状況があることもなんだかなー、と思っている。地域の中の役割を整理し食料を集めて配布するのはフードバンクの役割として、地域の余剰食糧はフードバンクに集約し子ども食堂や食事を提供する学習支援グループはフードバンクからもらう仕組みが整えばそれぞれの役割が明確になり、本来の目的に専念できる気がする。地域の人や企業が、食べ物を寄付したいんだけど、どこに持っていけばいいんだろうと迷う状況が何とかできるといいなあと思う。そんなことを考えながら、一日作業をしていた。ちなみに、今日と明日もフードバンクがらみの活動で一日終わる予定。更に付け加えると、フードバンク活動は、現在、私にとっては完全なるボランティア活動である。自分の、福祉へのこだわりで、いろんなことをやってしまっている。まあ、いろいろな気づきもあるし、付き合いも広がるからいいんだけどね。

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  • 24Sep
    • 福祉職の哲学的思考「寄り添う」=「中動態のプロセス」

      昨日は、オープンダイアログネットワークジャパンのシンポジウムに参加してきた。場所は東大駒場キャンパス。東大には初めて足を踏み入れた。日本のアカデミズムの頂点の地・・・。ここで、日本のパワーエリートや政治家や学者たちが生まれるのか・・・・。なかなか感慨深い・・・。シンポジウムは、大変レベルが高く、大いに得るものがあり、大満足であった。私はもともと精神障害者の分野にバックボーンがあるので浦河べてるの家の「当事者研究」にも興味があり自分の困窮者支援のNPOの中で、助成金をもらって実践してみたり(今も、参加者の人たちが自主活動として継続している)斎藤環先生の本を読んだり、オープンダイアローグにも興味津々だが今一つ、よく理解できていないなあと感じていた。それで、今回のシンポジウムで自分の理解が深まることを大変期待をしていた。最初は「中動態」という言葉も、なんだかさっぱりわからないでひたすら眠い時間になると困るな、と心配だったが始まってすぐに、不安はふっとんだ。最初から最後まで、興味深く面白い内容であった。参加者は、精神科医、精神科医を目指す医学生、心理職、看護師等医療関係職、さまざまな当事者とその家族がほとんどである印象で(周囲に座っていた人や会場からコメントを述べる人の自己紹介から)福祉専門職はどのくらいいただろうか。しかし、ソーシャルワークにも深く関係する内容であった。まず、「意思決定」と「責任」の所在について。「意思決定」とは、何か、誰がするのか、深く掘り下げて考えさせられる。私たちが通常、「意思」とか言っているものは実は、周囲の様々な要因に影響されている。本当にまったくゼロから自分だけで決定していることはない。どんな「決定」も他者からの影響を受けている。それに気づくと「意思決定の支援」とはなんだ、ってことになる。私たちがすべきことは、底の浅い「意思決定支援」ではなくもっと根底にある、本人の自律的な感情を、「関わり」という相互作用によって呼び覚ますことじゃないか。そうすると、「自己決定・自己責任」のまやかしにも気づく。決定には、要因がある。とすると「責任」も本人だけのものではないのではないか。本人が「全部私が責任を負います」と決めたときに、自己責任が生まれることになり、「あなたが決めたんだから、あなたの責任だ」と他者が決めつけるのは、どうなんだ。とまあ、そんな話。他、印象深かったこと。「責任」や「問題」を、本人に内在化するのか外在化するのかの違い。べてるの当事者研究は、つまり「外在化」する手段である。これにより、問題を起こす本人に対して、批判的・否定的になることなく本人と一緒に「困ったね、どうしようね」と問題を共有できる。シンポジウム前半を担当した哲学者の國分氏はこの、問題を外在化する過程を「中動態のプロセス」と呼びこのプロセスこそが、病気の治療や支援に必要であると言っていた。これは今、私の困窮者支援のNPOで大切にしている支援の在り方そのものである。福祉の支援の現場において「寄り添い」と言われるものは、つまり「中動態のプロセス」とイコールであることが分かり、支援の現場において、私が感じていること・私の考えは全く間違っていないことを確信することができ、急に専門職として自信が出てきた。それにしても、福祉専門職も、支援について哲学的に深く思考する機会が必要だと思った。熱心な精神科医や心理職は、当たり前のようにこういう議論をしているのだ。そこに対等に参加できるだけの知識と意欲がないと対等な立場での連携なんてできっこない、と思った。福祉士会も、底の浅い、表面的で無意味で的外れな研修ばかり企画せずにこのくらいの気づきがもたらされるような質の高い研修をしてほしい。精神保健福祉士の分野ではやってるよ。帰り道、渋谷駅に岡本太郎画伯の絵があるのを見つけた。「核」の残酷さをテーマにしたもの10年前くらいに、南米から日本に戻され、糸井重里さんがイベントにして、話題になったのも覚えている。日テレのイベント会場に、わざわざ見に行ったものだった。あのあとどうなったのかな、と思っていた。こうして、大切に、みんなが見ることができるところに展示されていることもわかって嬉しくなった。久しぶりに、何もかも、輝くような一日であった。

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  • 23Sep
    • 未来への危惧

      最近、土木の現場に外国人が多いことに驚く。たまたま通りかかる工事現場から聞こえてくる会話はほとんどが異国の言葉。困窮者支援の現場で多くの外国人世帯の存在を知っているので、オリンピックでゼネコンが盛り上がっているこの状況のそのあとのことが心配になる。バブルがはじけた後もいろんな問題が生じた。日本が多国籍な社会としてうまくやっていく準備ができているならいいけどね。そんなことを考えていた最中、フェイスブックでこんな画像がシェアされてきた。SNSでは、日々いろいろな情報が飛び交っている。その中で、久米さんの言葉が響いたのは「いまさら反対してもしようがないね」との世論が先の大戦を引き起こしたことを皆忘れているんですよ」「オリンピックはしょせんゼネコンのお祭り」という言葉。清志郎さんは、単に個人的に好きだから、引用しました(^-^)。

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  • 22Sep
    • 防ごうと思わず、備えること

      今、日々、私の周辺をにぎわしているレジェンド氏。先週、やっとこさ、精神科を受診し、安定剤と睡眠導入剤を試してみることになった。皆様もよくご存じのように、病状が形として見えない精神科の薬って本当に難しく特に、服薬開始からしばらくそれと、処方変更からしばらくは薬の効き方が安定しない。だから、周りにいる人は、本人の様子をちょっと気を付けて見守り次の受診の時に主治医にちゃんと報告して、主治医が薬を調整できるように協力しなければならない。薬の効き方が安定するまでは、1週間から10日ほどかかるためその間は、様子をみる。とても辛そうだったりするが数日すると、ふっと落ち着いたりするので慌てて服薬を中断したりしないように、心得なければならない。レジェンド氏も、服薬をはじめとたんに、ぐったりとなった。連日、朝も夜も関東各地元気よく歩き回り話題提供事欠かなかった人が一日中、家で横になり、動けなくなった。本人は、体がだるいといい、でも夜はよく眠れている、と言っている。食欲はある。次の受診は10日後。ちょうど、薬が落ち着き始めるころだ。動けなくなるほどの体のだるさが落ち着くのかどうか、ずっとその調子であれば主治医が薬を調整し、また様子見をする。ところで、レジェンド氏は、週末にネットカフェにお泊りに行くのが楽しみだ。薬でぐったりしつつも、今週末もネットカフェに行くという。それを聞いて、困窮者支援のスタッフが「あの状態で出かけたら、危ない、止めなきゃ!!!」と言い出した。なんとしても、外出させてはいけない。フラフラして危ないし、自分だけではちゃんと飲まないかもしれない。危ない!と。普通に考えるとそうなんだけど、私のNPOの考え方はそうではない。あくまでも、本人がそうしたいならそれを支持し、それで問題が発生した時、「さて、どうする?」と本人と一緒に困り、一緒に考え、一緒に解決する。それを繰り返しながら、本人ご自身が「困らないで暮らす方法」を自分で体得していことを支援するという考え。トラブルを防ぐことを目的とせず、トラブルが起こった場合に常に備えつつ見守る、という方針。心配しているスタッフと話し合った。「心配」って、きりがないでしょう?心配し始めたら、何もかもが心配になってくる。相手に言うことを聞かせたくなる。ルールを押し付けたくなる。いうことを聞かせたくなる。それって、「寄り添い」じゃない。自分の「心配」を相手に押し付け、自分が安心したい事に付き合わせることになる。それは、こちらの都合であって、本人には本人の都合や思い、希望がある。本人の生活は本人のものなんだから、出かけたければ出かけてもよいじゃない。ただ「お薬でフラフラしてるから、私たちは心配しているよ、なんかあったら連絡してね、本当に気を付けてね」ということを、しっかり本人に伝えてあとは本人にまかせるべきじゃない?ということでご本人は予定通り外出していった様子。夜遅く、電話があった。「今、隣の駅前のネカフェにいるけど、ボクがお泊りすること、黒田さんはどう思う?」という電話だった。「レジェンドさんがお泊り行きたいなら行ってももいいと思うよ、でも、お薬でフラフラだから心配している。できれば、今週末はお部屋にいてくれた方が安心する。そしたら、食べるものもって訪問もできるしね」と言うようなことを伝えたところ一晩考えて、もしかしたら、今週末はお出かけを辞めるかもしれない、明日また電話するね、とのことだった。今のところ、まだ本人から電話はない。さて、どうするのかな・・・写真はまたしても本文とは関係ない、昨日友人と出かけたエジプト料理のお店ののコーヒーカップ。あまりにカッコよかったので(^^)。

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  • 21Sep
    • ある社福士の発言

      昨日は一日フードバンク活動だったが合間合間にいろいろな電話があり落ち着かない一日だった。先日、先輩社会福祉士と話をしていたら「我々、社会福祉士は関係づくりのプロなんだから、窓口でケンカするんじゃなく、クライアントと役所の間に立って調整するのが役目」というようなことを言われた。例えば、生活保護の窓口で水際作戦で申請させてもらえなかった人がいたとする。30代半ばで、人間関係をうまくやっていくのが苦手で仕事が続かず失職状態、半ば引きこもりのような生活になっていて、収入はたまに日払いの仕事に行く数万円でしのいでいる。親が残してくれた古い家に住んでいて、車もある。ド田舎だから、車がないと日ごろの買い物にも不自由するよな場所で車は生活必需品だし、家も売りに出してもそう簡単に買う人はいない。そんな人、日本中に山のようにいるけど、例えば、その人が意を決して生活保護の申請に行っても若いから働きなさいとか、持ち家、車を先に処分しろ、と追い返される。そして「自立支援」の相談窓口に回される。そういう人から私に相談があったら、まず、保護の窓口に同行する。生活そのものが、現在、最低生活費を割っているのだから「今現在困窮している」ということで、保護の対象になるはずだ。生活保護で、当面の暮らしを維持しながら、車がなくても暮らしていけて、家賃も安いアパートに転居してから車の処分、家土地の処分をし、売却代金が入ったら、収入申告をして、保護費返還し、さらにお金が残ったら、一時保護停止なり辞退なりの手続きとなる。というのが、生活保護の本来の手続きである(と弁護士さんたちから教えてもらった)。「関係調整が仕事だ」とのたもうた社福士は今、「自立支援」の相談窓口におり、生活保護が水際作戦ではねのけた人をなだめすかし今、月10万で家賃払いながら、電気ガスも止まりそうになりながら、不安でいっぱいで体調も崩しかけている人に対して「まずは自力でがんばりなさい」と、仕事を紹介し、家を失いそうな人には、寮付の仕事(しかも、その寮の住環境や仕事場の雰囲気をじぶんで確かめてもいないのに)をあっせんし、努力を強制する。その「努力の強制」に従順にしがたい、それでもだめで、いよいよ命の危険が迫っても、それでもなお従順な人のみ「合格」とみなしめでたく生活保護申請の許しを出す、という仕事を、その社福士はしている。と、外部にいる私は理解している。上記に出てくるような相談者の中で、「命の危険を感じるほど生活が切迫しているのに、保護の申請をさせてもらえない」と私がやっている困窮者支援のNPOに相談に来る人も時々いる。その場合は、私はすぐさま、本人と一緒に保護の窓口に出向き■生活保護の申請は、国民の権利であり、申請させないのは「権利侵害」である(その後の審査で、保護に該当するかしないか判断すればよく、申請させないことと保護に該当するかどうかの判断をすることは別儀である)■生活保護法では、今現在、困窮していれば保護の対象となるとされており、所有している車や土地家屋、生命保険は後で(できるだけ早くだが)処分し、現金化された時に収入認定して、その後の処遇を検討すればよいとされている。以上を主張し、たいてい、窓口で言い合いとなる。時には、窓口職員がのらりくらりと時間稼ぎをし、こちらが根負けするよう仕向けてくる場合もある。そんな時も、めげそうになる本人を励まし、粘る。申請書を出してもらうまでにかかった時間は、今までで最高6時間だった。つまり、私は「関係調整が社福士の役割」とのたもう先輩と私は全く逆の事をしている。「関係調整」の役割は確かにソーシャルワークの中に含まれる。そこで重要なのは、誰のための関係調整なのか、ということだと思う。役所に都合よく「関係調整」するのかクライアントのために「関係調整」するのか。自分が役所に「あの社福士さんがよく(水際)やってくれるから助かる」評価されたいためにするのかそれとも「正義派ぶって、めんどくさい小理屈こねて、俺らの仕事を増やしやがる」と役所で嫌われ、悪者のように言われても、目の前で不安を抱えどうしたらいいか困り果てている人の権利擁護のために「関係調整」するのか。「倫理綱領と行動規範」には、何と書いてあるのか。先輩はのたもうた。「窓口で言い合いになっても、その後本人が担当と気まずい思いをする、そうならないように、本人にも努力してもらうことが必要」と。それって、本人に気まずい思いをさせる窓口の職員の方が問題じゃないか?それをなぜ、クライアントの「我慢」で丸く収めようとするのか。「倫理綱領」に書いてあることに、まるで矛盾してるじゃないか。本人に我慢させることを「関係調整」といい、自分は役割を果たしているというあなたは勘違いしている。あなたのやっていること、言動は、単なる「保身」そして「自己正当化」である。そして、それは大切なクライアントに犠牲を強いている。100歩譲って本人に努力を促すことが、エンパワメントとして必要な場合もあるでしょう。でも、生活の不安が大きくて、それどころじゃない人もいる。自分が同じ状況に立たされた時まず、どうしてほしいか、そういう支援が助けとなるかソーシャルワークの原点はそういうことだと思うよ。写真は、本文とは全く関係ないフードバンク倉庫での一コマ。ボランティアのおじさんです(^^)。いつもありがとうございます。

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  • 20Sep
    • 今夜の「クローズアップ現代」は兵庫県三田市で発覚した「障害者監禁事件」

      「息子を檻に監禁・・・・父の独白」本日のクロ現は、障害がある子どもを檻に監禁したお父さんのお話だそうです。 この件で、本人がどのような障害で、行動や生活の課題がどんなものであったか、家族のご事情がどんなものであったか知らないので、私の困窮者支援のNPO活動の経験と普段感じることを少し書きます。 困窮者支援の現場ではここ数年、単に住まいに苦労している人ではなく、超ウルトラ級の個性を持ち合わせた方々がつながるようになってきました。例えば、レジェンド氏。一時も落ち着かずあちこちを(それも市も県も超えていくこともある)冒険して回り、行く先々で騒ぎを起こしてく帰ってくる人…、スタッフ間で「はあ・・・・・世の中、想像を超えるご苦労な人がいるもんだね」と、驚きあっています(笑)。そんな感じの人だと、役割の枠がかっちりしている行政や福祉制度内のサービスではとても対応不可能だということも理解できます。なのでNPOでは、ご本人がどう暮らしたいのかを中心に、行政の役割、福祉サービスの役割、医療機関の役割をみて、それらの手が届かないところをカバーしていこう、という考え方で支援をイメージするようにしています。 支援者の立場からみると、施設に入っても飛び出してきてしまったり、ルールが守れず追い出されるような人は「手に負えない、こちらは手を尽くしたのだから、あとは本人の問題」と事実上放置することになる状況となるでしょう。家族としたら、本人と縁を切る決意ができない場合、親としての責任・家族としての責任を持とうとするほど、きっと途方に暮れることでしょう。施設に入れないなら、いっそ家から出られなくしてしまおう…そんなご家族の悲壮な決意があったのではないかと推測します。 誰にだって人権があり、それは大切にされなければならないということは、みんな知っています。ただ、それを忠実に実現して行こうとすると、大変な苦労が伴う場合があります。 問題が生じたときは、その問題が、誰のせいか責めるのではなく、どういう社会資源(機能)があったら解決できたか、そしてそれはどうしたら確保できるのかを、理想論を語るのではなく、実現することを前提に具体的に検討されていくといいなあと思います。 今までの福祉の現場の変化を見ていると、新しい機能ができていく最初の部分には、既成概念にとらわれない熱い気持ちを持った人の活躍があるよう思います。福祉概論の本に出てくるような偉業を達成した方々もしかり湯浅誠さんもしかり北九州の奥田さんしかり・・・しかし、最近の福祉人材育成の現場をみると、むしろ逆行していて「福祉は職人技ではない」と、スキルのある優秀な人材を育成することよりも、支援を「マニュアル化」して「誰にでもできること」にしていこうとしているように感じます。そして、熱意ある人はむしろ現場でスポイルされているように感じます。 ソーシャルワークは人相手、マニュアル化は絶対にできません。熱意のある優秀な人材を地域の中に育てていく、それがいろいろなご苦労を持った方の暮らしを支えるために必要なことだと確信します。 福祉の現場で起こるあらゆる事件や問題は、行政や制度の問題ではなく、そこに配置されている「人材」の問題であると私は考えています。凡庸なマニュアル職員をいくら増やしても、福祉は良くならないのです。福祉に対する向上心のないテキトーな人材を5人配置するより熱意と素質と向上心をもった人を一人確保し、お金をかけて育成する方が、うんとよくなる。そう思いませんか?皆さんはどう思われますか?         写真は、NPOの花壇の花。ネコのひげ、という名前の花です😺

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  • 19Sep
    • 「九大箱崎キャンパス火災事件」についての所感

      九大箱崎キャンパス火災 元院生の男性 放火し自殺か 身元判明、福岡東署2018年09月16日 06時00分西日本新聞のサイトより困窮者問題に関わる人達の間で話題になっている。いろいろな立場で語られているけれど・非常勤講師を雇い止めされ、生活困窮になったことにスポットをあてて「労働問題」としての切り口・14万円の収入があったのに、困窮しているのは、もしかしたら奨学金返済の問題があったのかも、という、あくまで推測の域を出ない範囲での「貸付型奨学金問題」としての切り口以上二つが、目についた。私は、家族の中に、文系の大学院を出て非常勤講師を掛け持ちし、一時期生活に困窮しながらも、最終的に大学に就職できた人がいるので、非常勤講師雇い止めを労働問題として取り上げることに、非常に違和感を感じる。なぜなら、「非常勤講師」は、非常勤が前提であり、そういう不安定な立場であるし大学の教員は「労働」するというよりも、自らが「研究」をすることが目的の立場である。大学の「職員」と「教員」は、目的と立場が違う。もちろん「教員」も職員の一部だが、高校教員と大学教員は全く違う職種である。高校教員は「研究者」と言わないが、大学の先生は「研究者」と名乗る。大学の教員が、労働問題を問題とする場合として考えられるのは「研究」を継続するのに差し障るほど、大学運営に関わらされる(学生確保のために高校に営業に行かされる、オープンキャンパススタッフとして朝から晩まで拘束される、地方入試スタッフとして全国、時には海外に出張させられる)場合はもしかしたら、もしかしたら、労働問題となるかもしれない。けれど、その分、手当がついたり、役職の条件としてそのような役割が最初から含められて、先生も了解の上引き受けているならそれもしょうがない気もする。私が大学の教員であるわけではないので、断定的なことも言えないが。一方、奨学金問題として「みわよしこ」という有名なジャーナリストさんが、推測で記事を書いておられるのも拝見したがそもそも、推測で記事を書くところで、ジャーナリストとしてナンセンスだ。推測したら、そのあと、裏をとってから記事にするのが、ジャーナリストの仕事。この人は、やたらセンセーショナルなタイトルで適当な記事を書くため、フェイスブック等でいろんな人がシェアするので、毎回目立つのだけれど現場を知る立場から記事を見ると、いい加減な内容が多く「ああ、これでまた、世間の皆さんが思い違いしてしまう…」とブルーになる。私は、この人はジャーナリストだと認めたくない。今回の事件については、私も、ネット上で出ている記事を読んだ範囲での知識しかない。その範囲でみると・博士課程まで行ったが博士論文は出さずに退学  →これは研究者の世界では普通のことで特に問題は感じないが、修士・博士の両過程合わせて4年以上の学費をどうやって工面して払われていたかは気になる。しかし、みわさんが言うように奨学金を借りたのか、普通に借金をしたのか、それはわからないので、生活困窮の一因となっていたかどうかは、何とも言えない。 もし一因となっていたとしても・・・・・、それは以下に続く。・非常勤の職が無くなった →上述したように、私は身近に研究職の人がいるので、「非常勤」の状況は良く知っている。私が知る範囲では、研究者として優秀な人に対しては、どこかの大学に就職できるまで(文系の場合はこれが本当に大変なんだけど)、いろいろな先生方が「非常勤」の仕事を紹介して下さり、研究者として道が閉ざされないように支えてくださる話をよく耳にする。仕事の紹介だけでなく生活費に相当する部分も支給されるような公的研究費が受け取れるように情報提供してもらったり…、周囲の支えは大きい。 そもそも、「非常勤」の報酬は、生活していくことを前提とした金額ではなく、通常は交通費程度である。 つまり、そもそもが、「非常勤」で生活していくことが無理である。 一般的に(私が知る文系の研究者の世界では)「非常勤」掛け持ち+どこか自治体等、自分の研究内容と関連したところでアルバイト(先輩や先生が紹介してくれたりする)が普通のスタイルである、と私は認識している。・大学が立ち退きを求めていた →これは、取り壊しの予定があったのなら仕方ない気がする。  むしろ、それまで、寝泊まりしていることを咎めなかったことがとても寛容な対応だったんじゃないか?って気もする。  大学も、こまったんだろうな、きっと。長くなってしまったが、非常勤の職がなく、そのあとは、生活のため研究内容とまるで関係ない一般のアルバイトをするしかない状況であった、それを、周囲の人が最終的に(途中ではきっといろんな人が心配しただろうけど)助けようとしていないという状況をみるとこの人は、この人自身のパーソナリティの中に「孤立」を招く課題を抱えていた気がする。そこで気になるのは、本人か大学側かどちらかが、どこか「専門的な相談」につながるきっかけはなかったのか、ということである。思い起こされるのは、新幹線の中で焼身自殺した人のケースである。困窮について、公的機関に相談に行ったけれど、きちんと対応してもらえなかった親身になってもらえなかったそれが原因で、やけっぱちな気持ちになり、関係ない人を巻き込んで悲惨な結果となった。今回のケースも取り壊し予定のために立ち退きを求める大学と住まいも失い、困窮状態にある本人の間に適切な対応ができる専門職が入って、なんとか本人を支えられなかったものかそういう機会、そういう人、なかったのか、あったけれどもどうしても難しかったのか・・・・私が気になるのはそこ、である。日々、いろんな事件が起こるが地域の中に生活問題の相談を受け止め、解決のためにフットワーク軽く動けるスキルのある相談支援のマンパワーがあればかなりのことは、事件にならずに解決できるような気がする。私たち福祉専門職は、そして、福祉専門職の職能団体はそういうことに気が付いているだろうか。自分たちのミッションに対する自覚はきちんとあるだろうか。自省も含め、今回は真面目に書いてみた。以前書いた「シンパシーとエンパシー」の話を思い出しちゃった。相談援助の専門職は「シンパシーとエンパシー」をよく理解し、「親身になる」ってどういうことか、自分に問い続けていないといけないね。

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  • 13Sep
    • 何がツラいのか

      あまり人に言わないのだけれど私の父は精神科医であった(過去形なのは、すでに亡くなっているので)。物心ついたころからすでに父の職場は「病院」だけど普通の「病院」となんか違う、と感じていた。それで、父に外科とか内科とか、たくさん選択肢がある中でなぜに「精神科医」になったのか、聞いてみたことがある。父は「ケガや病気をした人は、何が原因でどう辛いのか自分で理解できるでしょう?精神科の患者さんは自分で自分のことがわからないし、上手く説明できないんだよ。一番気の毒な患者さんは誰だろうと考えたんだよ」というようなことを言い、私は、なるほど、と思い、そのことは今も心に強く残っている。今、困窮者支援で関わっているレジェンドさんが最近激しさを増している。いろいろなところをさまよい歩きいろいろな話をしなんとか、自分を助けようとしているようだがそれが、傍から見ると目的も必要性もよくわからない。でも、レジェンドさんはうんと遠くまで、朝から夜中まで歩き回る。今日、1週間ぶりくらいに本人に会って話をしたが話がよくわかならい。ただ、何かがとても辛くて彼なりのSOSを一生懸命に出していることを感じた。しかし、そのSOSを適切に受け取り、一般の人も理解できるように通訳できる人がみつからないのだ。本人も、自分の辛さの正体がわからないのだろう。辛さをどう伝えたらいいのかもわからないし、誰に伝えたらいいかもわからないんだろう。私もわからない。わかったのは、とても辛いんだろう、ということだけであった。さあ、私がキャッチしたこの「つらさ」をどうしたものか。お父さん、なんだかとっても辛そうな人がおるとよ・・・どぎゃんしらたよかとだろうかね・・・30年も前に亡くなった父に、問うてみている・・・・・

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  • 12Sep
    • 人間の尊厳

      朝イチで、亡くなった大好きなへそ曲がり頑固ジジイ氏の見送りをした。私は、都内の電話相談の仕事に向かわねばならないので斎場でお別れだけしてお骨を拾うのはツッチーにお願いをすることにした。Cさんの顔は眠っているみたいに穏やかな顔だった。見つめていると「見送りになんかこなくていいんだよ、このお節介め!」と、声が聞こえる気がした。野宿状態での出会い、生活保護申請し受診に同行しアパートに入ってもらって家財道具揃えるのも大変でいっつも、行き届かないことへのお説教……あんた、支援者って名乗るんならしっかりしろって怒られた。真夏はエアコンが壊れてて一番暑い時期大変だった。でも、それは文句言わずに新しいエアコンが手配できるまでよく耐えてくださった。Cさん、私、Cさんの「尊厳」をちゃんと守れたでしょうか。Cさんを、かけがえのない人として大切にしてできたでしょうか……そんなに長い時間ではなかったけれど、共に過ごしいろんなことを教えてくださりありがとうございました。これから、見守ってくださいね、それで、私が何か間違えていたら教えてくださいね。………………やなこった。知るもんか!プロなら自分で考えろ。俺はもう自由になったんだから、かまってられるか!ほら、Cさんの声が聞こえる………

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  • 11Sep
    • ムショ帰り

      今日は、困窮者支援の活動でムショに行ってきた。何という偶然か、私たちが関わっている人お二人が偶然同じムショにおられる。しかも、面会に行きやすい関越道でいける場所。神様が、関わり続けよ、と言っておられるとしか思えない。2人ともお元気で、とてもホッとした。そして、お勤め終わって帰る場所があることで安心してお勤めにはげんでおられるご様子で嬉しかった。しかし、立て続けにキャラ濃いめの方とガッツリお話しし、合間合間に、いろいろ電話がかかってくるのでクタクタになってしまった。お腹いっぱい。だけど、肉体的には空腹だった。帰り道はいつものように、寄居PAで星の王子さまの世界に浸って気分転換した。ムショと星の王子さまという両極に身を置くことで心と波動がプラマイゼロに戻る感じ。寄居PA、よくぞここに作ってくれた❣️と感謝しつつ、カレーを食べた。今日の相棒は、スタッフの宮澤さん。お互い、カズヨ同士のダブルカズヨでの活動をであった。

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