私のかかりつけ薬局に、息子と同じくらいの年代の、笑顔や話す言葉のすべてがやさしくて、投薬していただく際の会話では、いつも心が癒されるような気がする薬剤師さんがおられます。

 

ずっとお世話になっている中で、私はカロリー制限があったり、糖尿病治療薬を服用しているにもかかわらず、甘いものが好きで、つい衝動買いしておやつをいろいろ食べてしまったり、外食などに行っておいしいものを前にするとセーブすることを忘れてしまったり等を、懺悔することもたびたび。あせる

 

そんな時、言われてあたりまえの注意をいただいた後に、”ただ、それぞれの人生ですから。”となにげなくいただく言葉が、不思議なほど、心にしみるような気がします。

 

 

もしかしたら、違う人が同じ言葉を言うのを聞くと、”冷たいひとだな...”と思ったり、つきはなされたような心境になったりするのかもしれないと、思います。

 

 

でも、彼のそのひとことは、たとえどんなに正論であったとしても、相手にとって不本意だったら、けっして押し付けない、”あなたの人生への選択を、生き方を、私は尊重しています。”というふうに感じるのは、彼自身のキャラクターやお人柄ゆえに...なのでしょう。

 

 

去年の今頃は、入院&手術の前で、いろんなことが不安で、落ち込みやすかった私は、周囲の方々のやさしさがとても身にしみていました。(そして、逆に、なにげないひとことなどで、必要以上に傷ついたこともありました。)

 

もうすぐ1年というこの時期になって振り返ると、私にやさしさをくださった方々も、傷つけられたと思ってしまった方も、相手が私という対象だから...という以前の問題として、その方々は、他人に対するそういう対応や反応を、ただあたりまえに行っているだけで、受け取る側(私)との相性のようなものによって、伝わってくるものが違うのかもしれない...と思うようになりました。

 

相手に、”絶望”とか”落胆”を与えるよりは、”希望”や”目標”を感じさせる言葉を選びたいという価値観は、基本的なものとして大切にしたいけれど、そういう感覚とは全く違うベクトルで、相手を認め、許容する言葉がある。

 

 

 

”ただ、それぞれの人生ですから。”

 

 

そのひとことから伝わってくる、深い想いについて、あれこれ考えてしまいます。

 

 

 

みんなの回答を見る